[CML 008254] Re: 「命の値段」に 「祈る」前に行動しよう

saburou japanesewolf at gmail.com
2011年 3月 17日 (木) 14:47:59 JST


服部さん、お久しぶりです、正月に山谷でお会いして以来ですね。さぶろうです。

畏れながら申し上げると多分服部さんは発言趣旨を誤読なさっている可能性があるのでは、と思い返信致します。

最後の※印で追伸形式で書いてあることは、論述本文を読みこめばおわかりになると思いますがいかがでしょうか。
無責任に「犠牲者」を作り出し、急き立てている他力本願主義者、「おまえが死にに行って来い」という者どもへの皮肉を込めて
書かれていることは一目瞭然だと思います。当然わたし自身がそのような(※以降のような)思考は有してはおりません。
しかも最後の2行で、「そうです。「自分がやりたくないことを他人に押し付けるな」ということです。」と※以降の反語的皮肉の世論論調を批判しているのです。

なので、わたしの主張したい論旨は「誰も死を賭した労働を他者に押し付けるな」「『決死隊』を黙認することは、たとえ反原発運動に関わる人といえど「殺人」に加担してしまうことになる」「英雄物語を創りだす勢力への批判」「なぜおまえが行かないんだ、と囃したてる空気への異論」「高い給料払っているのになぜ現場から逃げ出すんだ、死んでこい、という論調への恐怖」などなどであります。意図はおわかりいただけたでしょうか。

いま東京には放射能の量が増え続けています。商店には食料品もなく、燃料も途切れがちです。民衆は屋内に閉じこもり、外出を控えており、人通りも非常に少ない状況です。
わたしが本メーリスで岩下さんに再会を期したのは、このような放射能が降り注ぐ東京という「この地」において「敢えて外出し」て抗議の意思を表現しましょう、と誓ったからです。原発の立地住民に比べれば「はるかに安全な場所」(比較すること自体が愚考であることはもちろん承知)」、一方的に利便性を享受してきた都市住民として、東京電力への抗議をおこなわなければ、との信念からです。地方の環境と命の犠牲の上に成り立っていた都市民の利便性。都市民がかえりみなかった命の浪費と収奪。それらのことを見ても見ないふりをしてきた都市民の無頓着さへの批判と自戒。「事故」という事態を通してしか地方の苦しみを理解できなかったことへの自己批判を込めて。などなどの意図がありました。東京電力本社に抗議の行動を起こせるのは、近隣の都市民として責務であるとかんがえます。屋内避難という孤立の強制は戒厳令が発令されたようなものです。そのような状況に抗して屋外にて連帯して個々の分断を解消しなければ、と思っています。

そう、服部さんとも近いうち必ずお会いすることを約束したいと思います。


On 2011/03/17, at 00:57, 服部 一郎 wrote:

> 
> 
> 一橋大の服部です。
> 投稿の趣旨は分かりました。
> が、おまえが原発労働者になって炉心に注水して来い、っての
> はいかがなものですかね。
> いやいや、さぶろうさんが福島第一原発まで行って、労働者よ
> 、命を粗末にするな、直ちに危険なこの場から逃走せよ、と直
> 接呼びかけをするのであれば、それくらい物申してもかまわな
> いとおもうのですが、そうではないわけですから。
> 東京にて行動しよう、という人が相手には原発まで行ってこい
> 、と言うのは理解できません。
> 非常事態なのだから物申すな、という問題の所在をあいまいに
> する本末転倒の暴論がまかり通ることへの怒りはもっともだし
> 、今だからこそ行動しなければならない、と言うのは当然です
>> そして原発なんとかせい、というのは、実は現場の原発労働者
> に危険を強要していることなのだ、というのもその通りなんで
> すが、怒りのあまり少々錯乱してしまったのか、と思ってしま
> いました。
> それにしても、電力会社や政府のみならず電力総連とその構成
> 組合も抗議、批判の対象として位置づけられなくてはならない
> ですね。地球温暖化を口実に原発を推進し、自分たちが組織化
> を怠り切って棄ててきた非正規労働者のみならず、自分たちが
> 組織化してきた労働者の生命まで危険にさらしているわけです
> から、労働組合としてその責任は重大です。
> 



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