[CML 010938] IK原発重要情報(14)

河内謙策 kenkawauchi at nifty.com
2011年 7月 25日 (月) 21:17:54 JST


   IK原発重要情報(14) [2011年7月25日]
 私たちは、原発についての情報と脱原発の国民投票をめざす市民運動についての情報を発信しています。よろしくお願いいたします。
(この情報を重複して受け取られた方は、失礼をお許しください。転送・転載は自由です。)

弁護士 市川守弘  弁護士 河内謙策

連絡先: 〒112-0012東京都文京区大塚5丁目6番15-401号
保田・河内法律事務所(電話03-5978-3784、FAX03-5978-3706)
Email: kenkawauchi at nifty.com
脱原発の国民投票をめざす会
http://2010ken.la.coocan.jp/datsu-genpatsu/index.html

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          原発と憲法
 私(河内)は、下記の原稿を、『青年法律家』7月25日号に投稿しました。原発と憲法の関係や、脱原発運動の意義については、あまり本格的に論じられていないテーマなので、皆様の議論の参考になれば、と思い掲載しました。なお、これは、河内の個人見解です。念のため。

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脱原発の国民投票をめざす署名運動に対し、
青法協の皆様の熱い支持と御協力を!
                      弁護士 河内謙策

 私は、3.11の福島第一原子力発電所の重大事故発生以来、自分自身が原発の問題に取り組んでこなかった過去の反省の上に立って、脱原発の国民投票の成功のために力を傾注しています。

[原発と日本国憲法]
 私たちの多数が十分に知らないままに、日本には、高速増殖炉もんじゅを加えて55基の原子炉が存在しています。また、日本の電力会社等は30基の原子炉の建設を予定しており、アメリカ、フランスに次ぐ原発大国になっています。
 原子力発電所がいかなる存在なのか、私は、法律家は、日本国憲法に照らして憲法違反の存在であることを国民にアピールすべきだと考えます。以下、紙数の関係で、データの裏づけのない抽象論になって恐縮ですが、私の考えた結論を述べてみたいと思います。

	原発は、日本国民の平和的生存権(前文)を侵害します。日本国民が安全・安心に暮らすことが出来る権利は、平和的生存権の一内容として保障されていると考えます。しかし、重大事故により国民の安全・安心が保障されないということは勿論、国民が自分の生活と自分の将来に恐怖と不安を持ちながら生きなければならないというのは、この平和的生存権の侵害です。また、原発の被害が将来の何世代に及ぶというのも、現在の国民の平和的生存権の侵害と考えることができると思います。
	日本国民は憲法25条により、健康に生きる権利が保障されていると思います。しかし原発は、平時には原発労働者の健康に生きる権利を侵害するとともに、空気中に放射性物質を拡散して付近住民の健康に生きる権利を侵害し、事故時には、放射性物質を広範に拡散して日本国内はもちろん、世界の民衆の健康に生きる権利を侵害します。原発そのものではありませんが、原発と不可分の関係にある東海再処理施設や六ヶ所再処理工場の危険も見過ごすことはできません。
	原発は、平時においても、事故時においても、大気を通じて、あるいは海水を通じて、放射性物質を拡散し、生態系=環境を破壊し、国民の憲法13条・25条により保障されている環境権を侵害します。
	原発は、事故時において、勤労者・農民・漁民の憲法22条・27条により保障された労働の権利、経済活動の自由を侵害します(漁民については、温排水の影響により平時においても侵害が発生します)。原発は、事故時において、憲法26条により保障された子どもの学習権を侵害します。
	原発は、原発についての情報の隠蔽・操作・偽造・虚偽の流布を日常的に行うことにより、憲法21条により保障された国民の知る権利を侵害します。
	原発は、電源三法に見られるように、国家の行財政的手段をつうじて、憲法第8章により保障された地方自治権を侵害します。
	日本はすでに、原発より生じた、長崎原爆を4000発も作れてしまうほどのプルトニウムを保有しています。私は、これは憲法9条に違反していると思います。日本政府が核兵器開発計画を持っているかどうかに関わりなく、今日においては、核兵器を作ろうと思えば作れる材料を保有していることは核兵器を保有しているのと同一視すべきだと考えるのです。

日本国憲法は人権に対する公共の福祉による制限を認めていますから、「ウランは埋蔵国が分散し、保存や輸送がしやすい」「発電コストが安い」「リサイクルができる」「クリーンエネルギーだ」という国や電力会社の主張が上記人権侵害を正当化できるかどうかが吟味されなければなりません。しかし、結論から言えば、もはやいずれの主張も正当な理由足りえないことが、国民的に明らかになっていると思います。

[脱原発運動の意義と展望]
 原発が日本国憲法に違反する危険な存在である以上、日本国憲法に忠実であろうとすれば、原発は廃止する以外にないのです。すなわち、原発の新設・増設を認めず、既存の原発の段階的廃止を実現するとともに、日本のエネルギー浪費構造を是正し、再生可能エネルギーを中心とするエネルギー構造に転換していくことを私たちは目指さなければなりません。また、世界の民衆・アジアの民衆と連帯して、脱原発の世界・脱原発のアジアを作り上げなければなりません。この目標を実現していく民衆の運動が、脱原発運動と言われるものです。

 では、この脱原発運動は、いかなる意義を有するものでしょうか。
	この運動は、日本国民の生き残りをかけた運動だと思います。福島第一原発の事故はいまだ収束していませんし、被害は拡大しています。また1995年の阪神大震災以来、日本列島は地震の活動期に入ったことが広範な地震学者により指摘されています。もう1度原発事故が起きれば日本が亡びるというのは、決して誇大宣伝ではないと思います。したがって、日本国民が生き残れるかどうかは、脱原発運動の成否にかかっていると思います。
	この運動は、近代文明=欧米文明を乗り越えた新しい文明を日本とアジアに創造していく運動だと思います。日本の原発は、日本の成長神話のシンボル的存在であったがゆえに、脱原発の探求は、必然的に日本の成長第一主義的政治・経済・社会・文化構造の克服の課題を提起することになるでしょうし、それは、さらに進めば、成長第一主義の根底にある近代文明=欧米文明を、どのように乗り越えるべきか、というところまで進んでいくことになるでしょう。
	この運動は、日本の民衆に対し、近代文明=欧米文明を支えた生き方でない、新しい生き方を模索させることになるでしょう。たとえば“人間の絆”の再評価は、そのような文脈の顕現ではないでしょうか。それはまた、日本の民衆運動と民衆運動を担う活動家一人一人に、多数の原発を容認してきた弱点の反省・克服と新しい課題の探求をやりぬく思想・力があるかどうかを試すことになるでしょう。

この運動の展望につき論じる余裕はなくなりました。
今は、日本の脱原発運動が大同団結して奮闘することにより、国民投票に成功して、脱原発の道を歩むことになるという楽観的シナリオと、脱原発運動が分裂のまま、一時的高揚の後に衰退し、国民は以前の無関心・無気力に戻り、原発推進派が再び原発推進に突撃するという悲観的シナリオが存在するということを指摘するに止めたいと思います。私は、青法協会員である皆様に対し、貴方は、日本と貴方の将来をどうしたいのですか、と問いかけたいのです。
                    (2011年6月20日記)

PS  脱原発の国民投票をめざす署名用紙は、脱原発の国民投票をめざす会のサイトからダウンロードしてください。自書のうえ、必ず郵送して下さい。御願いいたします。
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