[CML 010294] 村上春樹の「我々日本人は核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった」というスピーチについて(少し遅い感想)

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2011年 6月 19日 (日) 22:37:23 JST


村上春樹には「私はいつも卵の側に立つ」という「有名」なスピーチがあります。もちろん、この言葉は、
村上が2年前にエルサレム賞という文学賞を受賞した際にイスラエルの東部の町エルサレムで同賞
受賞記念スピーチの一節として発した言葉でした。いままた、村上のスペインのバルセロナであったカ
タルーニャ国際賞授賞式の際に語った「(これまで原発を容認してきたのは)日本人の倫理と規範の
敗北でもありました」、「我々日本人は核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった」というスピーチが例
によってというべきでしょうか民主メディアを含むマスメディアと、これもまた自らを反原発論者、またデ
モクラートと自称する人たちを含む大勢の人たちから喝采を浴びています。しかし、私の見るところ、
村上の言葉の言貌は薄っぺらなもので、真実を決して穿つことのないもの、真実とはおよそかけ離れ
た安易な言葉の羅列にすぎないもののように見えます。

村上の言葉を薄っぺらというのはこういうことです。村上はこのスピーチで日本人の「無常」観につい
て述べています。村上によれば、その日本人の「無常」観は、春は桜、夏は蛍、秋は紅葉に代表され
るものです。

「桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまう(略)。我々はそのいっときの
栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚
く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美しさ
の盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。」

なにやら清少納言の枕草子の一節を思い出し、川端康成の『美しい日本の私』というノーベル賞受賞
の際のスピーチを思い出させます。しかし、私には村上の作文にはそれ以上のものは見出すことはで
きません。川端もこのノーベル賞受賞記念講演で日本人の「無常」観について語っています。私は川
端の思想を全面的に支持するものではありませんが、それでも川端には道元禅師を語って道元の
「春は花夏ほととぎす秋は月/冬雪さえて冷(すず)しかりけりという「本来の面目」の歌に対する深い
洞察があったように思います。また、明恵上人を語って「雲を出でて我にともなふ冬の月/風や身にし
む雪や冷めたき」という明恵の「無常」観への愛しみも感じられました。また、芥川龍之介の『末期の
眼』を語って芥川の悲しみに対する川端の深い同情心も感じとることができました。しかし、村上の言
葉には教科書的な単なる教養の言葉としての「無常(mujo)」観しか読み取ることはできません。

そして、その「無常(mujo)」観は、村上によって福島の原発事故と結びつけられます。

「今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れてい
る我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に
不安さえ感じています。/でも結局のところ、(略)我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしてい
るわけです。(略)少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが
地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしか
ありません。」 

そして、さらに村上の「無常(mujo)」観は「倫理」と「規範」の問題、「安らかに眠って下さい。過ちは
繰り返しませんから」というあの広島の原爆死没者慰霊碑の言葉へと結びつけられていきます。

「『安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから』/素晴らしい言葉です。我々は被害者である
と同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前で
は、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという
点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またそ
の力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。」

この広島原爆死没者慰霊碑の「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」という言葉につ
いてかつて寺島実郎は次のように述べていたことがあります。

「広島の原爆慰霊碑に掲げられた『二度と過ちは繰り返しません』の言葉も、熟慮するほど不可解
である。思わず共感する言葉であるが、誰のいかなる責任での過ちなのかを明らかにすることなく、
『なんとなく反省』『一億総懺悔』で納得し、それ以上踏み込まないのである。/表層な言葉の世界
への陶酔を超えて,いかにして実のある世界に踏み込むのか,これこそが戦後日本という平和な
擬似空間を生きてきた我々の課題である。」(「小さな花」の強さ 2004年4月)
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0018150/js/another01.html

寺島は加藤周一と『軍縮問題資料』の2004年2月号ではじめて対談する機会を持ったようですが、
上記の寺島の感想は、加藤の「一億総懺悔」批判の言葉に触発されて書かれたもののようです(こ
の時分は寺島はまだまっとうだったようです)。加藤は『日本社会・文化の基本的特徴』(『日本文化
のかくれた形(かた)』所収。加藤周一、丸山真男、木下順二、武田清子共著、岩波現代文庫、200
4年)で「一億総懺悔」ということについて次のように述べています。

「あの十五年戦争で、日本側には、戦争責任者というものが、個人としては一人もいない。みんなが
悪かった、ということになります。戦争の責任は日本国民(略)全体が取るので、指導者が取るので
はない。『一億総懺悔』ということは、タバコ屋のおばさんも、東条首相も、一億分の一の責任になる。
一億分の一の責任は、事実上ゼロに近い、つまり、無責任ということになります。みんなに責任があ
るということは、誰にも責任がないというのと、ほとんど同じことです。」

そうした加藤や寺島の認識に比して、村上の広島の原爆死没者慰霊碑の言葉の解釈はいかに浅
薄なものであるか。私が村上の言葉を薄っぺらと批判するのはこうした村上の認識をも指していま
す。

私は2年前に村上のエルサレム賞受賞記念スピーチが評判になったときに次のような感想を述べ
たことがあります。

「メディア、テレビの出演回数を誇るたぐいの凡俗、凡庸、低劣な『知識人』『文化人』風情の村上
春樹の『エルサレム賞』受賞評価というのならば、私も納得することもできるのですが(もちろん、
負の意味でですが)、なぜこうもやすやすと自らを民主主義者と自称する人たち、また、自らをデ
モクラティックと誇称するメディアが少なからず、というよりも寡聞の限りにおいては圧倒的に村上
春樹の脆弱愚昧、こけおどし(見せかけは立派だが、中身のないこと)ともいってもよいスピーチ
を称賛してやまないのか。あるいは有体にいって騙されてしまうのか、というのが、村上の『エル
サレム賞』受賞の報を聞いた当初からの私の決定的ともいってよい違和感でした」(「後論:作家
・村上春樹のエルサレム賞受賞記念スピーチは卑怯、惰弱の弁というべきではなかったのか?」
CML 2009年5月31日付)。
http://list.jca.apc.org/public/cml/2009-May/000182.html

私は今回もほぼ同様の感想を持っています。


東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/



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