[CML 007543] 中国人権(12)
河内謙策
kenkawauchi at nifty.com
2011年 2月 9日 (水) 22:36:21 JST
河内謙策と申します。(この情報を重複して受け取られた方は、失礼をお許しください。転送・転載は自由です。)
「劉暁波のノーベル平和賞受賞と中国民衆の動向」と題する拙稿を、ロゴスから発売されている『Plan B』第31号に投稿しました。同社の御好意により、以下、掲載させていただきます。
―――――――――――――――――――――――――――――――
劉暁波のノーベル平和賞受賞と中国民衆の動向
河内謙策
中国の著名な作家、文芸批評家、「〇八憲章」に示されている中国民主化運動の活動家である劉暁波(リュウ・シャオポー)が二〇一〇年のノーベル平和賞を受賞したことは、日本国内ではよく知られている。しかし、中国国内では、どうなのか。劉暁波のノーベル平和賞受賞が中国民衆にいかなるインパクトを与えたかを分析することを通じて、中国の前途=中国の民主化について考えてみたい。
まず、昨年秋に中国をウォッチしていた三人の観察結果を紹介しよう。三人がとりあげている生々しい事実に注目していただきたい。
劉暁波の友人や知識人
ノルウェイのノーベル賞委員会が劉暁波にノーベル平和賞授与を決定したのは、昨年一〇月八日午後五時(北京時間)だった。ジャーナリストの城山英巳は、その時間の劉暁波の友人や知識人をめぐる状況を次のように伝えている(城山英巳「ノーベル平和賞が火をつける『第二の天安門』」『文藝春秋』二〇一〇年一二月号一四六頁以降)。
「劉夫妻の友人で『〇八憲章』にも署名した人権派弁護士・浦志強はその時、北京に戻るため高速道路を走っていた。その直後、ノルウェイ訪問中の中国の著名な知識人が電話を掛けてきて興奮した口調で叫んだ。『小浦! 小浦!(浦さん、浦さん)出てきた! たった今、発表があった! 劉暁波! 劉暁波!』
同日夜、浦はさっそく、劉夫妻宅に向かった。すると背が高くて痩せた黒服の男が道をふさぐ。『誰を訪ねに行くのか』『友人だ。お前は誰だ』『保安隊長だ』。こうしたやり取りが続き、浦は結局、劉霞〔劉暁波夫人〕と会えなかった。〔中略〕
その頃(八日夜)、劉夫妻の友人で作家の劉檸は、二十人弱の知識人と受賞を祝う宴会に出席するため地下鉄に乗った。するとこう放送があったのだった。『上級機関の指示に基づき、地下鉄の各路線は終電時間を、二時間前倒しにする大幅調整を行います』。これを聞いた劉檸は『『維穏(安定維持)態勢』が始まるな』と感じた。
公安当局が何より警戒したのは、劉暁波の友人や知識人らが、祝賀会を開き、民主化に向けた『団結』を強めることだった。民主活動家の許志永ら十数人は八日夜、『慶祝劉暁波獲諾奨』(劉暁波のノーベル賞受賞を慶祝する)と書いた横断幕を野外で広げた。公安当局は即座に『大勢を集め社会秩序を妨害した』として拘束した。
祝賀会を終え、深夜に帰宅した劉檸は九日午前三時、玄関ドアを叩く音に気付いた。派出所の警官だった。最初は『警告』と思ったが、実際には公安当局の監視下に置かれ、新聞を買いに外出した際も警官に付き添われた。『夜の外食も監視付き。さっぱり訳が分からないまま自由が制限された』。彼は暗黒の日々にいら立ちを強めた」。
インターネットの上で出来したこと
安江伸夫は、インターネット上の状況を次のように伝えている(安江伸夫「尖閣沖漁船衝突事件をめぐる中国のネット世論と共産党」、渡辺浩平編『中国ネット最前線 「情報統制」と「民主化」』、蒼蒼社、四三頁以降)
「北京時間の一〇月八日夜、活動家の誰かがノーベル平和賞を受賞するかもしれないという期待は、英国BBCのネット版や『ツイッター』などの事前情報によってネットユーザーらの間で高まっていた。その瞬間、検閲の隙間を縫って、『人民網』の『強国論壇』に北京時間(日本より一時間遅い)一七時〇二分四七秒、ハンドルネーム『千年猫豁子』が『和平奨就要公布、希望中国大陸人獲得(まもなくノーベル平和賞が発表される、中国大陸の人が受賞すればよいが)』と書き込む。一七時三〇分五二秒、ハンドルネーム『胆小草民』が『俺剛看了BBC的報道、確定無疑(今BBCで見た。まちがいないようだ)』と書く。『一一九・六〇・五三』が隠語を使い、『〇七什麽章的発起人、可能還坐牢着吧(〇七何とか憲章の発起人だ。今も牢屋にいる)』と伝えるが、一八時三五分四六秒、『桀迪騎士』が『到底是誰呀? 通假字告 、一下(受賞したのは誰、当て字で教えてくれ)』と尋ねる。『小左克星002(プチブルの星002)』が「劉(留と音が同じ)」「暁」「波」に文字を分解して『留得青山在、暁日晨妖 、波涛也歌唱、呀呀如童笑(青々とした山を留むれば、暁の光は艶やかに燃え、波涛でさえも歌い、子供のようにキャッキャと笑う)』と詩で伝えた。この後、『値得慶賀!(慶賀に値する!)』『笑容、笑容、笑容! 泪水、泪水、泪水! (笑って、笑って、笑って、涙、涙、涙!)』と続いた。『掲示板』では、体制批判につながる言論には、隠語を使ったり、言葉の間に別の文言を挿入したりするなどしてセンサーをかい潜っている。
ところが、規制の緩い『ツイッター』では大騒ぎである。『徳意志狼(DDR49) onTwitter』では『直到電視中出現暁波獲奨的消息、喜極而泣、又笑又哭。回顧十年與暁波的交往、如夢如幻。(劉暁波の受賞をテレビで知った。嬉しくて泣けてくる。笑って、また涙。劉暁波の一〇年を振り返ると夢のようだ)』と感動を隠し切れない。『霊魂飄香(hz8964)onTwitter』でも『作為中国人、極感驕傲。这諾貝爾奨是世界向中国鼓掌。所有認同劉暁波的人都有份接受这份掌声(中国人として大変誇りに思う。ノーベル賞は中国に対する拍手だ。劉暁波を知るものすべてで分かち合おう)』と喜びを噛みしめる。『暁蓉(XIAORONG)onTwitter』では『各地維権人士因劉暁波獲奨被限制自由或厳厲警告(劉暁波の受賞により、人権擁護派の人物に対して自由活動が規制されるなどの厳しい警告が出されている)』と警戒を呼びかけている」。
劉暁波を知らない中国人
ところが、ジャーナリストの麻生晴一郎は、中国では話題になっていなかったという(麻生晴一郎「劉暁波氏と中国の現在・未来」『北海道新聞(夕刊)』二〇一〇年一一月九日号)
「中国では全くといっていいほど話題にならなかった。報道はされず、インターネットでも関連記事は次々と削除されたという。
その晩、経済学専攻の中国人研究者たちに話を向けたものの興味を示さず、一人が『もっと平和に貢献している人は中国にたくさんいる』と嫌な顔をしただけであった。その後、内陸部の大都市を回って作家、映画監督、NGO関係者、公務員、農民とさまざまな職業の人に会ったが、政府批判的な話をよくする映画監督さえもが『受賞は中国いじめだ』と不愉快そうだった。以前のダライ・ラマ氏同様に今回の受賞を中国バッシングと取る向きがあるのに違いなく、この話題を向けるときまって尖閣諸島の話題に切り替わった。
好き嫌いは別にして、彼のことをよく知る人は少ない。上で述べた研究者の一人から尋ねられた。『彼は今、どの国にいるのだ?』 おおかたの理解はこの程度だ」
真実は何か
以上の三つの見解は、どれが正しいのだろうか。特に安江氏の観察結果と麻生氏の観察結果は矛盾しているようにも見えるので、非常に悩ましい。
私は、一時期は、以上の三つの見解のどこかに事実に反する点があるのではないか、とか、誰か少し事態を誇張して述べているのではないか、と考えたりもしたが、結局、以上の三つの見解は、それぞれ中国の民衆の置かれている状態を間違いなく反映しているものと考えるに至った。
では、安江氏の観察結果と麻生氏の観察結果が「矛盾」と見えるのは、どう考えるべきか。私は、全体としては中国の民衆はいまだ中国共産党政権に“NO!”を突きつけていない(その限りでは麻生氏の見解が正しい)、しかし、その中で中国共産党政権を批判する見解が着実に浸透しており、今回の劉暁波のノーベル平和賞受賞は、中国の民衆が中国共産党政権を批判し、中国の民主化を実現していく上での大きな跳躍台になっているのではないかと考えている(その限りで安江氏の見解も正しい)。
私がそのように考えたのは、ふるまいよしこ、宮崎正弘、安替、の分析を読んだからでもある。
ここでは、一九七五年生まれで、北京に在住し、中国ネット論壇の騎手といわれる安替(アンティ)の発言に耳を傾けてみよう(『週刊東洋経済』二〇一〇年一一月六日号五八頁)。
「〔ノーベル平和賞に劉暁波氏が選ばれたという〕ニュースを知り、私は涙が出てきた。私だけでなく多くの友人も泣いた。天安門事件からこの二一年で最良に近いニュースだと感じている。〔中略〕受賞は中国が民主主義へ向かううえでの転換点になるだろうと考えている。
受賞のニュースは中国国内のウェブサイトでは見られないので、ツイッターと外国のウェブサイトが情報を共有するプラットフォームになっている。それでも北京大学の教授が授業前、約二〇〇人の学生に今年のノーベル平和賞が誰かを知っているか尋ねたところ、三人を除いて皆、挙手したそうだ。つまり検閲があるにもかかわらず、大学生の圧倒的多数が知っている」
「情報はトーチ(たいまつ)のようなもの。世代を超えて広がっていく。民主主義という考えは八九年に死んだわけではない。ネットを通じて今も私たちの世代に受け継がれている。私たちは同じ価値観を共有しており、その価値とは民主主義であり自由主義である」。
劉暁波の思想・理論の偉大さについても論及しようと思っていたが果たせなかった。他日を期したい(彼の最近の思想・見解については、序=子安宣邦、劉燕子編『天安門事件から『〇八憲章』へ』藤原書店、をぜひ参照されたい)。
最後に一言、劉暁波のノーベル平和賞受賞は嬉しいことであるが、今回の劉暁波のノーベル平和賞受賞にあたって日本人で奮闘したのは、アムネスティの人々を除いてはほとんどいなかった。日本人としては、このことを忘れてはならない。それゆえ、劉暁波のノーベル平和賞受賞を機に大きく前進しようとしている中国の自由と民主主義を愛する人々と私たちとの連帯を、今年こそは、大きく前進させたいものである。
☆中国における人権派弁護士の動向については、本誌第二九号掲載の拙稿「闘う中国人権派弁護士たち」を参照してほしい。
☆ふるまいよしこと宮崎正弘の分析については、以下のサイトにアクセスしていただきたい。
HYPERLINK “http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report4-2218.html
HYPERLINK “http://www.melma.com/backnumber-45206-4989559/
(かわうち・けんさく/弁護士)
『プランB』第31号=2011年2月1日 掲載 発売元 ロゴス
――――――――――――――――――――――――――
河内謙策 〒112-0012 東京都文京区大塚5-6-15-401 保田・河内法律事務所
(電話03-5978-3784、FAX03-5978-3706 Email:kenkawauchi@nifty.com)
CML メーリングリストの案内