[CML 013484] <テント日誌 12月2日(金)>

Kimura-m kimura-m at ba2.so-net.ne.jp
2011年 12月 3日 (土) 22:57:42 JST


<テント日誌 12・2(金)>
                      世界に広がるテントひろば
                ―― 経産省前テントひろば 83日目 ――

 12月2日(金) 今日も雨。昨日よりも寒い。昨日と同じく午後からは雨も上がる。 

 午後3時頃、荒川河川敷テント村の住人たちと山谷をはじめとする支援者たちが、
都の「野宿者追い出し」策動に対する抗議行動を終えて、テントひろばに到着。30〜 40人で交流集会が行われる。
 反=脱原発運動の中で、命の問題、生きる権利の問題が改めて意識され、原子力ムラや財界が原発維持推進に際して主張する「経済」の論理、「金」の論理に対して、それを拒否し、命を大切にする社会、生きる権利を紡ぎ合っていくような社会ということが主張されるようになった。
原発と巨大な格差抑圧構造をうんでいく社会構造は切っても切れない関係にあるのだろう。命を大切に、ということはこういう社会構造を変えていく人々の人間的なつながりや協同関係を創り出していくことと一体なのだと、感じさせてくれる集会であった。テントひろばはそういうひろばとして経産省に相対峙している。 

 少し、理屈っぽくなってしまった。「未来を孕む女たちのとつきとおか行動」世話人の椎名さんのテントひろばへよせる深い熱い想いのアピールに、思わず胸が熱くなる。
                                                                         ( Y・T )

 夕刻、荒川河川敷テント村、山谷のお客様、砂川闘争の土屋さんなど千客万来、鈴なりのテント。そこへさらに、Rさん、二度目の来訪。スコットランドのご出身とかで、まっぺんさん(たんぽぽ舎音楽隊重役)と民俗音楽に話の花を咲かす。傍らにいた北海道・ 旭川生まれの青年が流星を見たとわたしに夜空を指さす。

 Rさんは、イタリア・フィレンツェでイタリア語学習に来ていた日本女性と知り合い、ともに東京住まいで、今、恵比寿で英語教師をしている。仲間の在日英国人などに、日本の原発工場の事故情報を伝えたくてテントを訪れた。
 Rさんは、脱原発派のようで、英語人のネットワークづくり、ことにNYウォールストリートのテント、ロンドンのテントなどとの交流を申し出てくれた。ニューヨークからロンドンから、同じ★を見ているひとびとと交流が始まる。テント広場WEB班に入っていただけることになった。
 さらに、昨日、スペインからのお客様のPさんが、イスラエルがイラン攻撃をしたと慨嘆されていたことをテントの人々に伝えると、いっきに、話題は核保有国同士の戦争について、情報をわかちあうことに。

テントの夜の寒さは、ニュクレア・ウィンターの脅威にいやましとなる。チャイナ・シンドロームは、フクシマ第一第三号基(?)のメルトスル―によって、ブラル・シンドロームとなったなどとその真偽を確かめる暇間もなく、ブラジルからのお客様がテントを訪れる。
昨夕は首相官邸前、原発の海外輸出阻止抗議行動をギターと太鼓をもって参加してくれた。

 世界は近く、世間は狭い。おテント様に恥じないようにと、野次馬X氏は限定版、テント広場の記録DVDをくださったので、それをRさんに、英語人世界に拡散してもらうことにした。WEB会議の充実を祈念しております。

 明日、たんぽぽ舎有志は「もんじゅ」再稼働阻止闘争に出発します。  
                                          (QUEMA記)



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