[CML 011541] ■国は私達を守ってくれるのか?「広島から福島へ 原子力の悲劇は続く(その1・2)」ルモンド紙(8月6日)

中田妙佳 gukoh_nt at yahoo.co.jp
2011年 8月 28日 (日) 04:06:19 JST


nakataです。重複おゆるしください 
メールをいつもありがとうございます

ルモンド紙(8月6日)に広島への原爆投下記念日である8月6日、
■ポンス記者の「広島から福島へ 原子力の悲劇は続く」という記事が掲載されました。
フランスねこのNews Watching ブログからの下記ご紹介です。
 
(下記転送・拡散歓迎)
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2011年8月25日 (木)
■国は私達を守ってくれるのか?「広島から福島へ 原子力の悲劇は続く(その1)」ルモンド紙(8月6日)

▼日本に数十年の滞在歴を持つルモンド紙日本特派員のフィリップ・ポンス記者。東北大地震発生後、迷わず気仙沼へ向かい、破壊された農村・漁村の姿をフランスと世界に書き送りました。

福島原発事故発生直後、「東電さん」に裏切られた年老いた漁民達が夜の居酒屋で交わす東北弁のしみじみとした会話がフランス語で綴られ発信されているのを目にした時、改めてポンス記者が日本に寄せる深い愛情と日本語への造詣の深さを感じたものでした。

広島への原爆投下記念日である8月6日、ポンス記者の「広島から福島へ 原子力の悲劇は続く」という記事が掲載されました。少し遅くなりましたが、夏の終わりが近づくこの時期に、記事を御紹介したいと思います(小見出しは訳者によるものです)。
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「広島から福島へ 原子力の悲劇は続く」
▼被爆国家から被曝国家へ

広島と長崎に原子爆弾が投下された1945年8月6日と8月9日という日付は、今も日本人の記憶につきまとう。▼そして2011年3月11日は、日本の歴史を新たに区切るもう一つの重要な日となった。この日起きた地震、そしてこれに続いた津波は、福島原発をも道連れにした。
▼1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原発事故以来の最も悲惨な原発惨事は、こうして起きたのである。

何百、何千もの人々が一瞬のうちに原爆で被爆し亡くなった日本、破壊され尽くした敗戦国であったかつての日本と、▼(今日の)生涯ずっと(放射線障害に)苦しめ続けるであろう(福島の)人々、そして今後必ず深刻な放射線被害が起きるであろうと漠然と予想されつつも今のところはその被害が一部の地域にとどまっている(福島)原発事故の間には、確かに大きな違いがある。

それでもやはり、今年、原爆の生存者たちが亡くなった被爆者たちのための慰霊式典で行った証言は、鋭い調子を帯びていた。

▼骨の髄から原子力の火が持つ恐ろしさを知る人々が作る国が、なぜこれほどまでに原子力の危険に注意を払わずにいられたのか?(福島原発事故によって)ヨウ素131の威力にさらされた国においては、なおさらのことだ。

▼崩れる国家「エリート」への信頼

新たな事実の暴露から、原発ロビーにより長い間排除され、メディアによって無視されて続けて来た専門家の意見に至るまで、一連の証言の数々を聞くにつれ、日本人は日々少しずつ、その深刻さが明らかになりつつあるこの惨事の背景を理解し始めている。

▼日本人は、自国のエリート達が原発のリスクを最小限に見せかけて行っていた罪深い「ばくち」のことを認識しつつある。
▼福島原発の事業責任者である東京電力の腐敗や、原発に賛成か反対か、という問題以前により重要なのは、
▼国民を守ることをしなかった国家の問題であり、▼国民を代表していながら国民を放射能から守るという当然の期待を裏切った国会議員における問題である。

▼国家は国会議員同様、国民が危険を知らされる権利を無視し、▼無視したのでなければそうした権利を剥奪した。
▼福島原発事故発生から5ヶ月が経っても、今だに事故を起こした原発が制御されたというには程遠い状況にある。

こうした状況で、人々は事故の予防に向けた準備の不足、事実の隠蔽、書類の改ざん、嘘、そして世論の操作、といったものが中で全て混ぜこぜになった大惨事の責任者を探している。

「チェルノブイリ程ではないけれど、誰も責任を認めない。」
ノーベル文学賞を受賞した大江健三郎は言う。

どうして責任を認めようか。▼怠慢な体制は、政府、電力会社、原発製造メーカー、「専門家」たちの「安全です」という声を伝達する巨大メディアたち―いわゆる「原発ムラ」―が共謀し作り出す混沌の中で溶解する。
 (その2に続く)

(Philippe Pons, ≪ D’Hiroshima a Fukushima, la tragedie du nucleaire ≫, Le Monde, 2011.08.06)

http://franceneko.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/286-fb5d.html
■国は私達を守ってくれるのか?「広島から福島へ 原子力の悲劇は続く(その2)」ルモンド紙(8月6日)

その1に続き、8月6日に掲載されたフィリップ・ポンス記者による記事「広島から福島へ 原子力の悲劇は続く」の続きを掲載します。
(その1はこちら http://franceneko.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/86-5756.html)
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▼官僚・政治・財界の鉄の三角形がもたらした公害被害
福島での大惨事は、政府への信頼失墜の危機をもたらした。▼明治維新以来、官僚制度は政治を二次的な地位へと貶め、尊大な態度で国をおさめて来た。こうした方策は、確かにうまくいった。官僚、政界、財界からなる「鉄の三角形」は、日本を世界でも有数の経済大国にまでのしあがらせたのである。

しかし、▼1960年代から70年代にかけて発生した水俣病その他の公害病が示しているように、問題が無かったわけではない。何百人という人が命を失い、そして一生障害者として生きることになった。
▼既に国家は国民を守ってはいなかった。公害病の被害者たちが自ら何年もかけて戦い、汚染と病の因果関係を否定する国家の態度に終止符を打たせたのだ。

▼チッソ工場が地域に繁栄をもたらすと信じた水俣の住民たちのように、多くの日本人は学校の教科書すら褒めそやす科学技術に過剰な信頼を抱いていた、と言う事実に気づきつつある。

▼国家による原発反対者への抑圧、そして福島へ
▼国民は、政府が危険な道具を制御するための器具を持ち合わせていなかった事実を発見した。原子力産業の監視を行う最高機関が原子力の推進を受け持つ経済産業省の指示下に置かれている。そして▼経済産業省は各地域で電気会社が市場を独占し、自らの決まりを人々に強制するのを許してきた。

▼1990年代の終わりに現状を変えようとした幾人かの経産省官僚たちは政治家たちに道を塞がれ、その試みは揉み消された。
▼加えて国家は、地方自治体に対し湯水のごとき補助金によって原子力発電所の建設を受け入れるよう説得した。全ての住民が賛成だった訳ではない。

▼1973年以来、原発反対者達は電力会社に対し地震や津波の危険性を過小評価しているとして裁判を起こして来た。
▼これらの原発反対者達は、常に裁判に負けた。そして、彼等の議論はメディアからも黙視された。近所の住民達から村八分にされ、仕事先から監視され、人々は頭を押さえつけられた。

▼広島と長崎への原爆投下から66年が経ち、日本は再び原子力の被害者となった。しかし今回は、▼自らに惨事への責任がある。そして今年、1965年に結成され日本における反原子力運動の中で最も重要な組織である「原水爆禁止日本国民会議」(原水禁)は、「ノーモア広島、ノーモア長崎!」のスローガンに「ノーモア福島!」を加えた。

▼日本は過去に復興の力を証明した。今回も同じく復興をとげることだろう。しかし今回は、国家と国民の間にある社会契約関係が損なわれている。

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(Philippe Pons, ≪ D’Hiroshima a Fukushima, la tragedie du nucleaire ≫, Le Monde, 2011.08.06)
 
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