[CML 008365] Re: 朝鮮学校の無償化について。

野原燐 noharra69 at gmail.com
2011年 3月 20日 (日) 11:01:04 JST


ni0615さま

お返事がたいへん遅くなり失礼しました。

>>(作る会教科書の公立学校での使用)公費購入そちらのほうが有権者としては問題です。野原さんもおそらく日本国主権者の一人と
して、このようなことを先ず一義的に止めさせようとなさっていると、私は信じます。<<

二つの教科書を実際に読んで見ると、どうでしょう?
作る会教科書は(部分的にしか読んでいませんが)、非常に巧妙に作られていてぼんやりした人にはその歪曲が理解できないこともある程度です。(あえて言えば、日本中の小学校で使われている教科書(例:http://d.hatena.ne.jp/noharra/20050621
の方がひどいようにも思える。)

朝鮮中学の教科書について、ちょっと見ると、p66
「1930年5月、吉林監獄から出所された主席さまにおかれては、獄中で考えられた構想を実現させるために、6月30日中国東北地方の長春県カリョンで会議を開かれた。」とか書いてありました。これが事実かどうかは私には分かりません。

しかし、3/3付けのメールで書いたように(高校教科書のある部分では)
「人民の運命を責任をもって見守ってくれる党と国家、革命武力を築かれたこと」は、たった一人の「敬愛する主席さま」によって成しとげられたのだ、ということになっています。
何度も書きますが、単なる全体主義を超えた神がかり的歴史観です。

>> また社会生活を行う上でも、野原さんがご心配になるような、偏った考えを育てているとは思いません。<<

私はそんな心配をしていないですよ。
(このように書くと、そのような文言は教師も生徒も本気にしていないから実害がない、という言い訳がされたりします。しかし教科書とはそうしたもので良いのでしょうか。なぜ我慢しなければならないのでしょうか?)

ある生徒がこうした「神がかり的」教科書を与えられるという事態はおかしな事態だ、と言っているのです。
前の戦争中の日本人も同じだったかもしれません。生徒の立場からそのことを反省するなら、金正日に対する「神がかり的」教科書も批判するべきでしょう?

>>個人崇拝的な教科書の記述には私も首を傾げますが、「良識ある公民として必要な政治的教養」
の推奨範囲、許容範囲とはどの範囲なのか、それはきわめて相対的なものです。野原さんも私も、
はたまた日本政府もんか省も、その範囲をきめて押し付けることはできません。<<

私たちが意見を遠慮するということは、彼らの教育委員会である朝鮮総連なり北朝鮮国家の彼らに対する支配権を一方的に認めるということです。


>>昭和23年、当時の日本政府文部省が余り乗り気ではないのに、統治主権者GHQが日本人として
の教育以外認めない、と強引に規準を押し付け、朝鮮学校閉鎖令を文部省に出させたことから、
阪神教育闘争が起きたそうですね。いま、当時のGHQと同じ役割を在特会や主権回復めざす会が
担おうとして、朝鮮学校襲撃やヘイトスピーチを繰り返して、新たな人権侵害問題を引き起こしてい
ます。<<
阪神教育闘争の主体と現在の朝鮮総連はまったく違った思想性にのっとった組織であると考えます。在特会や主権回復めざす会などというチンケな特殊組織をGHQと同列に語ると、間違った結論が導き出されるのではありませんか?

>>朝鮮学校が「民族の
アイデンテティを隠さずに学べる場」だということだそうです。私たち日本人は、圧倒的多数者ですから
その切実さをしりません。<<

そのことに一片以上の真実性があることは、理解します。しかし、それに対し金正日崇拝は余計な付加物であるにすぎません。


>>繰り返しますが、母国の独裁制、個人崇拝を脱する選択肢は、当該の方々のもので、私たちのものではありません。<<

議論のすり替えですね。ここで論じているのは教育基本法がのっとっている基本理念に、朝鮮高校の教育は背反しているのではないか、という点です。
あなたが言っていることは、相手国家の主権を認めるということにすぎません。

「二  個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
三  正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。 」
教育基本法第二条に書かれた、「個人の価値、正義、責任、平等」などの理念は普遍的なものです。

「党と国家、革命武力を敬愛する主席さまが作った」という歴史観は、そうした普遍性から逸脱している。
それを確認するのになんの不都合があるのですか?

		野原燐


2011年3月5日21:52 T. kazu <hamasa7491 at hotmail.com>:
>
> 野原燐さま
>
> 私はこのように申しました。
>> > 私も日本人として、建国記念日とアキヒトさんの誕生日を祝日にしているのはお
>> > かしいから止めるべきだと、思っています。しかし残念ですが、日本の現状はそ
>> > れを前提とした教科書が作られ使用されています。変えて欲しいとおもいますが、
>> > おそらく、国外の日本人学校でもそれが使われているのではありませんか?
>
> わけの分からない天皇崇拝を押し付ける「作る会」教科書が、横浜市などで採択され、
> 税金で買い取られ、教育基本法14条に従わなければならない「法律に定める学校」
> である公立学校に押し付けられ、それが無償で生徒達に配布されています。それは
> 父母や生徒には選択権のない配付です。
>
> そちらのほうが有権者としては問題です。野原さんもおそらく日本国主権者の一人と
> して、このようなことを先ず一義的に止めさせようとなさっていると、私は信じます。
>
> (註)
> なお、教育基本法第十四条第2項は、法律的には、現実の選挙などをふまえた政党支持の
> ことを言っているのだと思います。
>
> また、そこでの「法律に定める学校」とは、学校教育法第一条 「この法律で、学校とは、
> 幼稚園、小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学及び高等専門学校
> とする。
> 」のことをいっているのだと思います。朝鮮学校はご承知のとおり、「法律に定める学校」
> いわゆる「一条校」とはなっておらず、あくまでそれに準拠した各種学校の一種としての法的扱い
> です。
>
> すでに授業料無償化対応補助金を受けている学校も含めて、外国人学校はすべて「法律に定める
> 学校」とはなっていないはずだと思いますが、間違っていたら御指摘ください。
>
> しかし朝鮮高校をふくめて非「一条校」が、都道府県では学校として認められ、学力獲得
> 施設としては「高等学校」の条件を満たしているとして、大学からも認められていることが多い
> のでは有りませんか? また社会生活を行う上でも、野原さんがご心配になるような、偏った
> 考えを育てているとは思いません。実生活や、インターネットでお付き合いすれば分かるはずです。
>
> 個人崇拝的な教科書の記述には私も首を傾げますが、「良識ある公民として必要な政治的教養」
> の推奨範囲、許容範囲とはどの範囲なのか、それはきわめて相対的なものです。野原さんも私も、
> はたまた日本政府もんか省も、その範囲をきめて押し付けることはできません。
>
> 「母国に於ける良識ある公民としての必要な政治的教養」に準拠している、といわれれば、それに
> あらがう法律的根拠はないのではありませんか。最低限は、げんざいの日本または日本人を敵視
> しない、ということではないでしょうか。だから私はそれを申しました。
>
> げんざいの日本政府は、一度きめた「朝鮮学校も公立高校無償化に見合った補助」を、政治的
> カードとして凍結しています。いわば高校生達を人質に取って外交を進めています。これは、
> 私が考えても全く理不尽なことです。
>
> 昭和23年、当時の日本政府文部省が余り乗り気ではないのに、統治主権者GHQが日本人として
> の教育以外認めない、と強引に規準を押し付け、朝鮮学校閉鎖令を文部省に出させたことから、
> 阪神教育闘争が起きたそうですね。いま、当時のGHQと同じ役割を在特会や主権回復めざす会が
> 担おうとして、朝鮮学校襲撃やヘイトスピーチを繰り返して、新たな人権侵害問題を引き起こしてい
> ます。
>
> 朝鮮学校父母会の方の話によれば、朝鮮学校のを考える上でキーポイントは、朝鮮学校が「民族の
> アイデンテティを隠さずに学べる場」だということだそうです。私たち日本人は、圧倒的多数者ですから
> その切実さをしりません。でも、そのことにかんする心からの訴えには、共感せずにはいられません
> でした。
>
> 繰り返しますが、母国の独裁制、個人崇拝を脱する選択肢は、当該の方々のもので、私たちのもの
> ではありません。
>
>
> ni0615拝
>
> ----------------------------------------
>> Date: Sat, 5 Mar 2011 18:53:26 +0900
>> From: noharra69 at gmail.com
>> To: cml at list.jca.apc.org
>> Subject: [CML 007962] Re: 朝鮮学校の無償化について。
>>
>> ni0615さん こんにちは。
>> >>もちろん、げんざいの日本人やげんざいの日本国を、民族教育と称して直接的に
>> 敵視または批判しているとすれば問題ですが、野原さんの下記メールではその点
>> に関するご指摘はありません。<<
>> ご指摘のように、そんな論点は主張しておりません。
>>
>> 自由に考え自由に討論し世界を変えていくべき生徒たちに対し、私が例示した教科書の一節は、その逆、わけの分からない個人崇拝主義を押し付けるものだ、というのが私の主張です。
>> その点についての是非はあなたは示されませんでした。
>> 生徒たちがわけのわからない教科書を与えられることを我慢すべきだ、というご主張ですね。
>> それは、
>> 「教育基本法 第十四条  良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない。
>> 2  法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。 」
>> の精神に反すると私は判断します。
>> とりあえず。 野原燐
>>
>>
>> 2011年3月4日3:15 T. kazu :
>> >
>> > 野原燐さま
>> > ni0615ともうします。はじめまして。
>> >
>> > わたしは、貴方の政治的感想に共感しつつ、おそらく結論が違います。
>> >
>> > (野原さま)
>> >> 突然ですが、やはり建国記念日とアキヒトさんの誕生日を祝日にしているのは
>> > おかしいから止めるべきだと、思っています。戦前の日本では天皇崇拝がすべて
>> > の生徒に強制されました。現在の朝鮮高校もそれに近い面があるのではないで
>> > しょうか?
>> >
>> > 私も日本人として、建国記念日とアキヒトさんの誕生日を祝日にしているのはお
>> > かしいから止めるべきだと、思っています。しかし残念ですが、日本の現状はそ
>> > れを前提とした教科書が作られ使用されています。変えて欲しいとおもいますが、
>> > おそらく、国外の日本人学校でもそれが使われているのではありませんか?
>> >
>> > 私は、国外在住の日本人の学校がそのような教科書で教育を行うとき、ホスト国に
>> > 干渉されてよいかというと、それは否です。にもかかわらず私は、この国の言論の
>> > 一部をなすものとして、戦前の天皇制を賛美しそれに回帰するような自国の教育
>> > に意義を申し立てるでしょう。
>> >
>> > 日本に在住する少数民族が、祖国の現代史としてどのような内容を学ぶか、その
>> > 選択権は私や野原さんにはないと思います。日本政府にもないと思います。
>> > 政権・政体の批判はできても、選択権はありません。また母国の政体を批判せよ、
>> > と強要することも誤りです。
>> >
>> > 母国の政体を批判せよと要望することは政治的表現の自由でしょうが、公平に給
>> > 付されるべき教育補助金のカットによってそれを強要することは、間違いだと思い
>> > ます。
>> >
>> > もちろん、げんざいの日本人やげんざいの日本国を、民族教育と称して直接的に
>> > 敵視または批判しているとすれば問題ですが、野原さんの下記メールではその点
>> > に関するご指摘はありません。
>> >
>> > (リンク先の方が他に何を言ってるかまでは、ここでは検討の対象にはしていない
>> > ことをご諒承ください。野原さんのメール内でのご指摘の範疇に留めています。「リン
>> > ク先に精しく書いているからそれを読め」という議論の丸投げ進行は好みません)
>> >
>> > 拝
>> >
>> >
>> > ----------------------------------------
>> >> Date: Thu, 3 Mar 2011 21:34:01 +0900
>> >> From: noharra69 at gmail.com
>> >> To: cml at list.jca.apc.org
>> >> Subject: [CML 007923] Re: 朝鮮学校の無償化について。
>> >>
>> >> 服部一郎さま はじめまして。野原燐と申します。
>> >> 朝鮮高校の教育の質について少し書かせていただきます。
>> >> 突然ですが、やはり建国記念日とアキヒトさんの誕生日を祝日にしているのはおかしいから止めるべきだと、思っています。戦前の日本では天皇崇拝がすべての生徒に強制されました。現在の朝鮮高校もそれに近い面があるのではないでしょうか?
>> >>
>> >> 朝鮮高校の教科書はやはり強く偏向していると思います。
>> >> 日本人の常識から大きく外れたそうした金正日崇拝主義は、「民族教育」という名前で弁護することはできないと思います。
>> >>
>> >> 萩原遼氏らが訳した朝鮮学校の歴史教科書「現代朝鮮歴史 高級1〜3」の一部を
>> >> http://togetter.com/li/56714 から引用してみます、
>> >> ーーーーーーーーーーー
>> >> 「敬愛する主席さまの成しとげられた業績」p80でも抜書してみよう。
>> >> 「・人民の運命を開拓する主体思想を創始されたこと
>> >> ・人民の運命を責任をもって見守ってくれる党と国家、革命武力を築かれたこと
>> >> ・わが人民を自主性のつよい人民に育て人民大衆中心の朝鮮式社会主義を建設されたこと
>> >> ・祖国統一と世界の自主化、在日朝鮮人運動を勝利に導いたこと」1994年
>> >> ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
>> >>
>> >> 「すべてを人民と国家のために捧げるべき」というのは普通の全体主義です。ところが北朝鮮では人民と国家よりも「敬愛する主席さま」の方が上位の位格なわけです。神と等しい。
>> >>
>> >> こんな教科書、わたしなら決定的に不快ですね。
>> >> このような教科書をいっこうに変えようとしない朝鮮総連というのはやはり極端に偏向していると思われます。(このように書くと、そのような文言は教師も生徒も本気にしていないから実害がない、という言い訳がされたりします。しかし教科書とはそうしたもので良いのでしょうか。なぜ我慢しなければならないのでしょうか?)
>> >>
>> >> 朝鮮高校の現代史教科書は何を書いているか
>> >> http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/hagiwarakyoka.htm
>> >> を参考にしてください。
>> >> 野原燐
>> >>
>> >>
>> >> 2011年3月1日22:10 服部 一郎 :
>> >> > 一橋大の服部です。
>> >> > みなさんどうも。
>> >> > 僕個人は朝鮮学校への不当な差別、選別を許すな、という観点
>> >> > から無償化の適用を行うべきである、と考え、運動にも参加し
>> >> > てきました。
>> >> > それが間違いだとは思わないのですが、朝鮮学校における民族
>> >> > 教育や宗教高校での宗教教育などに公金が支出されることは憲
>> >> > 法の観点からするとどうなのか、多少疑問はありました。たと
>> >> > えば創価高校にも補助金が、となると、どうもすっきりしない
>> >> > 。
>> >> > 宗教行為への公金支出が厳しく問題とされるは当然として、宗
>> >> > 教教育が行われている私立学校に補助として公金が支出される
>> >> > のはどうなのか、という点を自分はあまり考えてこなかったの
>> >> > ですが、どう把握されるべきなのでしょうか?
>> >> > ご意見よろしくお願いします。
>> >> >
>> >
>> >
>
>


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