[CML 008265] グランサコネ通信2011−13

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2011年 3月 17日 (木) 17:56:38 JST


グランサコネ通信2011−13
3月17日
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先週末はベルンのパウル・クレー・センターに行ってきました。2005年にセ
ンターができて以来、年に2回は通っています。今春は「パウル・クレーとフラ
ンツ・マルク展」が開催されていました。画家として出立しようとしていた時期
にひじょうに親しく、影響を与え合った2人です。クレーからマルクへのはがき、
マルク夫人からクレー夫人へのはがきなどから、2人の作品まで、見ごたえのあ
る展示です。昨夏の「クレーとピカソ展」ほど大々的でないのは、マルクが19
16年に若くして亡くなったため、作品数が少ないため。
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1)14日の人権理事会
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14日は、議題4の朝鮮、ミャンマー、コートジボアール、リビアの人権状況を
めぐる議論が中心でした。その前に議題3の残りが行われ、一番最後に発言した
のがスペイン国際人権法協会のダヴィド・フェルナンデス・プヤナ氏でした。テ
ーマは人民の平和への権利です。世界の903のNGOの協力を得ていること、
2010年12月にサンティアゴ・デ・コンポステラで平和会議を行いサンティ
アゴ宣言をまとめたこと、2011年1月の人権理事会諮問委員会で議論が行わ
れ平和への宣言草案づくりが始まったことなどを確認した上で、平和への権利は
個人的権利であるとともに集団的次元があること、平和への権利は生命権や自由
権の基礎であること、平和の教育が重要であることなどを強調しました。
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今回平和への権利での発言は、国際人権活動日本委員会とスペイン国際人権法協
会の2つだけでした。昨年8月の諮問委員会では5つの発言がありました。しか
し、毎回みんながジュネーヴにやってくるというわけにはいきません。
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15日の人権理事会では、ゲイ・マクドウーガル「少数者の権利についての特別
報告者」の6回目、最後の報告書をめぐる議論、続いて社会フォーラム、少数者
フォーラム、人権教育などの報告書の紹介と議論がありました。
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ボリビア政府の発言の際に、エボ・モラレス大統領の文書が配布されました。一
つは「自然、森、先住民族は売り物ではない」という文書、もう一つは「母なる
地球の権利の世界宣言草案」というものです。日付は付されていません。今回の
人権理事会のために作成されたわけではないのかもしれませんが、ともかくボリ
ビア政府提案として、2つの文書が配布されました。「母なる地球は生命体であ
る」「母なる地球はかけがえのない、分割できないコミュニティである」「すべ
ての生命は、母なる地球の一部として、その関係性によって規定される」といっ
た条文が列挙されています。
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16日の人権理事会は普遍的定期審査UPRでした。対象は、リベリア、マラウ
ィ、モンゴル、パナマ、モルディヴ、アンドラです。
パナマ、モルディヴ、アンドラは軍隊のない国家ですが、審議においてそのこと
は話題になりません。審議している各国には軍隊がありますから、わざわざ軍隊
がないことについて発言などしません。
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事前に作業部会が行われ、6カ国それぞれの審議で、トロイカと呼ばれる担当国
やその他の諸国による質問や問題点の指摘、そして最後に勧告がなされ、その報
告書を受けて、16日の審議です。基本的にはリベリア以下の6カ国が、勧告を
受け入れるか、拒否するかを表明していき、関連発言としてNGOも若干発言し
ています。
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2008年6月でしたか、日本政府がUPRで取り上げられた時に、トロイカや
その他の各国からの勧告に注目しましたが、その後は、日本の審査ではないため
きちんと見ていませんでした。
しかし、今頃になって重要なことに気づきました。日本がどのように審査され、
どのような勧告を受けたかももちろん重要ですが、それに加えて、しっかりチェ
ックしなければならないことは、日本政府が他の各国の人権状況についてどのよ
うな発言をしたか、何を勧告したかです。この点をチェックする態勢を組む必要
があります。誰かこうした観点でウオッチしてきた人がいればいいのですが。
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今回の6カ国についてみると、作業部会段階で日本政府の勧告はたった1つです。
モンゴルに対して、子どもを性的搾取からの保護が適切にできていないのででき
る限り必要な措置を取るように勧告しています。非常に少ない。つまり、日本は
他国の人権状況の審査に加わってもほとんど沈黙しているのです。自国で人権状
況を改善する努力をきちんとしていない国家は、他国の人権について口を出せな
いからです。
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モンゴルに対しては、全部で118の勧告が出ています。フランスは強制失踪条
約を批准するように勧告。メキシコは拷問等禁止条約を批准するように勧告。ニ
ュージーランドは拷問等禁止条約選択議定書を批准するように勧告。モンゴルに
対して勧告を出した国家の名前だけ列挙すると、他にスペイン、アルゼンチン、
イタリア、ブラジル、スウェーデン、ポルトガル、オーストラリア、カナダ、ス
ロヴァキア、スイス、マレーシア、ハンガリー、イギリス、ガーナ、オランダ、
インドネシア、ポーランド、イラン、アルジェリア、中国、韓国、ノルウイェー、
カザフスタン、スロヴェニア、アメリカ、ウクライナ、キューバ、ドイツ、アゼ
ルバイジャン、チェコ、バングラデシュ、パキスタン、トルコと続きます。この
うち1つしか勧告を出していないのはトルコと日本だけです。ノルウェーは12
の勧告。カナダは8つの勧告。
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6カ国それぞれに100以上の勧告。つまり600以上の勧告。そのうち日本が
出したのはたった1つ。自分がちゃんとしていないと他国に勧告を出せません。
そのことが実に明瞭に表れています。
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過去の例もチェックしてみる必要があります。
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La Nomade,Blanc,Geneve, 2009.
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2)宮下誠『越境する天使 パウル・クレー』(春秋社、2009年)
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ジュネーヴ−ベルンの往復の車中で読みました。著者の絶筆です。『逸脱する絵
画』『迷走する音楽』『ゲルニカ』『カラヤンがクラシックを殺した』の著者で、
国学院大学教授でしたが、47歳で亡くなった著者のクレー研究。読むのは2度
目です。表紙は「新しい天使」−−これはあのベンヤミンの有名な言葉によって
「歴史の天使」とも呼ばれています−−ベンヤミンの解釈が秀逸であるにしても、
クレー自身の作品世界の中で読み解くべきことはいうまでもありません。
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「此岸でわたしを捕まえることはできない。
わたしは好んで死者たちと、
未だ生まれざるものとの領域に住みついているから。
創造の核心に近づいているような気もするが、
まだまだだ。
わたしからは暖かさが放出されているのか? クールなのか??
彼岸ではいかなるものも問題にはならない。遥か彼方でこそ
わたしは最も敬虔になれる。此岸ではわたしはおうおう
底意地の悪いものとなる。ことは微妙なのだ。
宗教家たちの敬虔さでは全くもっと不十分。
律法学者の説教にはいらだつばかりだ。」
           −−パウル・クレー
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子どもっぽい絵を描く、誰にも人気のクレーという一般的理解は完全に間違いで
あり、クレーは、欺き、隠蔽し、迂回し、先回りし、闘いつづけた「底意地の悪
い」画家です。
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「世界の悪意に対して命懸けで抵抗し、一歩間違えれば奈落の底に真っ逆さまに
落ちてゆくような、危険に満ちた世界の遥か上方に掛かった、細く、今にも切れ
そうで、撓んでもいる一本の、蜘蛛の糸のようなロープの上を、絶妙のバランス
を採りながら、細心の注意で一歩ずつ、ゆっくりと進んでゆく、画家自身が好ん
で描いた綱渡り師のような足捌きで彼は20世紀前半を生き抜いた。」
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3)高澤秀次『文学者たちの大逆事件と韓国併合』(平凡社新書、2010年)
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大逆事件と韓国併合が、日本文学にいかなる影響を与えたのかというテーマを、
佐藤春夫、与謝野鉄幹、夏目漱石、永井荷風、谷崎潤一郎、小林勝、中上健次、
金時鐘、梁石日、三島由紀夫、大江健三郎などに即して検討しています。石川啄
木が取り上げられていないのは、これまで大逆事件と文学というと啄木が注目さ
れてきたので、あえて他の作家を中心にしています。大逆事件と啄木というテー
マがそれほど深められてきたとは私には思えませんが(だから私は「非国民がや
ってきた!」で今も啄木を取り上げ続けています)。
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それはともかく、本書の特徴は、日本文学を語る際に、植民地文学や在日文学を
除外せず、正面から取り上げていることです。第4章の「植民地と<日本人>」
というテーマでは小林勝の植民地の記憶をめぐる小説に着目しています。第5章
では「大逆事件と被差別部落」、第7章「戦後に<在日>する根拠とは何か」、
そして第8章「北海道という「植民地」の発見」をそれぞれ論じています。これ
までに書かれた膨大な文学論が、日本、日本人、東京中心の「自覚なき植民者」
の文学論であったのに対して、高澤は、植民地、在日、被差別部落、北海道に焦
点を当てています。このことだけでも大いに高く評価できます。沖縄や台湾や南
方の植民地は取り上げられていませんが、1冊の新書では限界があるためやむを
えません。
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「植民地」北海道の取り上げ方も納得できるものです。もっとも、内容を論じて
いるのは三島由紀夫の「夏子の冒険」と村上春樹の「羊をめぐる冒険」だけです。
他には、国木田独歩「空知川の岸辺」、有島武郎「カインの末裔」、本庄睦男
「石狩川」、船山馨「石狩平野」、原田康子「挽歌」「海霧」、池澤夏樹「静か
な大地」などの名前があがっているだけです。北方文学の系譜をおさえていませ
ん。そこまで期待するのは過大な要求でしょうか。また、小林多喜二の位置づけ
も不明ですし、戦後の、北海道出身で北海道を舞台にした作品を数多く発表した
夏堀正元の作品群、特に「渦の真空」を取り上げないのはどうかと思いますが。





















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