[CML 009467] 福島第一原発事故以後 〈反原発〉の国民的怒りの波に便乗しようとする「研究者」なる者と著名人なる者の正味の正体(3) 小佐古敏荘氏の「涙」はほんものか?

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2011年 5月 9日 (月) 21:30:12 JST


この弊論の2番手の被批判者として小佐古敏荘東大大学院教授(放射線安全学)の「涙」を俎上に載
せようと思います。最近になって小佐古氏はもともと原発を推進しようとしてきた立場の人であり、原
爆症認定集団訴訟の裁判では国側の証人として放射線の影響を過小評価してきた人物であるという
ごくごくふつうの冷静な判断、評価も聞かれるようになりましたが、小佐古氏が辞任会見で流した「涙」
については管見のかぎり批判する論調を私は見たことがない、というのが私が弊論の被批判者として
小佐古氏を2番手に選ぶ大きな理由です。

小佐古氏は福島第一原発事故に対する菅内閣の対応を「場当たり的」と批判して内閣官房参与を辞
任したことでときの人として一躍名を馳せた人ですが、市民の発信メールを含めてそのことを報道、
また情報として発信する多くの論調、また市民の感想は、小佐古氏が辞任会見で「この数値を乳児、
幼児、小学生に求めることは、学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入
れがたい」というところで「涙」を流したことに着目するものでした。下記の「福島第1原発:内閣官房参
与、抗議の辞任」(毎日新聞 2011年4月29日付)という記事に添付されている写真及び「辞任会見で、
涙ぐみ絶句する小佐古敏荘氏」というキャプションは当時(といっても、近々のことですが)のある種の
小佐古フィーバーといってよい状況の一端をよく示しえています。小佐古氏は一躍ヒューマニズムの
人として人々(市民)に注目される人になったのです。
http://mainichi.jp/photo/news/20110430k0000m010073000c.html

しかし、ここは涙するところだろうか、と私などはいぶかしく思ってしまいます。小佐古氏が「乳児、幼
児、小学生」の生命の危険を真に危ぶんで「私のヒューマニズムからしても受け入れがたい」という
叫びの声をあげるのであれば、その目は涙ぐんでいるのではなく、ここでは不動明王の目となって政
府を睥睨する体のものでなければならないはずだ。私の感性ではそう思うのです。少なくとも私はこう
いう場面では泣きません。泣けるものではありません。私には小佐古氏の「涙」は子どもたちのため
に流した涙ではなく、内閣官房参与という「名誉」の職を辞すること、内閣に楯突くことによる自身の
出世の道の断念、つまるところ自己保身、自分のために流した涙としか見えないのです。それでも自
身の権力者につながる階梯の道を一定断念してまで「ヒューマニズム」を貫こうとするのはエラいこと
です。そのことまで否定するつもりはもちろん私にはありません。しかし、私は、このとき見せた多くの
市民の無辜には違いない反応に少なからぬ違和感を持ちました。このときも私の胸内には加藤周一
のいう「大勢順応主義(日本的コンフォーミズム)」という悲嘆とも憂いともつかない声ならぬ声がこだ
ましていたような気がします。

なお、小佐古敏荘東大大学院教授の評価については、ウィキペディアに「2003年以降の原爆症認
定集団訴訟では、国側の証人として出廷し、国の主張に沿った証言を行った。特に被爆者の放射線
量を評価するシステム、DS86とDS02については妥当性を主張しており、この点で原爆症の認定が
不十分であるとする原告の主張と対立している(被爆者約25万人のうち、国が原爆症と認定した者
は約2000人である)」という指摘があること。また、小出裕章氏(京大原子炉研)の「小佐古氏はこ
れまで自分の『けんか相手』であり、自分とは180度立場を異にしてきたこと。小佐古氏は浜岡原発
の静岡の技術アドバイザーで、浜岡は絶対安全といってきた人」という証言もあることを付記してお
きます。なおまた小出氏は左記の発言に続けて次のようにも言っています。「小佐古氏がこんなこと
を言うのは意外だが、(今回の小佐古氏の)発言は正しく、評価したい」(あるメーリングリストより要
約引用)。しかし、小出氏も小佐古氏の「涙」の問題には(あるメーリングリストの要約を読む限り)気
がついていないようです。



東本高志@大分
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