[CML 009464] 二子玉川ライズ反対運動が学習決起集会開催=東京・世田谷

Hayariki hedomura2 at hotmail.co.jp
2011年 5月 9日 (月) 18:41:58 JST


【PJニュース 2011年5月9日】二子玉川の環境を守る会と二子玉川再開発裁判原告団が2011年5月7日に学習決起集会「わたしたちは裁判に何を問いかけているのか―大震災 いま、いのち・くらし、環境を守ることこそ公共性」を東京都世田谷区等々力の玉川区民会館で開催した。東日本大震災や福島第一原発事故、大型開発優先の区政からの転換を公約に掲げる保坂展人区長の誕生など世の中が激動している中で再開発反対運動の正しさを再確認した。

東京都世田谷区玉川では超高層ビル主体の二子玉川ライズ(二子玉川東地区再開発)が進行中であるが、住環境の破壊や洪水被害の増大などを理由に住民らから反対運動が起きている。反対運動の中心的な住民団体が二子玉川の環境を守る会である(林田力「二子玉川ライズ反対住民運動が団体名変更=東京・世田谷(1)」PJニュース2011年2月1日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20110131_3/

また、二子玉川ライズに対しては3つの裁判が係属中である。二子玉川東地区市街地再開発組合に対する事業差止訴訟(民事訴訟)、世田谷区に対する公金支出差止訴訟(住民訴訟)、東京都に対する再開発組合設立認可取消訴訟(行政訴訟)である。記者も取り消し訴訟の原告である。これら3つの訴訟を束ねる原告団が二子玉川再開発裁判原告団である。

最初に3つの裁判の住民側訴訟代理人の淵脇みどり弁護士が「弁護団報告」と題して話をした。これまで日本社会は経済効率優先で走ってきたが、東日本大震災や福島第一原発事故によって経済優先の問題点に気付き、人命重視に変わりつつある。ようやく当たり前のことが認められるようになった。二子玉川ライズに対する訴訟は当たり前のことを言い続けていた裁判である。これからも自信をもって言い続ける。

二子玉川ライズでは東急グループが主体の再開発組合、まちづくりを担う世田谷区、再開発事業を認可する東京都というアクターが存在する。これらのアクターが皆、住民に対して責任を取ろうとせず、たらい回しにしている。それ故に3件も訴訟を行う形になっている。

事業差止訴訟では2月28日、最高裁に上告理由書を提出した。上告理由書は43頁にも渡る長大なもので、最高裁の要請により、2頁にまとめた理由要旨も追加している。
分譲マンション建設などの二子玉川ライズは公共性がない。公共性があるかないかを問う裁判であるのに、東京高裁判決は手続きを経ているからとして公共性の判断をしなかった。これは司法の責務を放棄する不当な判決である。

この種の裁判では証拠は圧倒的に事業者側が持っている。住民が一定のラインを立証したならば、反証がない限り、住民の主張を認める立証責任の転換を認めるべきである。住民側に過酷な立証責任を負わせるならば差し止め請求権を否定するに等しい。これら東京高裁判決の問題点を上告理由要旨に沿って説明した。

次に二子玉川の環境を守る会の新井英明会長からの挨拶がなされた。東日本大震災は第二の戦後の始まりである。第一の戦後は神風神話から目を覚ますことになった。第二の戦後は原発の安全神話から目を覚ますことになった。次は公共性の神話から目を覚ますことである。政府・行政の進めることは何でも正しいと思考停止せずに自分の頭で考える。既に保坂展人氏に会った。第一期工事は完成しているが、超高層ビルが建設されたからこそ風害などの被害が明確になり、住民運動が広がっている。

続いて参加者の討議に移った。再開発地域の近接住民からは風害について報告された。再開発地域の南側では南からの風が再開発ビルにぶつかり、強風となってはね返っている。そのビル風にあおられて骨折し、入院して手術した女性がいる。ひっくり返って、頭を打ったという。世田谷区に事実関係を調べるように申し入れた。近所の家の庇の一部が風で吹き飛ばされた。家の周りが折れ傘の捨て場になっている。風については住民皆が不満を持っている。世田谷区が東急電鉄・東急不動産に弱腰過ぎると憤りを顕わにした。

他の住民からも、親が傘を閉じて道路を渡りなさいと指導しているとの深刻な事態が報告された。二子玉川ライズによって危険だらけの街になった。地元では風害が大問題になっている。二子玉川の環境を守る会でも地元住民の抱える問題を積極的に取り上げるべきとの提言がなされた。

また、裁判の意義についても意見が出された。事業差し止め訴訟の上告は、再開発を正当化する論理が承服できないという立場を明確にしたという意味がある。これは第二期事業を問題にする上でも意味がある。原発事故の例を出すまでもなく、司法の判断の誤りは歴史が証明する。

最後に行動提起として5月9日に最高裁判所に要請書を提出することが確認された。要請書では再開発事業を「不動産建築、販売、賃貸事業」にであって、公共事業ではないと断じている。特定企業と行政の癒着による乱開発であって、都市再開発法の目的に反すると主張する。

その上で東日本大震災・原発事故から政治の転換の必要性を述べ、国民の命、安全、生活、環境を守るという行政の本来的な公共的役割の発揮を求める。巨大なビルを多摩川に並べて自然環境や住環境を破壊する二子玉川ライズは即刻中止し、見直しを提言する。最後に憲法第13条の生命・自由・幸福追求権や第25条の生存権を基礎とする良好な環境の下に生活し続ける権利、環境権、まちづくり参画権の公正な判断を求めて締めている。
これまで日本の立法も司法も行政も幸福追求権や生存権を単なる政治的宣言と位置付け、その内容を具体的に考えなかった傾向がある。その貧困が様々な問題を引き起こしてきたが、特に東日本大震災で大きく露呈した。東京新聞の2010年5月3日付社説「憲法記念日に考える 試される民主主義」は以下のように記している。
http://www.pjnews.net/news/794/20110508_4
「第一三条、第二五条第一項と第二項は、廃墟(はいきょ)に立つ日本人にとって希望の灯となりました。……生活再建のめどが立たない被災者、避難者らには、六十五年前の日本人が頼りにした光が果たして見えているでしょうか。」

住民の生活や住環境を破壊する再開発が進められるという現実も、幸福追求権や生存権が空虚なことに起因する問題である。その意味でも最高裁の判断が注目される。【了】



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