[CML 011458] 【静岡知事が北海道知事批判】 「ご自身が経産省出身、独自判断できていない」「電力会社と各県知事の関わりを洗い出さなければ、判断の独自性は保てない」

uchitomi makoto muchitomi at hotmail.com
2011年 8月 23日 (火) 12:34:37 JST


【原発再稼働】
「ご自身が経産省出身、独自判断できていない」 静岡知事が北海道知事批判
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110823/trd11082311450009-n1.htm

2011.8.23 11:41

 静岡県の川勝平太知事は22日の定例会見で、北海道の高橋はるみ知事が北海道電力泊原発3号機(北海道泊村)の営業運転再開を容認したことについて「ご自身が経産省出身ということもあり、独自の判断ができなかったのではないか」と批判した。

 川勝知事は「後援会長が北海道電力の会長で、社長、副社長以下から個人献金を受けている。電力会社と各県知事の関わりを洗い出さなければ、判断の独自性は保てない」とした上で、自身は「そうした影響から離れ、専門家の意見を聞いて再開を判断したい」と述べた。


北海道・佐賀知事の原発判断に疑問…静岡知事
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110822-OYT1T01085.htm

 北海道の高橋はるみ知事が北海道電力泊原子力発電所の営業運転再開を容認したことについて、静岡県の川勝平太知事は22日の定例記者会見で、「経済産業省の出身であるとか、そうした経緯がだんだん明らかになっている。知事が本当に独自の判断ができるのか」と、経産省出身の高橋知事の経歴と泊原発の運転再開容認を結びつけて考える姿勢を示した。

 九州電力玄海原発の再稼働について、6月に容認する意向を示した佐賀県の古川康知事についても、川勝知事は「家族の経歴や何かもあって、玄海原発について動かす方向で考えられていた」と指摘。父親が九州電力社員だった古川知事の判断に疑問を呈した。

 そのうえで、川勝知事は東日本大震災発生時、定期検査中だった中部電力浜岡原発3号機の再開問題について、「私はそうしたこととは離れて、動かせる状態にないという判断をはっきり持っていた」と語った。

(2011年8月23日09時02分  読売新聞)


【ヨーコの福島ルポ】原発でメシ食ってきたから逃げずに挑む!
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110823/dms1108230949004-n1.htm

2011.08.23      
 福島での取材中、行きつけとなったレストランで、近くに座った女性たちの会話を耳にした。

 「福島に原発を持ってきたのは自民党だから」

 相当、酒が入っていたのか、それはヒステリックな叫びに近い。私は彼女に意識を向けざるを得なくなった。

 「なんで福島だけが犠牲にならないといけないのよ!」

 彼女は知らなかっただろう。その店は福島を救うために志願した、関東出身の原発作業員で満席状態で、彼女の叫びに彼らが沈黙したことを。

 (自民党を選んだのは私たち国民だ。だが福島に原発を誘致した議員を選出したのは誰なのか)

 そんな言葉をかみ殺して、私も作業員とともに沈黙を守った。首都圏の電力のために、福島が犠牲になったのは事実であり、原発反対の声を上げたことがない自らの過去をかんがみれば、福島県民である彼女に口を挟む資格などもない。

 「今まで原発でメシを食ってきた贖罪として、原発から逃げずに作業したいと思った」

 これは双葉町出身の作業員の言葉だ。彼らの中に東電を批判する者もいれば、「誰も悪くない。津波のせいだったんですよ」と言う人もいる。

 どれが本当の答えなのかは私にはわからないが、誰かを責めても、取り返しがつかないことは起こってしまった。それだけは明確に分かっている。

 ウラン238の半減期を考えると、福島が3月11日以前の状態に戻れるのは、45億年以上先。しかし、この悲劇はだんだんと忘れ去られている。すでに一部のコンビニから東日本大震災の募金箱は撤去され、「Pray for JAPAN」(日本のために祈ろう)という言葉も聞かれなくなった。岩手や宮城が復興を成し遂げた後も、ここの悲劇は確実に続くのに…。

 私たちは今、福島のために何ができるのだろう。考えることを止めてはならない。次の世代に負の遺産を残し、汚染物質をばらまいた私たちには、道義的責任があるのだから。

 ■ヨーコ ライター。元ストリッパー。昨年現役引退するまで、アソコから火を噴く“花電車”で親しまれ「ファイヤー・ヨーコ」の愛称で呼ばれた。鍛え抜いた膣圧を応用し、尿漏れ防止や産後のリハビリ、勃起力向上のための「おしりプルプル体操」の講師としても活動中。東日本大震災の翌日、軽自動車にありったけの物資を積み込んで福島入り。いまも現地と東京を往復しながら、原発内部や避難区域のリポートを続けている。

 		 	   		  


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