[CML 010830] 父は朝鮮戦争で死んだ

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2011年 7月 19日 (火) 23:29:06 JST


 坂井貴司です。
 転送・転載歓迎。
   
 昨日、アニメ映画
 
 「コクリコ坂から」 宮崎吾郎監督 スタジオジブリ制作
  http://kokurikozaka.jp/index.html
 
を見ました。魔法使いも妖精も登場しない、1963年の横浜近辺にあった小さ
な漁師町(今から想像できないほどの半農半漁の村!)を舞台にした青春映画で
す。

 同じ高校に通う少女と少年の淡い恋を軸に、ゴミ屋敷と化したクラブハウスの
解体騒動を描く良い内容の映画です。

 「貧しかったけれど、希望があった」と謳う映画「ALWAYS 三丁目の夕日」(2
005年)が記録的ヒットをして以来、日本映画は実写、アニメを問わず、「昭
和」を描く事がブームになっているようです。今年7月に上映されたアニメ
 
 「星を追う子ども」(新海誠監督)
 http://www.hoshi-o-kodomo.jp/top.php

も、昭和40年代の長野県の山中の村を舞台にしたおもしろい作品でした(ノス
タルジックに描いたアニメかと思ったら、架空の地中世界を舞台にしたファンタ
ジーでした)
 
 さて、私がこのMLでなぜ「コクリコ坂」について書いたかと言うと、ほとん
どの人が知らない、戦後史の裏面が設定されているからです。
 
 主人公の海は、毎朝「航海の安全を祈る」という意味の信号旗を自宅に掲げま
す。それで死んだ父が帰ってくるような気がするからです。
 
 船乗りだった彼女の父は、朝鮮戦争(1950年 - 1953年)の時、LST(戦車揚
陸艦)に乗り込み、朝鮮半島のとある港で機雷に接触して死亡したのです。
 
 この朝鮮戦争がもたらした軍需景気が日本経済を復興させたことはよく知られ
ています。しかし、多くの日本人船員が国連軍(=アメリカ軍)の兵員や物資を
輸送する船に乗り込んだことはほとんど知られていません。
 
 朝鮮を植民地支配していた関係で、この地の海の状況をよく知っていた日本人
船員は朝鮮戦争が始まると、必要とされました。危険と引き替えに、報酬を得よ
うと、多くの日本人船員が、LSTなど国連軍(アメリカ軍)の輸送船に乗って、
博多港や門司港、下関港、神戸港と韓国・北朝鮮の港を往復しました。アメリカ
軍が使う武器弾薬などの軍事物資を乗せた輸送船は、当然のことながら北朝鮮軍
や後に参戦した中国義勇軍、そして中国軍のマークを付けて秘密裏に参戦したソ
ビエト空軍機の目標となりました。砲撃や爆撃、機銃掃射を受けて死亡したり負
傷した日本人船員はかなりいました。また、海中に敷設された機雷に船が接触し、
爆発などして死亡した人もいました。この映画の主人公の父が乗ったLSTが、
機雷に接触して沈没する場面が描かれています。
 
 日本人が「戦死」したのは、太平洋戦争が最後ではありませんでした。朝鮮戦
争でも「戦死」が続きました。
 
 この映画のエンドクレジットは「この映画はすべてフィクションです」との表
示です。しかし、かなりの数の日本人船員が朝鮮戦争で「戦死」したのはフィク
ションではありません。事実です。
 
坂井貴司
福岡県
E-Mail:donko at ac.csf.ne.jp
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「郵政民営化は構造改革の本丸」(小泉純一郎前首相)
その現実がここに書かれています・
『伝送便』
http://densobin.ubin-net.jp/
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