[CML 010413] Fw: 飯舘村に今も住みつづける酪農家、長谷川健一さんの思い 7月5日(火)19:00 下北沢

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2011年 6月 26日 (日) 08:46:04 JST


大畑豊です。

以下ご案内します。
重複ご容赦ください。

----------------------- Original Message -----------------------

福島県飯舘村の酪農家長谷川さんをお招きして、飯舘村のいまのお話しを語って
いただきます。

3/11はパンドラの箱の蓋が開いた日でした。誰も彼もの本性がむき出しになった
日。あの日以降の行動と発言が、その人が一体何に価値を置いているのか?

何を大事にしているのかを明確に、そして残酷に見せつけました。この期に及ん
で、なお金や利権にしがみつく政治家や役人、何事もなかったかのように旧来の
価値観で自らを律するビジネスマン。そして、フクシマの現実から見えてきたこ
の社会のありかたを変えようと立ち上がり始めた人々。

3/11以降の社会を作り上げるために、本当に、いま何が起こっているのか?
自分の目と耳で確かめてください。そして、いま、何ができるのか?
じっくり話し合いましょう。皆さんの積極的な参加をお待ちしています。

なお、当日は長谷川さんの撮られた映像や長谷川さんたちの報道映像等も上映し
ます。

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      懐かしい未来のサロン 第12回目

   飯舘村に今も住みつづける酪農家、長谷川健一さんの思い

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「計画的避難区域」となった福島県飯舘村から 酪農家の長谷川健一さんにおい
でいただき、そこに今でも住み続ける自らの思いと体験をお話ししていただきま
す。放射能汚染された土地を残して村を出て行く人々の無念さや悔しさ、原発へ
の憎しみと汚染の今後の心配などを共有し、ともに考える場にできればと思いま
す。
ぜひ、皆さんおいでください。


■お話ししてくれる人 長谷川健一さん(58)
福島県飯舘村の酪農家、前田地区区長、福島県酪農業協同組合理事。原発事故後
に飯舘村で何が起きているのか多くの人に知らせたいと4月にビデオカメラを買
って記録している。4月11日飯舘村は計画的避難区域に指定され、6月21日現在、
村民のほとんどが村外に避難したが、長谷川さんは村に残り、24時間見回りパト
ロールを続けるという。


■新宿で行われたトークイベントより

牛の処分が5月9日から始まった。放射線量の高い地区から開始。「情けないです
よ。見るに耐えないですよ」。「今まで普通に家族と同じように泣き笑っていた
牛たちですよ。屠畜場へトラックに乗せられていく。今、飯舘はそういう現実で
す」。

「お母さん牛を屠畜場へなんてとんでもない話。村外の心ある酪農家に預けて第
二の人生を歩ませたい」。

長谷川さんたちが牛にやるエサは昨年収穫した牧草で汚染されていないもの。福
島県は4月から生乳の出荷ができなくなったが、自主的に牛乳のサンプリングを
やって測定している。二度続けて出荷規制の基準を下回っているので、次回の結
果を持って農水省に直談判に行って出荷停止の解除に持ち込みたいという意気込
みを語った。

「私は畜農家です。畜主の責任として最後の一頭まで送り出し見届けるのが私の
責任。区長として最後の1人が避難するまで私は出て行きません」。


■日 時:2011年7月5日(火)19:00 開始(6時40分より受付開始)
              21時15分頃終了予定

■会 場:下北沢たうんほーるらぷらす 11階 研修室3・4
      世田谷区北沢2-8-18 北沢タウンホール11階  TEL 03-5478-8021
      小田急線・井の頭線「下北沢」駅南口徒歩5分
      小田急バス「北沢タウンホール」下車すぐ
 地 図: http://www.city.setagaya.tokyo.jp/030/images/5031_1.GIF

■参加費・資料代:1000円 

■主 催 : NPO法人 懐かしい未来

■申し込:basho☆silver.ocn.ne.jp
       (リプトン宛て、☆を@マークに変えて送信ください)


■「森住卓のフォトブログ」から抜粋:
http://mphoto.sblo.jp/article/45933445.html
> 2011年06月12日
> 飯舘村から 酪農家の長谷川さんをあなたの町に呼んでください。
> みなさん、
> ブログにUPしている、飯舘村の長谷川健一さんが自らの体験を直接みなさんに
> お話したいとおっしゃっています。呼んでくれるなら何処にでも行くと。
> 長谷川さんの撮った映像(動画)もあります。
> 
> 米軍占領下の沖縄・伊江島で銃剣とブルドーザーによる強制的な
> 土地取り上げに反対し闘うために、カメラを買って米軍の蛮行を
> 記録し続けた阿波根昌鴻さんがいました。
> いま、彼と同じように自分の村の体験を後世に残そうと4月にビデオカメラを
> 買って撮影しています。
> その映像と一緒に話をします。汚染して村を出て行く人々の無念さや悔しさ、
> 原発への憎しみと汚染の今後の心配など、ともに考える良い機会です。


■「山本宗補の雑記帳」から抜粋:
http://asama888.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/jvja-e1ec.html
> 2011年5月23日 (月)
> 新宿ネイキッドロフト・JVJAトークイベント
> 「フクシマと世界の核」・飯舘村の酪農家

> 長谷川さんは3月15日の水素爆発で覚悟したという。酪農を継いだ息子に「こ
> りゃダメだ。覚悟しておかないと」。「そのとき、子どもたちは外で遊び、洗
> 濯物は干され、大人は外で仕事していたよ。行政は危ないとは何もいわなかっ
> た。

> 4月10日、長崎大の偉い先生が村の中学校の体育館で講演した。
> 「安全だから、安心だから、何も心配いらない」。
> 翌11日、政府は計画的避難地区に飯舘村、浪江村などの20キロ圏外を追加するこ
> とを初めて言い始めた。「それ避難しろって」。村民の怒りは収まらない。
> 
> 4月30日、家に酪農家夫婦全員集まってもらって話し合った。長谷川さんたち
> は、そこで「休止」することを決定した。「廃業」ということばは使いたくな
> かったからだ。




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