[CML 008088] 「こんな時に」「非常時に」「被災者を政治利用」論

Nakajima Noriko nntexas2002 at yahoo.co.jp
2011年 3月 13日 (日) 01:29:47 JST


 みなさま
 投稿をさせて頂いている中島と申します。
 以下、情報提供ではありませんが、世間(?)の反応につい
て、書きます。(重複して受信される方、お許し下さい。)
 少し,長いです。興味がある方は,ご覧下さい。

**************
 私の体験です。街角で「原発いらん」とメッセージを持って
立ちませんかという、小さな行動を,反戦・平和運動関連以外
の団体にも送りました。
 すると、反論が複数寄せられました。
 (それらへの批判として「私は反原発ですよ」という意見も
,複数寄せられました。)

*****************
 以下、例 ある女性から
「わたし自身、原発には反対ですし、自衛隊を解体して、災害
救助隊にするべきだと思っております。

でも、大きな災害が起こっている今の時期に、これを呼びかけ
る行動をするのは、逆効果ではないかと心配です。
主義主張よりも、まず被災者への援助を、と考える人が多いだ
ろうと思いますし、人の災難に乗じて政治的主張の宣伝をして
いるという印象をもつ人もおられるのではないでしょうか。

ある程度状況が落ち着いてから、原発の危険性や、自衛隊の本
質を訴える機会を持つのがよいと思います。」

 あるいは「今,この状況で,原発の存在に反対賛成に関わら
ず反原発のメッセージを聴きたいという人はいないのではない
ですか?」これは、男性
 ここまで、例***************

 ということです。
 
 いずれについても、私なりの「まず、人は,様々な見解を持
つのである」ということと、「私の居住地神戸では『神戸では
原発なくて、よかったなあ』などという人もいますよ」(不謹
慎かもしれませんが)など、の返答をしました。 

 *「こんな時に」「人の災難に乗じて」など、どうも「非常
時には主張をしない」、というのが、何か日本の「世間的ルー
ル」(?)に見えて,仕方ありません。
 (違う話ですが、天皇死去のおりも、彼の死の意味はともか
く「こんな時に」と、いわれましたよね。)
 「非常時」は、物が言いにくくなるのでしょう(ね),気を
つけて観察しなくては。

 *また「いつか、落ち着いたら」といっても、本当に落ち着
いたら、当事者以外は誰も何も考える必要もなく、聞こうとす
ることもなく、忘れ去られるのは、間違いありません。

*みなさん、私は,皆様と同じく「原発がなかったら、こうい
う事態は起こらなかったのである」と考えます。
 私にとっては、被災してない居場所からできる支援の一つだ
と思うのですが。勝手な思い込みかもしれません。

 また、様々な情報を拝読させて下さいね。
 以上




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