[CML 009711] 非核三原則の空洞化、原子力発電と核爆弾との表裏一体の関係

Yasuaki Matsumoto y_matsu29 at ybb.ne.jp
2011年 5月 19日 (木) 16:34:01 JST


みなさまへ   (BCCにて)松元
諸留さんが、非核三原則の空洞化と、原子力発電と核爆弾との密接な関係は表裏一体である、と歴史をふりかえって告発しています。

======以下転送=======

《パレスチナに平和を京都の会》の諸留です

**転送転載 自由**
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 「非核三原則」の空洞化が指摘されてから既に久しい。
「非核三原則」は、言うまでもなく、「日本に核兵器を持ち込ませない」、「日本は核兵器を保有しない」、「核兵器の製造もしない」の、
「核爆弾」に関する三原則であると、普通いわれる。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100307ddm002010087000c.html

 我が国へのアメリカ軍による核爆弾の持ち込みに関し、大まかにふり返ってみると・・・
1957年(昭和32年)の岸信介内閣総理大臣(当時)による米軍原子力部隊の日本駐留を拒否する答弁に始まり、1967年(昭和42年)の佐藤栄作内閣総理大臣(当時)の非核三原則遵守の国会決議が行われ、以後の歴代内閣の再三も非核三原則厳守を表明にもかかわらず、アメリカ政府は「肯定も否定もしない」との原則を堅持してきたアメリカ側から、それを否定する証言が次々と示された。

 しかし
○核兵器を搭載したアメリカ海軍艦船が、我が国に寄港するたびに、核兵器を積み降ろすことは軍事常識としてあり得ないとされてきた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%B1%B3%E6%A0%B8%E6%8C%81%E3%81%A1%E8%BE%BC%E3%81%BF%E5%95%8F%E9%A1%8C

○1974年(昭和49年)、ラロック米退役海軍少将が「核兵器搭載艦船は日本寄港の際にわざわざ兵器を降ろしたりしない」との米議会での証言した、いわゆる「ラロック証言」。http://www.filmkenpo.net/anotoki/backnumber/071009.html

○エドウィン・O・ライシャワー元駐日アメリカ大使が、1981年(昭和56年)に毎日新聞の古森義久記者の取材に対し「日米間の了解の下で、アメリカ海軍の艦船が核兵器を積んだまま日本の基地に寄港していた」と発言し「非核三原則」違反を元アメリカ大使が認めた。
http://www.asyura2.com/09/senkyo62/msg/597.html

○1999年(平成11年)になって、日本の大学教授がアメリカの外交文書の中に「1963年(昭和38年)にライシャワーが当時の大平正芳外務大臣との間で、日本国内の基地への核兵器の持ち込みを了承した」との内容の国務省と大使館の間で取り交わされた通信記録を発見し、この発言が裏付けられた。

○2008年(平成20年)11月9日放映の『NHKスペシャル』「こうして“核”は持ち込まれた〜空母オリスカニの秘密〜」番組で、朝鮮戦争時の1953年(昭和28年)にアメリカ海軍の航空母艦「オリスカニー」が核兵器を搭載したまま日本の横須賀港に寄港していたことが明らかになった。
http://www.nhk.or.jp/special/onair/081109.html

○ライシャワー元駐日大使の特別補佐官を務めたジョージ・パッカード米日財団理事長がアメリカの外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」2010年3・4月号への寄稿で、アメリカ軍がベトナム戦争中の1966年(昭和41年)に、日米安全保障条約に違反し、返還前の沖縄にあった核兵器を日本政府に無断で本州に移したことがあったと公表。1972年(昭和47年)の沖縄返還までアメリカ軍がたびたび日本政府とアメリカ国務省の要請をはねつけ、同様の核持ち込みを行っていたことも示唆た。
http://www.foreignaffairs.com/articles/66150/george-r-packard/the-united-states-japan-security-treaty-at-50

○パッカードはまた毎日新聞の取材に、米軍が1966年の少なくとも3カ月間、岩国基地沿岸で核兵器を保管していたと証言した。
(核持ち込み「岩国で核保管」66年に3カ月以上〜元駐日米大使補佐官〜毎日新聞2010年3月7日付)

 などなど・・・
非核三原則のうち「核兵器を日本に持ち込ませない」が完全に空洞化していたことは、今更、隠しようもない、歴然たる事実である。

 しかし、「非核三原則」は本当に「核爆弾の持ち込み」だけを問題にすれば、それで済む話しなのだろうか?
 この問題を考える際に、極めて重要な、見落とせない点がある。「核爆弾」にだけ思考を限定させ、「核爆弾」と「原子力発電」を全く別々の物と捉え、両者を全く別者と切り離して考える者は、(非核三原則に賛成する者であれ、反対する者であれ)、両者とも致命的な間違いを犯すこととなる。

 「非核三原則」のうち、「持ち込ませない」の空洞化は、上で完璧に証明されたが、では、残りの2つ、すなわち、「作らない」「持たない」はどうか?

 まず「持たない」から見てみよう。
 島村武久元原子力局長は、退官後に書いた『原子力談義』の中で、「日本政府がやっていたのは、ただのつじつま合わせに過ぎない。電気が足りないのでも何でもない。あまり無計画にウランやプルトニウムを持ちすぎてしまったことが原因です。はっきりノーと(日本政府がアメリカに対して:諸留補足)言わないから(アメリカからウランやプルトニウムを:諸留補足)持たされてしまったのです。そして日本はそれらで核兵器を作るんじゃないかと世界の国々から見られる、その疑惑を否定するために核の平和利用、つまり、原発をもっともっと造ろうということになるのです」と書いている。

 島村武久元原子力局長のこの証言を待つまでもなく、我が国は、核爆弾(核弾頭)という「完成品」の形では。まだ「持ってはいない」としても、複雑で膨大な部品の数々から構成される核爆弾(核弾頭)の核種部品の中でも、最も大切で重要な部品である核燃料の素材となるウランとプルトニウムを、大量に日本は、既に十分「持っている」ことも、いまや自明である。

 高速増殖炉「もんじゅ」のブランケットとよばれる炉心内の周辺部にあるウラン238を主成分とする燃料集合体があり、これが「燃える」つまり核分裂反応をすることで、プルトニウム239になる。なお「高速」と呼ばれる理由は、速度が比較的遅い熱中性子を利用せず、より高速の中性子を利用することからつけられた名称。この高速増殖炉で使用される燃料は「MOX燃料」と呼ばれる。
 MOX燃料とは混合酸化物燃料の略称で、使用済み燃料中に1%程度含まれるプルトニウムを再処理によって取り出し、二酸化プルトニウム(PuO2)と二酸化ウラン(UO2)とを混ぜてプルトニウム濃度を4〜9%まで高めたもの。MOXとは(Mixed OXide)の頭文字を採ったもの。

 このMOX燃料の元となる、プルトニウム239(PU-239)とウラン238(U-238)は、いずれも核廃棄物として処分する他に使い道がないやっかいなシロモノである。しかし、これらを高速増殖炉の炉心で燃やすことで、プルトニウム239を作り出すことができる。つまり、高速増殖炉を燃やせば、その炉心部のブランケットとよばれる部分に、プルトニウムが239が、どんどん貯まっていくことになる。この「もんじゅ」のブランケットに貯まっているプルトニウム(Pu)の総量は、約90キログラムもあり、しかも、その純度が93%以上というのだから、全く呆れた話しだ!

 長崎に投下された原子爆弾の核燃料プルトニウムが約6キロであったから、長崎原爆の約15発分もの核弾頭材料のプルトニウムを、日本は既に立派に保有しているのである!しかも、プルサマールの原子炉で燃やす場合のプルトニウムの純度は、3%程度で十分なのに、核爆弾として使用する場合には93%以上のプルトニウム純度が要求されるのであるが、「もんじゅ」のブランケットにも、その93%以上の純度のプルトニウムが蓄積している!!

 その為、我が国は、アメリカを始めとする核保有大国やIAEA(国際原子力力機関)から、「日本は核兵器を密かに製造、所有しているのでは・・?」の疑惑の目で見られているため、そうした国際的嫌疑をうち消す為にも、国内に貯まっている大量のプルトニウムを、早く減らしたいわけだ。そこで登場してくるのが、本来ウラン燃料しか燃やすことが許されなかった軽水炉型原子炉で、プルトニウムを燃やす原子炉、いわゆる「プルサマール」計画を始めたというわけ。

 「非核三原則の我が国だから、核兵器は持ってる筈が無い」などと、言う者がいれば、その者は愚か者であるとしか言いようがない。我が国は、既に立派な核保有国であることは、以上から明白である。ロケット技術といい、核弾頭燃料となる高純度のプルトニウム製造の技術といい、核弾頭起爆時の、極めて微妙な「縛縮」時間調整に不可欠な、コンピューターによる電子制御精密機器の開発技術面でも、我が国は世界的なレベルでそれらの技術を独占している。核開発の野蛮国として非難対象になっている北朝鮮やイランなどは比較にならない、遙かに高度な技術を、我が国は既に有している!

 ちなみに、この日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)で昨年2010年(平成22年)8月に起こった原子炉容器内への炉内中継装置の落下事故が発生し抜けなくなった問題で、復旧作業にあたっていた燃料環境課の男性課長(57才)が、東電福島第1原発事故後の2011年(平成23年)年3月14日に自殺していたことが22日分かった。関係者によると、課長は今月3月14日、同市内の山中で遺体が発見された。現場付近から遺書なども見つかったことから、自殺とみられるという。今月中旬に行方不明になり、家族から福井県警敦賀署に捜索願が出されていた。燃料環境課は、燃料交換などを扱う部署。40%出力試験に向けた昨年夏の炉心確認試験前後からトラブルが多発している。関係者によると、同課は国のヒアリングなどを受ける機会も多く最も忙しい部署。課長も同部署の勤務が長かったという。
http://hamusoku.com/archives/4379486.html

 以上のことから、我が国の「非核三原則」の3つの原則のうち、「持ち込ませない」も崩れ去り、「持たない」も有名無実化し、最後の「造らない」も、「三ヶ月もあれば日本は核爆弾を造ることが出来る」と豪語した、通産産業省官僚の恐るべき、傲慢発言からも立証される通り、数ヶ月もあれば、我が国も、核爆弾を所有することは確実に可能である。

 非核三原則を空洞化させることが、このように可能になったその理由は、核兵器は敢えて持たなくとも、原子力発電を推進させ、原子力エネルギーの平和的利用は良いことだ!と国民を洗脳することで、危険な武器と、誰にも解るような核爆弾を敢えて造らなくても、原子力発電を「いちじくの葉」として利用することで、国民の目から「日本は事実上では既に立派な核武装国家だ」という事実を、完全に覆い隠すことに成功したからである。

 原子力発電と核爆弾との密接な関係、両者は表裏一体の関係であることが、これではっきり確認できる。
 我が国の原子力発電が、非核三原則の空洞化に、いかに大きく貢献してきてるかが、以上からも解る。

**転送転載歓迎**
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