[CML 010321] Re: 追伸: 村上春樹の「我々日本人は核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった」というスピーチについて(少し遅い感想)

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2011年 6月 21日 (火) 12:35:28 JST


萩谷さん

辺見は「今の現実の」「我々の倫理の根源」について私が先にご紹介した3月16日付けの北日本新聞に
掲載された緊急特別寄稿で次のように述べていました。

「われわれはこれから、ひととして生きるための倫理の根源を問われるだろう。逆にいえば、非倫理的な
実相が意外にもむきだされるかもしれない。つまり、愛や誠実、やさしさ、勇気といった、いまあるべき徳
目の真価が問われている。」

「いまはただ茫然と廃墟にたちつくすのみである。だが、涙もやがてかれよう。あんなにもたくさんの死を
のんだ海はまるでうそのように凪ぎ、いっそう青み、ゆったりと静まるであろう。そうしたら、わたしはもう
いちどあるきだし、とつおいつかんがえなくてはならない。いったい、わたしたちになにがおきたのか。こ
の凄絶無尽の破壊が意味するものはなんなのか。まなぶべきものはなにか。」

「わたしはすでに予感している。非常事態下で正当化されるであろう怪しげなものを。あぶない集団的エ
モーションのもりあがり。たとえば全体主義。個をおしのけ例外をみとめない狭隘な団結。歴史がそれら
をおしえている非常事態の名の下で看過される不条理に、素裸の個として異議をとなえるのも、倫理の
根源からみちびかれるひとの誠実のあかしである。」


辺見は次のように問うています。「倫理の根源を問」うということは「逆にいえば、非倫理的な実相」を問
うということでもある。それは「愛や誠実、やさしさ、勇気といった、いまあるべき徳目の真価」を問い返す
ということでもあろう。「いったい、わたしたちになにがおきたのか。この凄絶無尽の破壊が意味するもの
はなんなのか。まなぶべきものはなにか」、と。

そして、その私たちが「まなぶべきもの」とは、辺見によれば、「非常事態下で正当化されるであろう怪し
げなもの(略)。あぶない集団的エモーションのもりあがり。たとえば全体主義。個をおしのけ例外をみと
めない狭隘な団結。歴史がそれらをおしえている非常事態の名の下で看過される不条理」です。

上記の緊急特別寄稿の最後を続けて辺見は次のように結びます。「素裸の個として異議をとなえるのも、
倫理の根源からみちびかれるひとの誠実のあかしである」、と。

辺見が言う「倫理の根源」とは「素裸の個として異議をとなえる」ことです。それが「倫理の根源からみち
びかれるひとの誠実のあかしである」。少なくとも「誠実のあかし」のひとつである、と辺見は言っている
のだろう、というのが私の解釈です。

上記の「ひと」としてのひとつの実践として、辺見は最近、北海道新聞に次のようなエッセーを寄稿して
います。以下にご紹介しておきたいと思いますが、この辺見のエッセーは弊ブログの標題記事にコメン
トを寄せてくださったぽむさんという方から教えていただきました。そのぽむさんのコメントを先にご紹介
させていただこうと思います。が、長くなりますのでどちらもURLのみのご紹介にとどめておきます。

■弊ブログ「みずき〜『草の根通信』の志を継いで〜」に寄せてくださったぽむさんのコメント
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-318.html#comment

■辺見庸「幻燈のファシズム ──震災後のなにげない異様」(北海道新聞 2011年6月6日付夕刊)
*詩人の河津聖恵さんのブログ「詩空間」より転載
http://reliance.blog.eonet.jp/default/2011/06/post-d5f0.html


追記:
萩谷さんは「自然のうちに神の声を聞くことこそ、全体主義の根源なのです」(CML 010312)と辺見庸
を批判されていますが、辺見の「『ひとよ、われに恐懼せよ』、あるいは『ひとよ、おもいあがるな』」とい
う表現は隠喩表現と解してよいものです。辺見は実際に「神の声を聞」いているわけではないでしょう。
「非情無比にして荘厳なもの、人智ではとうてい制しえない力」を目前にしておのれの識閾下のそのあ
わいのところで囁かれるおのれならぬおのれの声をこのように表現したものでしょう(人間ならばその
ような経験はそのことに気づくかどうかは別の問題として誰にでもあることです)。それを実際に「神の
声を聞くこと」のように解釈するのは誤読以外のなにものでもないだろうと私は思います。「気をつけた
いものです」。


東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/


----- Original Message ----- 
From: "hagitani ryo" <liangroo at yahoo.co.jp>
To: "市民のML" <cml at list.jca.apc.org>
Sent: Tuesday, June 21, 2011 1:24 AM
Subject: [CML 010318] Re: 追伸: 村上春樹の「我々日本人は核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった」というスピーチについて(少し遅い感想) 




> 東本さん
>  大事な点を言い忘れていました。
>
>  辺見氏は、今の現実の何が、我々の倫理の根源を問うていると言いたいので
> しょう。
>  地震ですか、原発ですか。
>  原発は日本の戦後が生み出した必然の結果だから、我々の倫理の根源を問うと
> 言っていいでしょう。
>  しかし、地震や津波で家を壊されることが我々の倫理の根源を問うなどという
> のは、地震は日本人のエゴに対する天罰だという石原と、どう違うので すか。
>  私はこんな二人を一緒くたにするのも乱暴だなあという大方の人の声は承知の
> 上で言います。
>  今回の事態が生み出す大衆の全体主義的反応を恐れるなら、ほかでもない辺見
> 氏が、石原に代表される悪質な反応のお先棒を担ぐことを恐れてほしい と。
>  私たちの心に染みついた宗教、精神主義の呪詛は、それだけ根深く、広く、政
> 治的、社会的見解の相違にもかかわらず、広く多くの人の心に染み渡っ ている
> のだと。
>  
>                         萩谷
>
> (11/06/20 1:35), higashimoto takashi wrote:
>> 村上春樹の薄っぺらな文章に対比する形で良質な文章の例として引用しようと
>> 思っていた文章に東日本
>> 大震災後の3月16日付けで北日本新聞に掲載された辺見庸の文章があります
>> (添付をしようと思ってい
>> て亡失していました)。辺見もやはり大震災後の人間の倫理の問題について
>> 語っているのですが、その
>> 現実を見る「眼の探索」の深さはこれこそ本来の作家のものというべきもので
>> す。私は辺見の眼の確か
>> さに改めて頭を深く垂れます。そして、辺見と同時代人であることを心強く思
>> います。
>>
>> ………………………………………………………………………………
>> ■3月16日北日本新聞 辺見庸「震災緊急特別寄稿」
>> http://blog.goo.ne.jp/sizukani/e/0ddcbff19adac5a8f6851b2372d1f6cd
>>
>>  風景が波とうにもまれ一気にくずれた。瞬間、すべての輪郭が水に揺らめい
>> て消えた。わたしの生まれ
>> そだった街、友と泳いだ海、あゆんだ浜辺が、突然に怒りくるい、もりあが
>> り、うずまき、揺さぶり、たわみ、
>> 地割れし、ごうごうと得体の知れぬけもののようなうなり声をあげて襲いか
>> かってきた。
>>
>>  その音はたしかに眼前の光景が発しているものなのに、はるか太古からの遠
>> 音でもあり、耳の底の幻
>> 聴のようでもあった。水煙と土煙がいっしょにまいあがった。
>>
>>  それらにすぐ紅蓮の火柱がいく本もまじって、ごうごうという音がいっそう
>> たけり、ますます化け物じみた。
>> 家も自動車も電車も橋も堤防も、人工物のすべてはたちまちにして威厳をうし
>> ない、プラスチックの玩具
>> のように手もなく水に押しながされた。
>>
>>  ひとの叫びとすすりなきが怒とうのむこうにいかにもか細くたよりなげに、
>> きれぎれに聞こえた。わたし
>> はなんどもまばたいた。ひたすら祈った。夢であれ。どうか夢であってくれ。
>> だが、夢ではなかった。夢よ
>> りもひどいうつつだった。
>>
>>  それらの光景と音に、わたしは恐怖をさらにこえる「畏れ」を感じた。非情
>> 無比にして荘厳なもの、人智
>> ではとうてい制しえない力が、なぜか満腔の怒気をおびてたちあがっていた。
>> 水と火。地鳴りと海鳴り。
>> それらは交響してわたしたちになにかを命じているようにおもわれた。たとえ
>> ば「ひとよ、われに恐懼せよ」
>> と。あるいは「ひとよ、おもいあがるな」と。
>>
>>  わたしは畏れかしこまり、テレビ画面のなかに母や妹、友だちのすがたをさ
>> がそうと必死になった。これ
>> は、ついに封印をとかれた禁断の宗教画ではないか。黙示録的光景はそれじし
>> ん津波にのまれた一幅
>> の絵のようによれ、ゆがんだ。あふれでる涙ごしに光景を見たからだ。生まれ
>> 故郷が無残にいためつけ
>> られた。
>>
>>  知人たちの住む浜辺の集落がひとびとと家ごとかき消された。親類の住む街
>> がいとも簡単にえぐりとら
>> れた。若い日に遊んだ美しい三陸の浜辺。わたしにとって知らぬ場所などどこ
>> にもない。磯のかおり。け
>> だるい波の音。やわらかな光・・・。一変していた。なぜなのだ。わたしは問
>> うた。怒れる風景は怒りのわけ
>> をおしえてくれない。ただ命じているようであった。畏れよ、と。
>>
>>  津波にさらわれたのは、無数のひとと住み処だけではないのだ。人間は最
>> 強、征服できぬ自然なし、人
>> 智は万能、テクノロジーの千年王国といった信仰にも、すなわち、さしも長き
>> にわたった「近代の倨傲」に
>> も、大きな地割れがはしった。とすれば、資本の力にささえられて徒な繁栄を
>> 謳歌してきたわたしたちの日
>> 常は、ここでいったん崩壊せざるをえない。わたしたちは新しい命や価値をも
>> とめてしばらく荒れ野をさま
>> ようだろう。
>>
>>  時は、しかし、この広漠とした廃墟から、「新しい日常」と「新しい秩序」
>> とを、じょじょにつくりだすことだろ
>> う。新しいそれらが大震災前の日常と秩序とどのようにことなるのか、いまは
>> しかと見えない。ただはっき
>> りとわかっていることがいくつかある。
>>
>>  われわれはこれから、ひととして生きるための倫理の根源を問われるだろ
>> う。逆にいえば、非倫理的な
>> 実相が意外にもむきだされるかもしれない。つまり、愛や誠実、やさしさ、勇
>> 気といった、いまあるべき徳
>> 目の真価が問われている。
>>
>>  愛や誠実、やさしさはこれまで、安寧のなかの余裕としてそれなりに演じら
>> れてきたかもしれない。けれ
>> ども、見たこともないカオスのなかにいまとつぜんに放りだされた素裸の
>> 「個」が、愛や誠実ややさしさを
>> ほんとうに実践できるのか。これまでの余裕のなかでなく、非常事態下、絶対
>> 的困窮下で、愛や誠実の
>> 実現がはたして可能なのか。
>>  家もない、食料もない、ただふるえるばかりの被災者の群れ、貧者と弱者た
>> ちに、みずからのものをわ
>> けあたえ、ともに生きることができるのか、すべての職業人がやるべき仕事を
>> 誠実に追求できるのか。日
>> 常の崩壊とどうじにつきつけられている問いとは、そうしたモラルの根っこに
>> かかわることだろう。
>>
>>  カミュが小説『ペスト』で示唆した結論は、人間は結局、なにごとも制する
>> ことができない、この世に生き
>> ることの不条理はどうあっても避けられない、というかんがえだった。カミュ
>> はそれでもなお主人公のベル
>> ナール・リウーに、ひとがひとにひたすら誠実であることのかけがえのなさを
>> かたらせている。
>>
>>  混乱の極みであるがゆえに、それに乗じるのではなく、他にたいしいつもよ
>> りやさしく誠実であること。
>> 悪魔以外のだれも見てはいない修羅場だからこそ、あえてひとにたいし誠実で
>> あれという、あきれるばか
>> りに単純な命題は、いかなる修飾もそがれているぶん、かえってどこまでも深
>> 玄である。
>>
>>  いまはただ茫然と廃墟にたちつくすのみである。だが、涙もやがてかれよ
>> う。あんなにもたくさんの死を
>> のんだ海はまるでうそのように凪ぎ、いっそう青み、ゆったりと静まるであろ
>> う。そうしたら、わたしはもう
>> いちどあるきだし、とつおいつかんがえなくてはならない。いったい、わたし
>> たちになにがおきたのか。こ
>> の凄絶無尽の破壊が意味するものはなんなのか。まなぶべきものはなにか。
>>  わたしはすでに予感している。非常事態下で正当化されるであろう怪しげな
>> ものを。あぶない集団的
>> エモーションのもりあがり。たとえば全体主義。個をおしのけ例外をみとめな
>> い狭隘な団結。歴史がそれ
>> らをおしえている非常事態の名の下で看過される不条理に、素裸の個として異
>> 議をとなえるのも、倫理
>> の根源からみちびかれるひとの誠実のあかしである。大地と海は、ときがくれ
>> ば平らかになるだろう。安
>> らかな日々はきっとくる。わたしはそれでも悼みつづけ、廃墟をあゆまねばな
>> らない。かんがえなくては
>> ならない。
>>
>> (2011年3月16日水曜 北日本新聞朝刊より転載)
>> ………………………………………………………………………………
>>
>>
>> 東本高志@大分
>> higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
>> http://mizukith.blog91.fc2.com/
>>
>>
>



CML メーリングリストの案内