[CML 008234] 原発放射線量の問題点

Yasuaki Matsumoto y_matsu29 at ybb.ne.jp
2011年 3月 17日 (木) 08:34:47 JST


みなさまへ  (BCCにて) 松元@パレスチナ連帯・札幌
京都の諸留さんが、政府、電力会社、マスコミ各社、学者や評論家が国民に繰り返し説得しようとしている「放射線の安全性」について、とても分かりやすい説明で彼らの欺瞞性を暴いています。すでに被災者になっている方々はもちろん、これから被災者になりうる私たちすべての「人権」にとっても、とても大切な視点を提供されていると思います。ご本人の許可を得て転送します。

========

「原発放射線量の問題点」
[2011(H23)年3月17日(木)AM03:56]

《パレスチナに平和を京都の会》
"Peace for Palestine" in Kyoto Movement(PPKM)
の諸留(モロトメ)能興(ヨシオキ)です。

「放射線量はごく微量で、人体への影響は全くありませんから御安心下さい・・・」
「放射線量は○○mcvまで上昇しましたが、この程度の放射線量は、私たちが受けている胃のX線検査で被曝する放射線量(0.6mcv[ミリシーベルト])と比べれば、ほんの僅かな放射線量なので、心配は殆どありませんからご安心下さい・・・」
などの、まことしやかな、報道や解説が、政府、電力会社、マスコミ各社、専門家と称する学者や評論家などが、繰り返し報道、表明されています。

「ある一定の量」を越えなければ、人体に害が生じないという「量」がある時、この量を「しきい値(閾値)」といいます。例えば、一定度の放射線を被曝して、その影響・・・皮ふの紅斑、脱毛、不妊など・・・が発生する場合には、この「しきい値」が存在しているといわれます。

放射線を被曝した人や、今後被曝が想定される人に対し、この「しきい値(閾値)」を持ち出して、あたかも科学的医学的に正しい根拠であるかのように偽装させて、放射線量の影響や被害が問題にならない・・・と説得をする学者も多く存在します。

しかし、こうした理解は、どこまで正しいのでしょうか?こうした説明や報道を、鵜呑みにしても、全く問題は無いのでしょうか?少し冷静に考えて見れば、こうした理解や表現が、大きな問題を抱えていること、その疑問点が浮かび上がってきます。

(第1の問題点)
私たちが、病院など医療機関でX線を浴びるような場合であるなら・・・例えば健康診断などで胸部X線撮影や、胃癌の有無を検査する胃のX線透視撮影をする等・・・といったように、健康診断に伴うX線撮影に伴って、一定の放射線被曝を受け入れるのは、この検査で被る不利益(デメリット)よりも、このX線検査を受けたために、重大な病気疾患が早期に見つかる可能性のほうが、自分にとってより多くの利益(メリット)があるから・・・だから、それに伴う被曝は我慢出来る(受容出来る)ということになりますよね。

しかし、今回のような事故が起きて放射線を浴びることになった原子力発電所付近住民にとって、たとえその被爆量が、人体には影響を殆ど与えない、限界線量を遙かに下回る問題にならない程度の僅かな被爆量で、たとえあったとしても、自分から何かの利益と引き替えに我慢する・・・というようなものではなく、自分にとっては何の利益を得ることもなく、ただ一方的に「我慢させられる」「全く何のメリットも伴わない被害」を、一方的に負わされるだけなのです。

私自身が犯した過ち故に被曝せねばならないのであれば、まだ納得もいくかもしれませんが、自分には何の落ち度もないのに、ある日突然、営利最優先の企業の杜撰な危機管理と事故後の対応の失敗故に、一方的に、肉体的障害を与えられ、それ以外にも精神的苦痛や、経済的損失までも併せて、一方的に強いられる苦痛や損害を与えておきながら、

「この程度の放射線量は病院で受けるX線量以下だから・・・だから安全で、心配は全く無いです」「あなたが負った傷は、いのちには全く関係しない問題にならない、ごくごく軽いかすり傷だから我慢しろ!」と、加害者(加害企業)が言っているのと同じことですよね。

加害企業だけでなく、自らは、そうした軽傷すら全く被っていない第三者(安全圏にいる者)であるHNKを始めとするマスコミ各社、学者、評論家たちが、そういうことを堂々と語り、報道することが、如何に一方的な暴論でしかないことは、一般の障害事件の場合に照らし合わせてみれば、すぐ解る筈です。

(第2の問題点)
また、先に触れた「しきい値」の場合でも、ガンや遺伝障害をもたらす放射線量については、こうした「しきい値」は存在しない、とする学説も同時にあります。
政府、電力会社、マスコミ等が、放射線医学を根拠にして、放射線量の多い少ないだけを根拠に、「安全です・・」「問題にならない微量です・・・」というような説明をする時でも、症状によっては「しきい値」の無いケースもあることも、知っておくべきでしょう。

(第3の問題点)
原子炉操業に伴って生じる放射性物質(原子炉から漏れた水蒸気や粉塵中に含まれる原子核分裂に伴って発生するウランやプルトニウム原子核が分裂して発生する別種の原子核・・・これを「核種」といいます)は、一定していません。その多くは、ストロンチウム、セシウム、ヨウ素、それに希ガス[◆註(1)]などです。

[◆註(1)]「希ガス」
長周期表第18族に分類される元素累のこと。ヘリウム・ネオン・アルゴン・クリプトン・キセノン・ラドン・ウンウンオクチウム(未承認であり性質も推定)の元素のこと。希ガスまたは、稀ガス(rare gas)、 
貴ガス(noble gas)とも呼ばれる。

こうした核種の原子核は非常に不安定である為、より安定した原子核へと原子核崩壊を繰り返していきます。このうち化学的に安定している気体の希ガスは、他の原子とは化学反応しにくいため、たとえ体内へ吸い込んでも自然呼吸で排出され、体内には残留しにくい、とする学説もありますが、どこまで確実かはいまだ未確認です。しかし、同じ気体でも放射性ヨウ素は問題です。自然界にある非放射性のヨウ素は甲状腺に沈着し、成長ホルモンのもとになります。同様に放射性ヨウ素も、甲状腺に沈着しますが、こっちは甲状腺癌を引き起こします。

ウラン原子の核分裂で生じるセシウム137とよばれるセシウムの同位元素は、半減期が約30年の放射性同位元素(アイソトープ)です。医療用の放射線源に使われますが、体内に入ると血液の流れに乗って、腸や肝臓に放射線(ガンマ線)を放射し、カリウムと置き換わって筋肉に蓄積後、腎臓を経て体外に排出されます。このセシウム137は、体内に取り込まれてから体外に排出されるまでの100日〜200日にわたって、ガンマ線を放射し続けるなど、体内被曝(内部被曝)の原因となるため大変危険な核種です。ちなみにこのセシウム137は、ヨードや安定ヨウ素剤等を服用しても、その体内被曝を防ぐことはできません。

このように、原子炉内の核分裂で生じる各種の核種(ウランやプルトニウムの原子核の断片からなる各種原子核のこと)は、それぞれ元素の種類によって、体内に長期間蓄積され残留するもの(セシウムやヨウ素など)と、比較的短期間に新陳代謝で対外へ排出されやすいもの(ストロンチウムや希ガス等)があり、一様ではありません。

また、体内に残留する場合でも、腎臓に集中的に貯まるものもあれば、甲状腺に集中的に貯まるもの、リンパ腺などの各種線腺に集中的に貯まるものなどなど・・それぞれの核種の原子の種類によって異なります。

こうしたことからも解るように、
「放射線量はごく微量で、人体への影響は全くございませんので御安心下さい・・・」という説明は、大変おおざっぱで乱暴な説明であって、例えごく微量であっても、いったん体内摂取されれば、体内全体に一様に分布する形で体内残留するのではなくて、それぞれの原子に応じたそれぞれの臓器だけに、集中的に残留し、長期間に渡って放射線を放出し続けますので、例え微量であっても、人体への影響は無視できないものになる場合も十分ありえます。

(第4の問題点)
「現在のA地点で測定された放射線量30mcv/h(ミリシーベルト/毎時)は、血液中リンパ球が減少する等、人体へ放射線被曝障害が発生し始める500mcv/hより、はるかに少ない値であって、普通の一般人が一年間に浴びると言われている放射線量2.5mcv/年と比べても同じか、それを僅かに上回る程度なので心配はありません・・・」といった説明や解説も、まことしやかに、マスコミによって盛んになされてきています。しかし、この説明も、如何に欺瞞的な説明でしかないかも、以下のことを考えてみれば容易に解る筈です。

たとえいくら微量な許容量以下の放射線量であっても、私たち一般人は、今の現在の自分が一体、何マイクロミリシーベルト(あるいはミリシベールト)まで、既に放射線を被曝してしまっているのか、今後一年間(もしくは寿命が尽きる時)までに、残りアト、どの程度の射線量が許容されているのか・・・ということを測定出来る機材は、全く持っていませんよね。

また、その残り数値を確認出来る手段も全く持っていませんよね。万歩計のように腰に付けて、歩数(浴びた放射線量)や、残りの歩数(一年後や一生涯に浴びることが出来る残りの放射線量数値)を確認できる手段(装置)も、全く持っていないのです。サイフの中を覗いて、「アト何円の小銭が残っているか・・・」と、確かめることが出来るのと同じように、それと同じように、個々人に残されている、今後将来(あるいは向こう一年間)に、更に被曝しても危険の無い「これからの放射線量の値」が、いくら残されているか・・・なんて、誰にも解る筈無いですよねッ!

そんな私たちに対し、政府や原子力関係者やマスコミや学者連中が、まことしやかに、「現在は20mcv/hの、微量放射線量だから・・・人体が一年間に浴びる放射線量と比べても僅かだから・・・仮に汚染したとしても・・・この程度の汚染なので・・・心配は全く無い・・・」といった説明をいくらしても、全く無意味なことは明らかです!

被曝した人が、あるいはこれから被曝するかも知れない人が、被曝したその後の将来、再びより高濃度被曝を被ることも有れば、被らず一生を終えるかも知れず、先のことは誰にも解らないのに、「この程度の汚染なら心配は全く無い・・・」と言い切られることは、その人の健康度の最大値を、本人の意志の有無も無視して「先取り的」に「一方的」に「独断で」切り取ってしまうことではないでしょうか。

「あなた方の健康(回復)実現度値は・・・最大でもこれだけは先にカットさせてもらいますからね・・・全体の量と比べたらほんの僅かな量ですから・・・それくらい削られても我慢して下さいね・・・」って宣言してるに等しい暴論ですよね!

私(諸留)は、過去に胃癌を患い何十回と胃のX線透視撮影検査を受けてきていますが、そんな私が、もし、今回の福島原発の近くに住んでいて、一定度の放射線被曝を被ったとします。そして、彼等マスコミや学者や電力会社の言うような「ほんの僅かの、健康には何の問題を生じない放射線量」、たとえば10mcv/hの放射線を「一時間」だけ、被曝したとします。そして将来、また胃の具合が悪くなって、再度胃のX線撮影を受診しなくてはならなくなったとします。

しかしその時、今回の原発事故で被曝させられた、この10mcv/hの放射線量も加算した時、一年間に被曝許容し得る被曝量の限界値を、受診前の段階で既に超えてしまうような場合、更にまたX線撮影を受診するか、しないかは、重大な判断を迫られることになりますよね。

今回の事故が起こらず被曝してなかったなら受診できたはずの検査が、事故で被曝した故に受診することが危険に晒されることになった場合、果たして、そんな僕に対し、「この程度の被曝汚染だから・・・心配は無い・・・」と言った人の責任は、どうなるのでしょうか?

将来のことは誰にも解らないにもかかわらず、個々人の事情も何も解らないにもかかわらず、一様に「この程度の被曝汚染だから・・・心配無い・・・」と言い切るのは、明らかに将来に渡ってまで、不特定の圧倒的多数の相手に不利益を「先取り」し、「不利益を被る事を強引に先約させる」にも等しい、極めて乱暴な発言、説明であることは明らかでしょう。

被災者の中には、今回の原発事故が発生する以前までに、既に大量の放射線を浴びている人もいるかもしれません。また現在までは殆ど被曝してない被災者でも、将来、より大量に放射線を被曝しなければならなくなる人もいるかもしれません。
そうした人も不特定多数に含まれているかもしれないのに、放射線被曝量は避けられればそれに越したことは無いのに、「この程度の被曝は・・・まだまだ軽微だから・・・」と説明することは、暴力を与えるようなものです。

初めから毒だと解ってるのに、「この毒性はほんの微量だから飲んでも体にはほとんど影響しませんから・・・」といって、飲むことを相手に強いるのは、相手に害行を与えることを、その当の相手に強引に承認を強いることです!

事故が発生してるのに、何をクダラナイこと言ってるのか!・・・って叱る人に、一言。私が指摘したい事は、原子力発電行政の根本姿勢は、非常事態発生時には、周辺住民に一定程度の犠牲を有無を言わさず強いる・・・そういう思想、周辺地域住民切り捨てを前提とする「切り捨て思想」で、一貫して計画され、設計され、建設され、推進されてきているという事であることを、指摘しておきます。
これについては「原発推進と満蒙開拓、原発事故対策と神風特別攻撃」のテーマで、次回以降に回します。


(第5の問題点)
「福島市では3月15日、午後5時以降、低いレベルながら通常の約500倍に相当する毎時20マイクロシーベルト以上の放射線量を少なくとも5時間連続して観測した、と福島県は発表した・・・毎時20マイクロシーベルトの放射線は胃のエックス線検査の30分の1程度の量」との新聞記事があった。

この新聞報道記事は、同じ事実報道でも、それをどう表現するか、いかなる思想で読み込む(表現する)かによって、読み方も、表現の仕方も、全く違ってくる・・・ということの好い例でしょう。

政府、電力会社、NHKを始めとするマスコミ各社、専門家と称する学者や解説・評論家たちは、一様に、以下のように表現する(または書き表す)ように、しきりに強調してやまない。

いわく(これはNHKの科学解説者と称する解説者の言葉ですが)
「今回の事故による放射線量の数値を読む時に注意しなければならないことは、『通常観測される数値の500倍にも相当する放射線量が観測された・・・』と言って騒ぎ立てるのではなく、今回観測されたこの毎時20マイクロシーベルトという放射線値は、私たちの普段の日常生活で検査受診してる胃のエックス線検査の僅か30分の1程度の量でしかない・・・というように・・・そのように読み取るようにすべきです・・・」といった発言がなされていました。

しかし、こうした報道や解説は、ニュース報道の域を超えた発言であり、国民世論を一定の方向、はっきり言えば、原発推進賛成派へと国民を誘導し、洗脳しようとすることを意図した、極めて悪質な「世論操作」であることは明らかですよね。

記事や数値を読む際の視点を「異常事態の発生する前の自然状態」を基本軸(座標軸)として、下方向から上方向へと、読み取っていくのが本来の読み方なのか?

それとも、「より好ましくない状態、非自然の、より異常な状態」を基本軸(座標軸)として、それと比べれば現状は「まだ・・・よりは軽度であるから・・・まだまだ安全圏だから安心してよい・・・」と、上方向から下方向へと、読み取っていくのが本来の読み方なのか?

答えは言うまでもありません。確かに不必要に危機感を煽るような発言や読み取り方は、避けられ得るなら、それに越したことはない。しかし、この先、近未来あるいは遠い将来において、右の結果となるのか?または左の結果となるのか、将来どうなるかの見通しが立たず、その選択や決定を裏付けるデーターや客観的事実が曖昧混沌とした状況下にある時に、「最悪の・・・状態よりは、この程度の現状では・・・まだまだ安全圏だから心配することはない・・・」と、「上から目線」で、「上方向から下方向へ」式の思考機軸(座標軸)で、データーや記事を受け止めたり、読み取ったりしていくことは、将来生じるかもしれない危機的状況への軽視にも繋がる、無責任な思考ではないでしょうか。

このような「上から目線」、「上方向から下方向へ」の思考をする人の多くは、より悪い状況に直面すると、決まったように「あの時は、こんなに悪い状況になるとは予想もつかなかった・・・想定外の出来事が起こったのだから・・・仕方がないのだ・・・」ということを常に言いますよね。

本来なら存在しないか、または、存在してもごく微量の状態が正常な自然状態であることは、正常な時なら誰でも承認する、当然のことであるのに、異常事態に直面したら、自然状態に機軸を据えて思考することを、さっさと放棄し、現象よりも、より異常で、より不都合で、より好ましくない状態を機軸に据えて、それと比べて、「今の状態は、まだコレコレよりはマシな状態ですから・・・」という思考は、今後、より悪い状況を迎えるかもしれない、その時に備える為の「逃げの先手」を打つ手口ですよね。

そこまでいかなくとも、そういう思考を続ける限り、ズルズルと、より悪い状況へ、より好ましくない状況へと進んでいっても、相も変わらず「今の状態は、まだコレコレよりはマシな状態ですから・・・」を繰り返すことで、どうにもならない「どん詰まり状態」へとはまってしまうでしょう・・・。

これと全く同じことが、政府が踏み切った福島第一及び第二原発からの、10キロ圏、20キロ圏、30キロ圏の「屋外待避」、「屋内非難」エリア設定にも、あてはまります。これについても次回で詳述します。

《パレスチナに平和を京都の会》
"Peace for Palestine" in Kyoto Movement(PPKM)
諸留(モロトメ)能興(ヨシオキ)
〒611-0002 京都府宇治市木幡赤塚63−19
[電]0774−32−1660
yoshioki-afym at kkd.biglobe.ne.jp


------------------------------------
パレスチナ連帯・札幌 代表 松元保昭
〒004-0841  札幌市清田区清田1-3-3-19
TEL/FAX : 011−882−0705
E-Mail : y_matsu29 at ybb.ne.jp
振込み口座:郵便振替 02700-8-75538 
------------------------------------ 



CML メーリングリストの案内