[CML 008687] 【不要な電気を消せば、3割の削減は簡単】 「仮に、原子力発電がなくなったとすると、日本の電力は今の7割になります。しかしながら、7割あれば十分でしょう。不要な電気を消せば、3割の削減は簡単にできます」

uchitomi makoto muchitomi at hotmail.com
2011年 3月 31日 (木) 08:58:20 JST


【日経ビジネスオンラインより】
原発なし、電力7割で生活しますか
幸福とエネルギーの関係、もう1度考えてみよう
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20110325/219152/?P=1
 
山田 久美 【プロフィール】

 3月11日の東日本大震災以来、東京電力福島第一原子力発電所では、予断を許さない状況が続いている。そこで今回は、元東京大学アイソトープ総合センター長で、東京大学名誉教授の唐木英明氏に、東京電力福島第一原子力発電所の事故と今後のエネルギー社会のあり方について話を聞いた。

(聞き手は山田久美) 
―― まず、今回の東京電力福島第一原子力発電所の事故について、率直なお考えをお聞かせ下さい。 

元東京大学アイソトープ総合センター長で、東京大学名誉教授の唐木英明氏 
 
唐木 これまで日本は安全・安心な社会の実現に向けて、国も尽力してきたし、科学技術も発展させてきたと思います。しかし、残念ながら、今回の東日本大地震と大津波は予想をはるかに上回る大規模なものであり、想定外だったと言えるでしょう。それが甚大な被害を食い止められなかった最大の理由だと思います。 
 
 「危機管理」といった場合、まず、危機の“規模”を想定しなければなりません。どのような災害が起こる可能性があるのかといった“前提”を定めない限り、対策を立てることはできません。今回はその前提が覆されたということです。 

「止める」「冷やす」「閉じ込める」はどうだったか
 
 原子力発電所の安全対策の3原則は、「止める」「冷やす」「閉じ込める」です。今回の東京電力福島原子力発電所の事故では、地震の発生と同時に制御棒が動作し、「止める」という機能は、設計通り、完遂されました。しかし、津波によってディーゼルエンジンがすべて停止してしまったため、「冷やす」という機能が麻痺し、その結果、「閉じ込める」という機能も失われてしまいました。つまり、地震対策に関しては成功したものの、津波対策に関しては不十分だったということになります。 
 
 では、今後、どのような安全対策を立てるかが問題です。原子力発電所はすべて沿岸地域にありますから、津波対策は非常に重要なテーマです。 
 
 ここでポイントとなるのが、危機に対する“前提”をどう定めるか、です。前提を厳しくすればするほど費用は膨大になります。これは税金に直結します。 
 
 今回、三陸海岸には、11メートルの高さの防波堤が設置されていました。それにも関わらず、想定をはるかに上回る津波が発生したため、結果的には、災害を阻止することができませんでした。では、今回のような1000年に1度とも言われる大津波に備えて、今後、膨大な税金を投じ、危険な沿岸地域すべてに20メートルの防波堤を設置すべきかどうか。これは意見が分かれるところです。 
 
 原子力発電所に限って言えば、国家のエネルギー政策として、今後、原子力発電所の危機管理を強化するのか、それとも、その分の費用を代替エネルギーの研究開発に投じるのか。あるいは分散させるのか。そういった決断を迫られることになるでしょう。 
 
 しかし、これは、日本だけでなく世界中の問題です。特に今回の福島原発事故を受けて、ドイツが早々にエネルギー政策の見直しを始めています。 
 
―― 今後のエネルギー政策のシナリオとして、唐木先生ご自身は、どのような選択肢が望ましいとお考えですか。 
 
 まず、どの選択肢を選ぶかの判断基準は、「費用対効果」と「環境負荷」の2つになります。 
 
 石油は枯渇しつつありますし、石炭もいずれなくなります。原子力発電以外の選択肢ということになれば、やはり太陽光発電や風力発電、地熱発電など自然エネルギーが中心になるでしょう。 
 
 しかし、自然エネルギーの研究開発にも膨大な時間と費用がかかります。CO2排出量が少ないエネルギーの中で、ここ数年、世界各国が急速に原子力発電に注力し始めた最大の理由は、費用対効果です。 

不要な電気を消せば、3割の削減は簡単
 
 技術の発展は、それにどれだけ研究開発費を投じるかによって決まるというのは、これまでの歴史が証明してきたことです。例えば、太陽光発電のエネルギー変換効率は、それに投じる研究開発費によって左右されるということです。 
 
 今まで、自然エネルギーに関しては、「そんなに膨大な研究開発費はかけられない」という風潮がありました。しかし、今後、仮に原子力発電という選択肢がないというのであれば、太陽光発電を中心に、自然エネルギーの研究開発に費用を投じる以外、道はあまり残されていないでしょう。逆に、それによって、新たな道が開ける可能性もあると思います。 
 
 もちろん、研究開発にかかる時間と費用を鑑み、原子力発電に関する安全性のさらなる向上を目指すという選択肢もあります。どの選択肢を取るかを決めるのは国民の民意です。 
 
 ここで重要なことは、政権の安定性です。民意は、国民が政権を信頼するか否かによって決まります。現在、国民の原子力発電に対する感情は最悪でしょう。しかし、それがさらに悪化するか否かは、今回の福島原発事故が、今後どのように帰結するかにかかっています。 
 
 今回の事故により、放射性物質がどれだけ流出し、どれだけの範囲に影響を及ぼすのか。その流出はいつ止まるのか。現在避難している住民はいつ戻ることができるのか。30キロメートル圏内の土地や建物、海や土壌への環境汚染の影響はどれくらいになるのか。それが明確にならない限り、今後のシナリオは描きづらいところがありますね。 
 
―― 計画停電がいつまで続くのかも、気になるところです。 
 
 福島原子力発電所が復旧したとしても、東日本大震災以前の状態に戻るかどうかは不明です。しかしながら、震災以前の状態に戻すことが果たして良いことなのかどうかは、考え直す必要があるでしょう。 
 
 仮に、原子力発電がなくなったとすると、日本の電力は今の7割になります。しかしながら、7割あれば十分でしょう。不要な電気を消せば、3割の削減は簡単にできます。 
 
 脱エネルギー社会やライフスタイルの変換をスローガンにするのであれば、今回の事故は、ライフスタイルを見直すまたとない機会です。どこまで生活を便利にするのか、そのためにどれだけのエネルギーを消費するのかについて真剣に考え直すべき時に来たということかも知れません。 

危機に対する前提をどこに置くか
 
 その具体例として、「高規格堤防」があります。高規格堤防事業は、100年から200年に1度の大洪水を想定した堤防です。 
 
 これまで、自民党政権の下、利根川や江戸川、荒川などで整備が進められてきました。しかし、特に利根川の場合、全体の高規格化まで約1000年かかるとの試算もあり、建設には長い年月と膨大な費用が必要なことから、民主党政権に移った際、この事業は中止になりました。これは危機に対する前提をどこに置くかの考え方の違いです。 
 
 実際、自然災害には地震、津波、台風、落雷、竜巻、地すべり、雪崩などさまざまなものがありますが、いくら安全対策を講じたとしても、自然災害を完全に防止することはできません。 
 
 このようなことを総合的に考慮して、我々はどのような前提の下、どこまでの安全対策を講じるべきなのか、今ここで国民全員が立ち止まって、真剣に考えるべき時なのではないでしょうか。 

 例えば、幸福度が非常に高い国にブータンがあります。彼らは、私が子供の頃のような生活をしています。一方、日本は非常に便利な社会ですが、幸福度は極めて低く、年間3万人の自殺者も大きな社会問題になっています。私は、その理由の1つに、人と人とのつながりが希薄になったことがあるのではないかと思っています。 

便利さと人間の幸福度は両立するはず
 
 私は子供時代、信州に疎開していましたが、村の人たちは全員知り合いで、隣近所の夕飯のメニューはすべて分かっているほどプライバシーのない生活でした。しかし、その分、皆が助け合って暮らしていました。 
 
 一方、都市部では、アパートの一室に閉じこもってパソコンを相手に暮らすような生活です。隣人の顔すら見たことがない人も大勢います。果たして、ブータンや昔の生活と都市部の生活、どちらが人間らしい幸福な生活なのでしょうか。 
 
 プライバシーは大事ですし、自由は誰でも憧れるものです。しかしながら、私は、際限のない自由を求めた結果、今の都市生活が出来上がってしまったように感じており、それが、日本人の幸福度を下げる1つの要因になっているようにも思います。 
 
 従来、便利さと人間の幸福度は両立するはずです。それにも関わらず、なぜ解離してしまったのか。それを、今ここでもう一度、考え直す必要があります。これまでのライフスタイルを見直すことは、今回のエネルギー問題を考える上で非常に重要になっていくと思います。 
 
 我々の孫の時代に日本がどうあって欲しいと思うか。あるいは、どのような日本であれば、彼らが満足できると思うか。日本のエネルギー社会の再構築に向け、どのような選択肢を取るかは、私の次の世代が決めることかも知れません。しかし、少なくとも、幸福度が低い今の日本をこのまま続けていくことが孫の幸せのために良いことかどうかは疑ってかかるべきだと私は感じています。 
 
  		 	   		  


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