[CML 010279] 制服向上委員会『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』の辛辣さ

Hayariki hedomura2 at hotmail.co.jp
2011年 6月 18日 (土) 20:59:34 JST


制服向上委員会の『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』は「忘れない」が何度も繰り返されている点が印象的である。「私たちは忘れない 原発事故の事」という独白まである。一般に原発批判ソングに盛り込みたい内容は数多く存在する。放射能の危険性や汚染の長期化、内部被曝、原発利権、原発ジプシーなど批判材料には事欠かない。
ところが、『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』では原発の害悪や放射能汚染被害を歌うだけでなく、それ以上に原発事故や原発推進派の嘘を忘れないことを強調している。これは斉藤和義の反原発ソング『ずっとウソだった』に通じるものがある。『ずっとウソだった』も原発の安全神話が嘘だったことを強調している。
「忘れない」というメッセージは過去を水に流すことを美徳とする非歴史的な性質を有する日本社会に突き刺さる。日本社会では焼け野原から経済大国にするような前に進むことしかできないメンタリティが幅を利かせている。過去の問題を追及することを後ろ向きと非難し、目の前の火を消すことばかりに注力する発想である(林田力「日本社会の非歴史性が問題だ」PJニュース2010年6月26日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20100625_11
福島第一原発事故もメルトダウンやメルトスルーなど次々と明らかになる実態を追うことばかりに目を向けてしまいがちである。そのような目の前の情報に振り回されるのではなく、原発推進派が嘘をついていたことという事実を確認し、それを忘れないことは、日本社会の成熟にとって決定的に重要である。
非歴史的な日本人にとって「忘れない」は耳に痛い言葉である。日本軍による宣戦布告前の真珠湾攻撃に対する米国人の合言葉は「リメンバー・パールハーバー」(真珠湾を忘れるな)であった。日本軍の侵略と虐殺に対するシンガポール政府の姿勢は「許そう、しかし忘れまい」である。韓国・独立記念館の日帝侵略館・展示趣旨にも「過去の不幸な歴史の加害者を許すことはできますが、決して忘れてはらならないことです」と記載されている。
このような「忘れない」声に対する醜い日本人の反応は「過去は忘れて、未来志向で前向きに」となる。その意味で日本人から「忘れない」とのメッセージが出された意義は大きい。『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』は非歴史的な日本人の愚かさを克服するメッセージになる。
『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』は「もう忘れないから 原発推進派」と批判対象を原発推進派と明言している点も重要である。未だ収束しない福島第一原発事故を目の前にすると、「加害者や被害者も一致団結して事故の収束に団結しよう」というナイーブな主張も登場する。それは無条件降伏後の「一億総懺悔」につながり、根本的な責任がウヤムヤにされてしまう。責任主体を明言する『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』のメッセージは重い。
『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』が敵を原発推進派と規定した意味も深い。福島第一原発事故以前は、原発は反対するものであり、キーワードは「反原発」であった。しかし、反原発運動には特定セクトのイメージが強く、広範な市民を結集するキーワードとして「脱原発」が普及している。脱原発には反原発と意識的に区別する意味合いがある。反原発の狭いイメージを払拭し、これまでデモと無縁だった幅広い市民各層を取り込んだ点は脱原発を掲げた運動の大きな功績である。
一方で福島第一原発事故以前から反原発の運動家が原発を批判していたことは厳然たる事実である。反原発運動には市民的広がりが得られなかったという限界はあるものの、先人に対するリスペクトは必要である。この視点を忘れたならば反原発の運動から脱原発は紛い物や便乗者と批判されるだろう。
タイトル上は脱原発となっている『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』であるが、原発推進派を否定することで、推進派の対語である反対派と同じ立場であることを暗示している。脱原発を掲げる人々にも存在する「福島原発事故後は原発推進派も原発反対派も一致団結して脱原発を目指そう」というナイーブな論調とは一線を画した曲になっている。
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「制服向上委員会が反原発ソング『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』を発表」リアルライブ2011年6月18日
http://npn.co.jp/article/detail/22341413/
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