[CML 010208] 原発推進派の激しい巻き返しex.諸葛宗男

T. kazu hamasa7491 at hotmail.com
2011年 6月 15日 (水) 13:59:06 JST


ni0615です。
私のブログからで恐縮です。

原発推進派の激しい巻き返しex.諸葛宗男 
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■イタリアの国民投票
 
イタリアで、原発再開に反対する国民投票が成立しましたが、日本の「脱原発」派は浮かれている場合ではありません。
 
「我が国でも国民投票を行えば、原発反対の意思が明確になるだろう」というのは、いかにも甘い考えです。
 
イタリアの場合は、チュエルのブイリ事故のあとから、原発をずっと停止してきました。イタリアでは既存の世論が「脱原発」であり、その既存の世論に為政者が逆って「再開」を目指したのです。日本の事情はそれとは逆です。既存の世論は「原発維持」なのです。
 
日本には、原発維持の堅牢な砦がそびえたっているところに、ようやく「脱原発」の声が盛り上がってきたのです。しかもこれは、「脱原発」に内在する
説得力によるものではなく、原発自身の自滅によるものなのです。「脱原発」の運動が成果をあげたからではなく、ひとえに敵失によるものなのです。
 
我が国では残念ながら「脱原発」文化は、ようやく耕され始めたにすぎないのです。日本では「脱原発」はまだまだ、カルチャーされてないのです。
 
 
 
■日本の世論調査
 
今日のNHKニュースをみますと、
「原発縮小」を選択する人は、4月以降増えていて、「原発維持」を越したそうです。しかし、「脱原発」を選択した人は、まだ10%台にすぎないのです。
 
「原発縮小」を選択した人たちは、
これから夏にかけて、「計画停電」「電気料金値上げ」などなど、さまざまなマイナス要因を突きつけられ、「原発維持」に戻るよう世論誘導のターゲットとして、曝されています。
 
実際、いま6月中旬の時点において、原発擁護派からの激しい巻き返しが、進行しています。巻き返しは、永田町では「菅おろし」の風に乗せて行われていますが、テレビメディアでは、

「地元の意向を汲んで、休止中の原発を再開することは止むをえないのではないか」

という世論誘導が、じわじわと行われています。
「原発縮小」は、「可能ならば原発縮小」となり、「原発維持も止むを得ない」となっていくのです。
 
原発の運転再開が、福島第一原発と同じ安全基準で行われてよいのか、という問題の核心がずらされ、「地元経済」を出汁にした再開論が述べられています。
 
 
 
■核燃サイクルの神様、諸葛宗男先生
 
けさのフジテレビの「知りたがり」という番組には、あのギョロメの諸葛先生が、1時間出ずっぱりで出演していました。
 

 
諸葛先生といえば、3月11日のあと連日連夜テレビ各局に出演しまくり、「五重の壁があるから絶対安全」「放射能の心配なんか要りません」を、ギョロメを効かせて視聴者にむかってまくし立てていた方です。
 
私は、もうとっくにそうした「嘘がバレてしまった」原発学者たちは、テレビからお払い箱になったかと思いましたら、実はそうではなかったのです。
 
実は「知りたがり」には諸葛先生が、あたかも原発の賛否に中立な「先生」として登場していたのです。とんでもないことです。
 
諸葛先生とは、元々原発メーカーの東芝の社員で、原発にかかわり、核燃料サイクル推進で原発事業部長です。それが、定年後東大で「核燃料サイクル推進のための世論作り」研究の為、特任教授となった人です。
http://www.pp.u-tokyo.ac.jp/faculty/professors/MuneoMorokuzu.htm
http://ni0615.iza.ne.jp/blog/entry/2209505/
(日本原子力学会 社会環境部会長)
http://wwwsoc.nii.ac.jp/aesj/division/sed/aisatsu/morokuzu.html
 
本来ならばこの人は、原発のシステムの立案者であり、今日のこの災厄を招いた張本人であり、責任を追及されなくてはならない立場の人物なのです。
 
 
■反転攻勢の証し
 
そのような人物が、「中立者」顔して
安全基準の見直しなしに再開してよいのか、という根本問題を遠まわしに逃げながら、
熊本県の原発「玄海」は地元の町が再開を求めている原発停止は政府の押し付けなのだから、地元の声をきくべきだ自然エネルギーは実用化が困難だ
 
と説くのです。 
 
こうして諸葛先生のような人が活躍するということは、メディアを使っての反転攻勢が、激しく始まったことの証しだと思います。
 
 		 	   		  


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