[CML 011452] Re: 【民主党代表選】 かすみ始めた「脱原発」

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2011年 8月 22日 (月) 19:40:41 JST


内富さん、毎日新聞の「風知草:かすみ始めた『脱原発』」のご紹介ありがとうございました。

実のところ、私も、この『風知草』の記事は朝方読んで、相応に紹介させていただこうと思っていたものでし
た。下記のようなコメントを付記して。。。


毎日新聞の山田孝男記者(編集委員)は3.11以来、同紙の連載コラム『風知草』でこの国の記者としては
珍しくいわゆる傍観者=記者の立場を超えて<脱原発>の旗幟を鮮明にした反原発のオピニオン記事を
精力的に書き続けていますが、今回の反原発記事のテーマは「かすみ始めた『脱原発』」(2011年8月22日
付)というもので、民主党代表選とこれからの日本の政治の「脱原発」のゆくえを絡めて、筆者としての懸念
を述べたもの。

しかし、筆者の懸念は懸念として了とするものの、その懸念には私として次のような違和感が残ります。

山田編集委員は文芸評論家の加藤典洋の「疑問だらけの菅降ろし」(同紙、同年8月11日付)という一文を
紹介した上で、国会での再生エネルギー特別措置法案成立後の29日に日程が内定している民主党代表
選にふれて次のように言います。

「これは『非常識な菅』の代わりに常識家を選ぶ選挙ではない。元代表の操り人形を選ぶ選挙でもない。
原発推進の官産複合体に挑み、改革する意志と実力を備えた指導者を選ぶ。その国家意思を世界に示
す機会にしなければならない。」

一般論としてそれはそのとおりなのですが、同編集委員自身が「『脱原発』がかすみ始めた」「原発の維持・
推進に理解を示す後継候補が増殖している」と否定評価する候補者同士の争いになるとみられる同党代
表選で「原発推進の官産複合体に挑み、改革する国家意思を世界に示す機会にしなければならない」など
という期待を述べるのは論理矛盾といえないか? 前提としての論理と結論としての論理が相矛盾して整
合しえていないのです。つまり、無理筋の論理ということです。

このようなことになるのも、同編集委員の視点が民主党内部とその周辺の政情を回遊するところから抜け
出ていないからです。民主党代表選について論じているのだから、民主党の周辺を回遊することは当然だ
ろう、という反論があるかもしれません。しかし、民主党内部とその周辺において「原発推進の官産複合体
に挑み」うる改革意思は望めない、と判断する以上、その釣果の望めないところにいくらとどまっていても
鯛でえびを釣る愚を犯すだけのことにしかならないでしょう。えびから笑われるだけのことです。

もっと眺望のあるところに出て広く大海を見渡してみる必要があるのではないでしょうか。真に「原発推進
の官産複合体に挑み」うる改革意思を持つ魚の群れを見つけ出すために。魚の群れは遠いところにいる
のではなく、案外近くで発見できるかもしれません。その際、魚の群れは小さいなどというべきではありま
せん。魚の色を問題にするべきでもないでしょう。釣果の望めないところで日がな過ごすよりも実り(収獲)
は確実なものがあるはずです。魚の群れが小さいというのであれば大きくなるまで育てるというも一興で
しょう。この国の養殖技術は戦前、戦後に比べて格段に進歩しています。魚の色が問題であるならば、育
てながら魚に魚の色の理由を聞いてみるのも一興でしょう。色がついたのには相応の理由があるはずで
す。案外、納得のいく理由が聞けるかもしれません。

『風知草』の筆者にはそういう視点が欠けているのではないか、というのが、彼の懸念は懸念として了とし
ながらも私に違和感が残る理由です。そして、山田編集委員、というよりもメディアに勤める諸氏に深く考
えていただきたいことでもあります。


東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/

----- Original Message ----- 
From: "uchitomi makoto" <muchitomi at hotmail.com>
To: "uchitomi makoto" <muchitomi at hotmail.com>
Sent: Monday, August 22, 2011 12:58 PM
Subject: [CML 011448] 【民主党代表選】 かすみ始めた「脱原発」
>
> 【毎日新聞】
> 風知草:かすみ始めた「脱原発」=山田孝男
> http://mainichi.jp/select/seiji/fuchisou/news/20110822ddm002070065000c.html
>
>  「脱原発」がかすみ始めた。菅直人首相の退陣が秒読みに入り、原発の維持・推進に理解を示す後継候補が増殖している。民主党代表選は、候補者の器量がB級かどうかよりも、この側面が重要だと思う。
>
>  高名な文芸評論家が「疑問だらけの菅降ろし」と題する一文を毎日新聞に寄せ、脱原発首相に対する批判勢力の言葉の貧しさを酷評した(加藤典洋、11日夕刊東京本社版)。
>
>  それによれば、いま最大の政治課題は原発である。首相は脱原発という新しい価値を明示したが、反対派は現状維持(原発推進)以外に提案がない。足りぬ電力をどうするかは経済の問題だ。反対派は真に必要な政治論戦をサボり、首相の政治努力を空洞化しようとしているにすぎない−−という。
>
>  実際、後継候補たちは原発の維持に理解を示している。「原子力技術を蓄積することが現実的」(野田佳彦)、「世界最高の安全基準を策定する」(馬淵澄夫)、「短絡的な脱原発というイメージの独り歩きは危険」(海江田万里)……。
>
>  脱原発志向の候補もいるにはいるが、菅をしのぐまでの執念は感じられない。
>
>  原発と政治を描いて話題の近未来小説「コラプティオ」(真山仁著、文芸春秋7月新刊)は、震災後の日本で政界再編が起き、原発推進派の連立政権が生まれるという話だ。このイメージがあながち荒唐無稽(むけい)とも言えない現状なのである。
>
>  菅はどう見ているのか。知人の問いにこう答えた。
>
>  「もう逆戻りできないところまできたとは思うんですよ。ただ、これ(脱原発)は、社会構造全部にかかわる大政策ですからね。そういう意味では、まだまだこれからですよ」
>
>  政権に未練はないかという質問には、「そんなこと言ったら10年やってなくちゃいけない」。先に引いた加藤典洋の文章にも目を通しており、「見てくれている人は、見てくれている」と自負を語ったという。
>
>  「ポスト菅」候補の面々も脱原発を否定しているわけではない。脱原発とも原発推進ともつかぬ玉虫色へ逃げ込むことが選挙対策になっている。代表(首相)の座も票次第。察しはつくが、それで原発推進の官産複合体と相撲が取れるか。
>
>  原発推進派の世界観にしたがえば「世界の主流は原発推進であり、青臭く迷っているのは日本だけ」である。だが、米露英仏といえども国内で原発不信がくすぶっている。
>
>  なにしろ、世界3位の経済大国で世界最大級の原発(出力でチェルノブイリの3倍)が崩壊したのだ。世界注視の中、強制退去と自主避難を合わせ、10万人が故郷を追われて流浪している。「世界の主流」の皆様に気兼ねして小声で将来を語る必要など、どこにもない。
>
>  「脱原発は決まった、後はスケジュールの問題だ」という訳知り顔の解説もひっかかる。ごもっともだが、そのスケジュールを誰が詰めるのか。刻限が5年と50年では、脱原発と原発推進ほどの違いがある。
>
>  党内最大グループを率いて代表選を左右する小沢一郎元代表の原発観が不明な点も気になる。明確にしてほしい。
>
>  これは「非常識な菅」の代わりに常識家を選ぶ選挙ではない。元代表の操り人形を選ぶ選挙でもない。原発推進の官産複合体に挑み、改革する意志と実力を備えた指導者を選ぶ。その国家意思を世界に示す機会にしなければならない。(敬称略)(毎週月曜日掲載)
>
> 毎日新聞 2011年8月22日 東京朝刊



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