[CML 010214] 慟哭「6月15日によせて」、飯舘村からのメッセージ

T. kazu hamasa7491 at hotmail.com
2011年 6月 15日 (水) 20:43:49 JST


ni0615田島です。
同報いたします。重複をお許しください。

慟哭「6月15日によせて」、飯舘村からのメッセージ 
http://ni0615.iza.ne.jp/blog/entry/2322425/
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「愛する飯舘村を還せプロジェクト『負げねど飯舘!!』」の
 I さんからメッセージがとどきましたので、そのまま掲載します。

「明日で三ヶ月が経過してしまいます。残念です。一応の区切りをつけ
るために文書を作成しました。お読みいただければ幸いです。」 
という言葉が添えられていました。 
 
本文中、I さんは 
「では天罰とはなにか。それは原子力発電所の事故そのものではなく
「言葉が通じない」この状況です。」
と仰っています。

「言葉が通じない相手」とは、文脈上は「原子力にかかわる人たち」を指
しますが、じつは、飯舘村の人たちの言葉を受け止められなかったのは、
私自身です。
 
そして、 
「言葉はどこかに届いているのでしょうか。」
とも仰っています。

せめてこのブログを読む方に、
I さんの「言葉」を伝えたいと思い、メッセージを掲載させていただくこと
にしました。
 
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6月15日によせて 
 
飯舘村に放射性物質が降り積もったのは3月15日でした。今日で三ヶ
月が経過します。私たちはどの程度被曝したのか。深刻な影響はない
のか。そもそも低線量被曝の範疇なのか。せめて子どもたちのデータだ
けでもきちんと記録して今後の医療ケアに役立てて欲しい。そんな思い
からホールボディカウンターでの検査を求めていましたが回答はありま
せんでした。新聞等に福島県による健康調査の報道もありますが、三
ヶ月を経過した段階での調査で3月15日になにがあったのかを推測で
きるのかどうかはわかりません。
 
もちろん、三ヶ月以内なら推測可能で、それを1日でも過ぎると推測不
可能なんてことはないでしょう。ホールボディカウンターによる検査も万
能ではありません。検出できる放射性物質は限られていますし、ヨウ
素については半減期の関係があり、セシウムについても生物学的半
減期があり既に検出は難しいことは予想していました。また、仮に5月
中に検査をしたとしても私たちのケースでは放射性物質がどのタイミン
グで体内に入ったのかを推測することは不可能に近いことも理解してい
ました。汚染された場所で一ヶ月以上も普通に生活していたのですから。
 
ただ、「検査をしていないから“わからない”。」「“わからないこと”は
“なかったこと”」にされてしまうのではないかと危惧したのです。
原子炉作業員が三ヶ月に一度の基準で検査をしているという「基準」
をたよりに要望をしてきましたが取り合ってもらえませんでした。残念
です。もっと早くホールボディカウンターの存在を知っていれば。もっと
早く国や県へ要望していれば。もっと早くホールボディカウンターがあ
るにもかかわらず稼働していない事実をつかんでいれば・・。
 
私たち飯舘村の住民はお人よしなのかもしれません。東京電力による
謝罪集会の時も、計画避難区域に設定されたときも動揺しつつも激し
い抗議の声は上がりませんでした。みなさんにとっては山村のイメージ
が強いと思いますが、車で一時間も走れば津波の被害を受けた沿岸部
です。家族や友人を失い、家や財産を失った人たちのことを考えずには
いられません。抗議の声が上がらないために
 
「飯舘村がおとなしいのは東京電力から金をたっぷりもらっているからだ。」 
「計画避難区域になって金が入るのだから、うらやましいものだ。」 
 
と一部の心ない人から揶揄されているのも耳に入っています。それでも
激しい怒りを表現することができない。怒りを継続させることができない
のが飯舘村の村民性なのかもしれません。なにかもう少しできることが
あったのではないかと思うと残念です。一つの事実、事実を探すための
チャンスが失われてしまいました。
 
 誤解を恐れずに言えば、これが天罰かという思いもあります。
 
 勘違いはしないでください。地震も津波も天罰ではありません。天災
です。3月末に沿岸部の状況を見に行きました。津波の被害の大きさに
恐怖を感じましたが海も空も以前と同じ穏やかで美しい表情をしていまし
た。多くのものを根こそぎ奪っていった黒い波の姿は一片もありませんで
した。
 
 平凡な表現ですが自然の前では人間なんてちっぽけなものです。でも
生きていれば立ち上がることもできます。新潟県も数年前に地震の被害
を受けました。その経験があるからなのか沿岸部から新潟県に避難した
友人達はとても親身で手厚い支援を受けたそうです。生きていこう、復興
していこうという気持ちをもらったそうです。日本人のメンタリティーはこう
やって培われたのではないか。このような大災害をくぐりぬけて日本人と
いうのは形作られたのではないか。そう思っています。 

では天罰とはなにか。それは原子力発電所の事故そのものではなく「言
葉が通じない」この状況です。原子力にかかわる人々は皆、自説を語りま
す。とても科学的とは思えない発言をする科学者。心ない発言をする医師。
低線量は体に良いとまで言う研究者さえいます。さらに事故以降、多くの
安全基準が変更されました。緊急時のためのマニュアルだったはずなの
に有効に使われていないものもたくさんあると聞きます。私たちの疑問に
答えてくれる人はいません。私たちのSOSの叫びはどこかに消えてしま
いました。私たち自身もお互いの言葉を理解できなくなっているかのよう
です。言葉はどこかに届いているのでしょうか。 

まるで旧約聖書のバベルの塔です。神が人間の奢り高ぶりを見て、それ
まで一つだった言葉を乱し、互いに意思の疎通ができないようにさせた物
語です。
 
3月11日までの世界はこんな世界だったのでしょうか。気づかないだけで
お互いの言葉は通じていなかったのでしょうか。仮にそうだとすれば神が
「おかしいな、天罰を下していたはずなのに人間は気づいていないぞ。面
倒だがもう一度、バベルの塔に天罰を下すか。」と考えたのは無理からぬ
話でしょう。二つ目のバベルの塔として福島原発が選ばれ、恩恵を受けて
いない、皮肉にも持続可能な村づくりを目指していた飯舘村がひどく汚染
されてしまったのです。
 
この二つ目のバベル以後の世界をどのように生きていけばいいのか。私
たちは途方に暮れています。
 
愛する飯舘村を還せプロジェクト
『負げねど飯舘!!』(仮)
常任理事 I.T.

====================以上 転載おわります
 		 	   		  


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