[CML 011050] 【ICRPの謀略その1】「ICRPの放射線基準値には根拠が無い理由!」

Yasuaki Matsumoto y_matsu29 at ybb.ne.jp
2011年 7月 30日 (土) 18:40:36 JST


みなさまへ    (BCCにて)松元
京都の諸留さんが【ICRPの謀略 その1】を投稿しましたので、転送いたします。ちきゅう座の宇井宙氏の論考『米核戦略と放射線「科学」』に依拠しているものです。

「ちきゅう座」のサイトにも原発関連の多くの論考が掲載されています。
●ちきゅう座
http://chikyuza.net/n/

======以下全文転載======

【ICRPの謀略 その1】
「ICRPの放射線基準値には根拠が無い理由!」

《パレスチナに平和を京都の会》の諸留です

**転送転載 自由**
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国際放射線防護委員会(ICRP)の定める放射線基準値が信用出来ないこと、
特に「低線量被曝」に関しての科学的根拠が全く無いことを、はっきり確認しておかねばならない!

 一体、何故、国際放射線防護委員会(ICRP)の放射線被曝値は「当てにならない」シロモノなのか?

 それは、国際放射線防護委員会(ICRP)成立の歴史的経過を振り返って見ることでハッキリしてくる。
 この経過を回顧する事は、同時に、アジア太平洋戦争終了直後から始まった、アメリカによる対日占領政策および対日核ブロック体制戦略の経過を回顧することでもある。

以下は、
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/822.html
宇井(うい)宙(ひろし)氏が
[2011年5月11日18:12投稿]にがアップした
『米核戦略と放射線「科学」』(ちきゅう座)の全文転送します。
[一部、私(諸留)の加筆修正やコメントも付加してます)

これによって、国際放射線防護委員会(ICRP)の発足の歴史的過程を、再確認してみよう。

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 福島第一原発事故以後、東電や政府や御用学者は、「原発は制御されている」(全くされていなかったにもかかわらず)、「水素爆発は起きない」(起きたにもかかわらず)、「圧力容器や格納容器は健全性が保たれている」(それらが破壊されていたにもかかわらず、「「事故はレベル4だ」(当初からレベル7だったにもかかわらず)、「直ちに健康に影響はない」(晩発性の被害は計り知れないということでもある!)など破廉恥な「安全デマ」をまき散らしたのは何故だったのか?

 莫大な原発マネーに群がり、そこから得られる膨大な資本利益を漁る「原発ムラ」の原発巨大産業、文字通りの「国家独占巨大資本」による、なりふり構わぬ、剥き出しの資本の横暴さ、凶悪さが働いていることが、そのまま、被曝限度の数値決定とは、表裏一体の関係にある。

 緊急時作業員の被曝限度を、原発事故発生以前までの基準値であった100(mSv)ミリシーベルトから、いきなり、その2.5倍の250(mSv)ミリシーベルトにまで引き上げたり、一般人の年間被曝限度を、やはり事故以前までの1(mSv)ミリシーベルトから20(mSv)ミリシーベルトに引き上げたり、100(mSv)ミリシーベルト以下なら安全だ、などと異常としか思えない発言を東電や政府、御用学者連中が展開させてきたのは何故なのか?

 そのわけは、戦後の国際的な放射線防護基準となって、素人が聞けば、あたかも世界的に権威ある放射線防護基準値であるかのような印象を、素人の一般市民に与える、いわゆる「国際放射線防護委員会(ICRP)」なるものが、米国の核戦略を有利に進めるために作成され、日本政府がそれに積極的に受け入れ、協力し、普及させ、全国の自治体や研究者、ひいては日本国民全体への普及させ、宣伝し、周知徹底を意識的に図ってきたことにある。

 世界で初の原子爆弾製造計画となった、いわゆる「マンハッタン計画」の全施設と、そこで製造・蓄積された核物質とその情報などのノウハウも含め、第二次世界大戦の終了した後も、1946年8月に設置された「米原子力委員会(AEC)」へ受け継がれた。

 この「米原子力委員会(AEC)」は、原爆の人体への影響研究のために、1947年から1948年にかけて、我が国の広島と長崎に「原爆傷害調査委員会(ABCC)」と称する調査委員会も設置した。この「原爆傷害調査委員会(ABCC)」は、広島・長崎の被爆者を、まるでモルモットのように裸にして、その体の隅々まで調べることこそ熱心に行ったが、被爆者への治療は全く行わなかった。

 何故なら、この「原爆傷害調査委員会(ABCC)」が広島・長崎で行った調査目的が、原爆投下直後の、被曝直後の「初期放射線の影響」を調べることにあったからである。

 すなわち、「米原子力委員会(AEC)」や「原爆傷害調査委員会(ABCC)」の興味と関心は、被曝で苦しむ広島・長崎の被爆生き残り者の治療に専念することではなく、世界史上初の原子核燃料を使用した原子核爆弾が、軍事兵器として、どの程度まで実戦的、効果的に、有効な軍事被害を、投下した相手(=敵)に与えることが出来るのかを、確認すること、それが、この「米原子力委員会(AEC)」および「原爆傷害調査委員会(ABCC)」の行った調査目的であった。

 これら2つの委員会の目的が、「実戦兵器として使える核兵器」の研究に役立たせることであった。そのことは、近年、アメリカの公文書からも暴露され、確認されている。

 そして、これら委員会の調査結果、非常に重要なあるひとつの報告が打ち出された。それは、原子爆弾の巨大な破壊力と、その被曝後の放射線障害の凄まじさ故に、原爆が非人道的兵器である!と非難されることで、今後の使用が困難になることを回避するために、原爆爆発直後から発生した放射性物質の大量降下・飛散による内部被曝による、被爆生き残り者に関する内部被曝指標を、意識的に排除したのである。更にまた、爆心地から2km以上離れた地域の住民を非被曝者と規定するなどして、爆発直後から発生した内部被曝による被害者数を、可能な限り最低限の数となるように、意図的にその数値を過小評価したのである。

 このことからも明瞭に解るように、後の国際放射線防護委員会(ICRP)の放射線被曝基準値の母胎となった「米原子力委員会(AEC)」および「原爆傷害調査委員会(ABCC)」の調査には、初めから放射性物質による内部被曝を科学的・客観的に正確に計測するという思想が、意図的にかつ完全に「欠落」していたのである。従って、こうした「米原子力委員会(AEC)」や「原爆傷害調査委員会(ABCC)」を母胎として成立してきた国際放射線防護委員会(ICRP)にも、放射性物資の内部被曝による人体への影響度は如何なるものか?、とする視点も、完全に欠落させることになった。

 この点は、国際放射線防護委員会(ICRP)の基準値だけでなく、その基準値をそのまま「鵜呑み」し、原発指針を国策として協力に推進させてきている我が国政府、官僚、原発電力会社は言うまでもなく、財界、企業、自治体、一般市民に至るまで、原発賛成の旗を振る側の者も、反原発、脱原発を望む者も、いづれの側にあるにせよ、放射線基準値を云々する人全てが、ハッキリ抑えておかねばならない、極めて大切な点、基本的な点である。


ここでこの「国際X線ラジウム防護委員会」(IXRPC)について説明しよう。19世紀末から20世紀初頭に始まった放射性物質発見のラッシュ期以降、放射線(=放射能)の人体に対する影響も、無視できない深刻な状況も発生した。医学分野でも、放射線の影響に対する懸念の高まりを受けて、1928年にスウェーデンのストックホルムで「国際放射線学会(International Society of Radiology; ISR)」が主 
催されるようになった。その第2回目の、「国際放射線医学会議(International Congress of Radiology; ICR)」におい 
て、放射線医学の専門家を中心として創設されたのが、「国際X線およびラジウム防護委員会」(International X-ray and Radium Protection 
Committee; IXRPC)であった。この「国際X線およびラジウム防護委員会」(IXRPC)で、X線とラジウムへの過剰暴露の危険性に対して初の国際勧告が行われた。

 1950年のロンドンで開かれた「国際放射線医学会議(ICR)で、【医学分野以外での放射性物質の使用も十分考慮するために】組織を再構築し、現在の名称「International 
Commission on Radiological Protection; ICR(先のICRとは別の表記であることに留意されたし!)」に改称された。スウェーデン国立放射線防護研究所所長だったロルフ・マキシミリアン・シーベルトは1929年に「国際X線およびラジウム防護委員会」(IXRPC)の委員に就任した。

 1950年になって、アメリカがこの「国際X線ラジウム防護委員会(IXRPC)」という国際組織を更に改組して、「国際放射線防護委員会(ICRP)」を設立した後でも、前述のスウェーデン国立放射線防護研究所所長ロルフ・マキシミリアン・シーベルトは、1958年から1962年まで「国際放射線防護委員会(ICRP)」の委員長を務めた。

 放射線の人体に与える影響に対する防護分野の先駆者となった、このロルフ・マキシミリアン・シーベルトの功を讃えるため、1979年になって、ICRPが放射線の人体に与える影響量(より正確には「線量当量」という)の単位として、Sv(シーベルト)を制定することとなった。


 こうした歴史的背景からも解るように、放射線が人体に与える影響量を示す測定単位として、Sv(シーベルト)という単位は有効性を持つ単位となったことは、それなりの意味を持つ単位であることは確かである。

 しかし、アメリカが原爆開発成功と、れを日本の民間人殺戮に実践使用したことによって、その時を境として、それ以降は、「国際放射線防護委員会(ICRP)」が発表する、放射線防護に関する全てのデータには、内部被曝が意図的に排除されることとなった。


 再度指摘しておく。アメリカが投下し広島・長崎で炸裂させた原爆の被害を、「原爆傷害調査委員会(ABCC)」報告で意図的に過小評価させたことで、「国際放射線防護委員会(ICRP)」勧告の示す数値の意味は、放射線が与えたエネルギー(吸収エネルギー)だけで被曝を評価する体系であって、生身の人体に対して放射線が作用する具体的なメカニズムは一切切り捨てられ、無視され、単純化・平均化され、外部被曝しか適用できないような基準で処理されることとなったのである。

 要するに、「国際放射線防護委員会(ICRP)」の数値は【内部被曝の影響の特殊性と深刻さを、全く無視している数値】なのである。放射性量の数値云々をする場合、常にこの点を、はっきりと頭に叩き込んでおくべきである。

 「原爆傷害調査委員会(ABCC)」は1975年になると、日米両政府が予算を折半して、「放射線影響研究所(放影研)」へと改組された。この「放射線影響研究所」は、1986年に、「原爆放射線量評価体系(DS86)」を公表し、その第6章で、初めて放射線降下物の線量評価を行った。

 しかし、この1986年の「原爆放射線量評価体系(DS86)」は、原爆投下から約1ヶ月後の1945年9月17日に我が国を襲った枕崎台風以後に測定された放射性降下物の線量データを基にして計算されたものであった。超大型であった枕崎台風の暴風雨によって、それまでの放射性物質が洗い流され、実際の濃度より薄められた数値であるなど、原爆投下初期の放射能状態を無視していること。また、測定がガンマ線に偏っており、放射線量の多いアルファ線やベータ線は無視していることが指摘されている。

 こうした点から、原爆爆発後の、放射性降下物による内部被曝を、極端に過小評価した報告結果となっているといわれている。

 「放射線影響研究所」は、さらにまた、チェルノブイリの事故後でも、事故の影響を過小評価した報告書を公表するなど、チェルノブイリ被曝者救援への阻害要因ともなっている。


 要するに、「原爆傷害調査委員会(ABCC)」と、その後身の「放射線影響研究所」も、更には、それらのデータに依拠する「国際放射線防護委員会(ICRP)」も、【内部被曝は十分に考慮せず、基本的に、外部被曝しかカウントしない】基準値となっている。そのために、「数十グラムの劣化ウランを飲み込んでも癌などの疾病はあり得ない」等と言ったり、小児がんによる死亡を放射線被曝の犠牲者にカウントしていない。また、癌による高い死亡率を確認しても「放射線による発癌とは確認できない」として因果関係を否定してきている。原爆や東西冷戦時代の米ソ両国の核実験、原発事故等による被害を意識的に無視してきている。とりわけ、内部被曝を全く考慮せず、被曝の影響を常に過小評価し、隠蔽する役割を「国際放射線防護委員会(ICRP)」の数値は、果たしてきている。

 1991年、当時、「放射線影響研究所(放影研)」理事長で、「原爆放射線量評価体系(DS86)」の監修顧問で元「国際放射線防護委員会(ICRP)」委員でもあった重松逸造が委員長を務めていた「国際原子力機関(IAEA)」の「国際諮問委員会(IAC)」は、「チェルノブイリ事故報告」を公表し、その中で、「住民は放射線が原因と認められるような障害を受けていない。今後もほとんど有意な影響は認められないだろう。最も悪いのは放射線を怖がる精神的ストレスである」などという無責任な報告を行っている。「放射線影響研究所(放影研)」、「原爆放射線量評価体系(DS86)」、「国際放射線防護委員会(ICRP)」、「国際原子力機関(IAEA)」など4機関の癒着関係がよくわかるであろう。


 「国際原子力機関(IAEA)」は、1953年12月にアイゼンハワー米大統領が国連で行った「アトムズ・フォー・ピース Atoms for Peace(原子力平和利用計 
画)」提案に基づき、1957年7月に設立された国際機関である。超五大国の核独占管理を前提とした原発推進の国際機関である。「国際原子力機関(IAEA)」が、いかに無茶苦茶な国際機関、核兵器保有の超五大国とその「腰ぎんちゃく国」だけを優遇し、特別扱いする、不公平な国際機関であることは、湾岸戦争時に、イラクのオシラクの原子炉に対するイスラエル空軍機の原子炉破壊攻撃を黙認したこと、一つからも明らかであろう。

 あろうことか、核兵器を保有する超五体国を中核として、日本を始めとする核ブロック参加国以外の核保有には、国際法でも禁じられている「危険な物質を内蔵する施設への軍事攻撃を禁止する」国際法すら、堂々と踏みにじるイスラエルを避難も、制裁決議も、「国際原子力機関(IAEA)」は一切何もしない。他方イラクやイラン、北朝鮮など核ブロックから排除されている国への攻撃は黙認する‥‥そんな不公平きわまる「国際原子力機関(IAEA)」が、2005年にはノーベル平和賞を受賞しているのである!

 これほどの欺瞞は、またと有ろうか?アイゼンハワーの国連演説から3ヶ月後の1954年3月1日、米国がビキニ環礁で行った水爆実験により、マグロはえ縄漁船・第5福竜丸の乗組員23名が被曝するほか、約100艘近くもの同環礁周辺で操業中の島民ら多数も被曝する、という事件が起こった。このビキニ環礁での第五福竜丸の水爆被曝事件の詳細は、次回に回す。


 大切な点は、このビキニ事件をきっかけとして、日本国内の反核世論、核アレルギーを潰すために、「原子力の平和利用」という美名の下での、原発導入の、国家的規模での全国一大キャンペーンが展開されたのである。

 放射線防護の「専門家」を自負する御用学者たちの放射線基準値云々の数値の「胡散臭さ」の背後には、アメリカの巧妙な対日核戦略と、それを支える日本政府や官僚、原発会社を始めとする巨大企業、地方自治体や御用学者たち、国民大衆の多数も巻き込む、まさに挙国一致的政策が、横たわってきていたことは見逃してならない。

**転送転載歓迎**

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《パレスチナに平和を京都の会》
"Peace for Palestine" in Kyoto Movement(PPKM)
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