Re: [CML 010389] Re: 「川筋者」について…「電力総連への申入れ」のおまけ

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2011年 6月 25日 (土) 00:29:23 JST


立川の岩下です
小生意気に「川筋者」などと言いだしたことを後悔しています。すいません、もう言いませんから
勘弁してください・・・。
というのは冗談で、ご教授、拝読させていただきました。
思わず子どものころ親に連れられて見た『無法松の一生』と結びつけていたのですが、正しくは
『花と龍』なんですね?
石炭を横取りしようとする輩というのは、聞いた話です。盗むというより、競争相手のはしけの
運航を妨害する「縄張り争い」の部類なのかもしれません。
東元さん、今後ともよろしく

----- Original Message ----- 
From: "higashimoto takashi" <higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp>
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Sent: Friday, June 24, 2011 9:48 PM
Subject: [CML 010389] Re: 「川筋者」について…「電力総連への申入れ」のおまけ


> 岩下さん、「『川筋者』について」のご投稿、興味深く拝見させていただきました。 
> 
>
> というのも、なによりも私自身が「川筋もん」の倅(せがれ)であることを誇りに思っている者のひと
> りだからです。
>
> この「川筋もん」のことについては私もCMLでも何度か述べたことがあります。
>
> 「上記のように私が断言できるのは私自身が若松生まれ、若松育ちの「川筋もん」だからです。私
> の瞼の中にはまだ石炭産業華やかなりし頃、刺青もんのごんぞう(石炭仲仕)たちが艀(はしけ)
> に板を渡し、リヤカーで石炭を積み出していた若松港の貯炭場の風景が焼きついています。私の
> 義理の親父はそのごんぞうのひとりで、おふくろはそのごんぞうたちを相手に酒商売をしていて、
> ごんぞうたちが集まれば花札賭博はつきものでしたから、私は花札賭博をするごんぞうたちに囲
> まれて育ちました。」(池田香代子さんへ 「銃弾はどこから 中村哲先生講演拾遺」の感想拾遺
> CML 2009年9月25日)
> http://list.jca.apc.org/public/cml/2009-September/001445.html
>
> 「中村哲さんの亡母、秀子さんのご両親は火野葦平の小説『花と龍』の主人公の玉井金五郎とマ
> ン夫妻。石炭積み出しの景気に沸く明治末の北九州・若松港で働く荒くれの男たち、「沖のごん
> ぞうがョ 人間ならばョ 蝶々とんぼも鳥のうちェ~」(若松民謡。「ごんぞう」は人間以下だ、という
> 歌です)と歌われた最下層の荷役労働者(沖仲仕・ごんぞう)を束ねた「玉井組」の大親分。「小説
> の中の金五郎は左腕に昇り竜の入れ墨をしてい」ます(同。おそらく実際もそうだったでしょう)。/
> そうした金五郎やマン、また中村哲さんの母の秀子さんの気風、またそうした気風を育てた風土
> の気性を「川筋気質(かたぎ)」といいますが、中村哲さんにはそうした祖父、祖母、また母親譲り
> の川筋気質、義侠のDNAがしっかりと組み込まれているように私は思います。」(Re: 
>  かなしいな
> ー CML  2010年1月11日)
> http://list.jca.apc.org/public/cml/2010-January/002566.html
>
> だからといってもちろん威張りたいわけではありませんが、岩下さんの「川筋者」説には何点か
> 思い違いが見られるように思いますので、いくつかの点について。
>
> 第1に『無法松の一生』は「川筋もん」の世界の物語ではありません。「川筋」というのは岩下さん
> のおっしゃるとおり「福岡県・筑豊炭田のなかを流れる遠賀川のこと」を言いますが、正確にいえ
> ばその遠賀川は福岡県の筑豊地区から北九州市・中間市・遠賀郡をはじめとする流域市町村
> 6市13町1村を流れています(wikipedia『遠賀川』)。さらに左記のwikipediaでは流域市町村のひ
> とつに数えられていませんが、遠賀川は堀川運河によって石炭積出港としての若松港と結ばれ
> ており(同左)、旧若松市(現北九州市若松区)も流域市町村のひとつに数えられます。
>
> ところで『無法松の一生』(原題『富島松五郎伝』)の作者の岩下俊作は旧小倉市((現北九州市
> 小倉北区)生まれの人で、同市の高校を出て八幡製鉄所に入社していますから、旧小倉市も旧
> 八幡市も遠賀川に隣接する町であることはもちろん確かなことですが直接遠賀川流域市町村に
> 縁のある人ということはできませんし、『無法松の一生』の舞台も祇園太鼓の小倉が舞台であっ
> て、遠賀川流域市町村が舞台でもありません。同川流域市町村を舞台にした代表的な小説、
> 映画をひとつあげるとすればやはり火野葦平の『花と龍』ということになるでしょう。 
> 
>
> 第2。「筑豊炭田の(略)石炭を船で八幡製鉄所などに運送していました。石炭をねらう輩から船
> を守るやくざ者や、船頭たちを『川筋者』と言ったようです」という岩下さんの解説も少し違うよう
> に思います。
>
> 筑豊炭田で掘られた石炭は遠賀川~堀川運河~洞海湾を経由して最終石炭積出港としての
> 若松港(当時、日本最大の石炭積出港でした)に集積されていましたが、その大部分の石炭積
> 出先は国内向けとしては阪神工業地帯、また輸出用として集積されていたようです(もちろん、
> 八幡製鉄所にもその一部は仕向られていたでしょうが)。私の幼い頃の記憶もおおよそそのよう
> なものです。ポンポン船(蒸気船)に曳かれた艀(はしけ)は若松港から門司港方面に向かい、
> そこから大型船にさらに積み替えられていた模様です。
> http://www31.ocn.ne.jp/~ysino/kihansen/page004.html
>
> また、筑豊~遠賀川~堀川~洞海湾~若松を往き交う川ひらた(五平太船)の船頭たちを「川
> 筋もん」と呼んでいたことや船頭の仕事が危険な仕事であっただろうということは語り継がれて
> いる事実からも確かなことだと思いますが、当時「石炭をねらう輩」がいたかどうか? そういう
> 話を私は地元の人間ながら聞いたことがありません(この点については私が単に聞いたことが
> ないというだけのことかもしれませんが)。さらに上記で少し触れたごんぞうたちも「川筋もん」と
> 自称し、また呼ばれてもいましたから川ひらた(五平太船)の船頭たちだけが「川筋もん」という
> わけでもないだろうとも思います。下記のホームページの記事のいう「川ひらた(五平太船)の
> 船頭達の川筋気質(かたぎ)は、石炭に関係する人々にその後も引継がれて」いるというのが
> 妥当なところの解釈というべきだろうと私は思っています。
> http://homepage2.nifty.com/kitaqare/gosi05.htm
>
> 私ごとを言うようですが(上記も私ごとのようなものですが)、つい先週、私の福岡に住んでい
> る長男が筑豊の鞍手町に住んでいる人の娘さんと結婚する、ということで双方の両親ご対面
> の会食の席が息子たちによって設けられたのですが、その娘さんの母方の実家はあの炭鉱
> の画家の山本作兵衛と姻戚関係にあるということでした。ということは、私も山本作兵衛と遠
> い姻戚関係になる、ということでしょうか。世の中は面白いものです。思ってもみなかったこと
> でした。川筋もんのDNAが引き継がれることを私はうれしく思っています。
>
>
> 東本高志@大分
> higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
> http://mizukith.blog91.fc2.com/
>
> ----- Original Message ----- 
> From: "yo3only" <yo3only at jcn.m-net.ne.jp>
> To: <labor-members at labornetjp.org>; <2011shinsai at list.jca.apc.org>; "CML" 
> <cml at list.jca.apc.org>
> Sent: Friday, June 24, 2011 10:39 AM
> Subject: [CML 010375] 「川筋者」について…「電力総連への申入れ」のおまけ
>
>
>> 立川の岩下です
>> 下薗さんと二人だけで「川筋者」と言って面白がっていますが、MLのみなさんには 
>> 
>> 「何のことやら?」と思われているかもしれません。
>>
>> 「川筋」というのは福岡県・筑豊炭田のなかを流れる遠賀川のこと。掘った石炭を 
>> 
>> 船で八幡製鉄所などに運送していました。石炭をねらう輩から船を守るやくざ者や、 
>> 
>> 船頭たちを「川筋者」と言ったようです。(・・・やくざ者の末裔が麻生太郎)
>> 映画『無法松の一生』の世界です。無法松のような、正義感が強く、荒くれで、情にもろい
>> 人たちを想像してください。「心情では電力総連への闘いに駆けつけたい」と言って 
>> 
>> くれた下園さんを私は、「ああ、川筋者だなー」と思った次第。
>>
>> なぜそんな言葉を知っているかと言うと、ずっと昔、上野英信『地の底の笑い話』(岩波
>> 新書)を読んだからです。またテント村の古い村友である女性は、筑豊炭鉱の産業医
>> の娘でした。彼女から、山本作兵衛『筑豊炭鉱絵巻』(葦書房)など炭鉱関係の書籍を
>> 「遺産」のようにたくさんいただき、いつか炭鉱とそこでの労働(運動)について考えて
>> みたいと思っていたのです。(・・・山本作兵衛の絵が「世界記憶遺産」になったのは、
>> とてもうれしい)
>>
>> いま原発について考えたり、動いたりしています。その二つ前の主エネルギーが石炭で、
>> エネルギー政策の転換を名目とした三井・三池炭鉱の大量首切り、大ストライキの敗北
>> が「高度成長経済・所得倍増政策」を許しました。60年安保闘争の敗北と繋がる、もう
>> 一つの敗北です。私はBlogで1950年頃の産別組合・電産の壊滅を振り返りましたが、 
>> 
>> その10年後の大きな転機でした。
>> それが今日の電力総連の跋扈、福島原発事故、米軍の「トモダチ作戦」に繋がっています。
>>
>> 私は福岡県民ではありませんが、「川筋者」でありたいと思っています。60年安保と
>> 三池闘争から50年、6月29日にはみんなで電力総連との交渉に出かけましょうね。
>>
>> ----- Original Message ----- 
>> From: "k.shimozono" <ks1940 at utopia.ocn.ne.jp>
>> To: <labor-members at labornetjp.org>
>> Sent: Friday, June 24, 2011 8:34 AM
>> Subject: Re: [labor-members 22948] Fw: [2011shinsai 1043] 6.29 電力総連申し入れ行動 予告編できました
>>
>>
>>>  下薗です。電力総連の事務局長とのあいだで論戦ができるようになったのは大きな成果です。
>>> 電力労働者とも共闘しなければ、例えば派遣労働の禁止であっても実現できません。 
>>> 
>>>  総連の事務局長は自分の考えに自信があるはずですから、論戦を行い
>>> 互いの主張を互いの組合員に明らかにするというようなことも出来ます。
>>> そうやって、電力労働者内部にクサビを打ち込むこともできます。
>>>
>>>  事務局長と話ができるようになれば、東電労組とも論戦できるようになります。 
>>> 
>>> 電力社員は賃金抑制だけでなく、原発被曝労働を下請けにさせにくくなって来ていると思います。
>>> 共闘、支援的部分が発生しているのではないでしょうか。
>>>
>>>  私も気持ち的には参加したいですが、「川筋者」かと思われるくらいですし
>>> あまりしゃしゃり出るのもどうかと思います。(笑)
>>
> 



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