[CML 011249] 竹下景子と勝目洋の父の戦争

donko at ac.csf.ne.jp donko at ac.csf.ne.jp
2011年 8月 10日 (水) 23:20:15 JST


 坂井貴司です。
 転送・転載歓迎。
 
映画やテレビでおなじみの女優・竹下景子と、俳優・勝目洋の父は、太平洋戦争
を経験しています。

 
 父の戦争経験が、自分たちにどんな関係があるのかを考え見つめる番組がNH
K総合で放送されます。
 
 NHK総合
 
 「ファミリーヒストリー」
 http://www.nhk.or.jp/program/famihis/
 
「俳優 竹下景子 〜戦争が、父を変えた〜」

8月10日(水)午後10時〜10時48分 

 負けるのが解っているので、誰も引き受けない税務訴訟を進んで引き受け、連
戦連敗を重ねてきた弁護士の父を持つ竹下景子さん。その父の人生に決定的な影
響を与えたのが、シベリア抑留であったことを知ります。
 
 「俳優 勝野 洋 〜父はボルネオで何を見たのか〜」
 
 勝目洋さんの両親は彼が幼い時に離婚、母は家を出ました。父は勝目さんをほ
ったらかしにしてきました。そんな父に反発して、家族を大切にする生活を重ん
じてきた勝目さんは、「なぜ父は自分を見捨てたのか」と問い続けてきました。
その答えは父が経験した太平洋戦争末期の「ボルネオ死の行軍」事件にあること
を知ります。1945年、ボルネオ島(カリマンタン島)東部沿岸地帯に駐屯してい
た日本軍部隊は、徒歩で北西部海岸のコタキナバルを中心とした地域に移動しま
した。また、サンダカン捕虜収容所に収容されていたイギリス・オーストラリア
軍捕虜全員をラナウ(キナバル山の麓)まで移動させました。
 
 アメリカ軍の空襲を避けるために、ジャングル地帯を歩いた日本軍や英壕軍捕
虜は、湿地と山越えに苦しみました。極度の食料不足と医薬品不足で、栄養失調
や伝染病で倒れる者が続出しました。600キロの道なき道を歩いた結果、約1万人
の日本軍将兵が病死・餓死しました。死亡した捕虜の正確な数は今も解っていま
せん。
 
 勝目さんの父は死去するまで「死の行軍」の経験を話しませんでした。
 
 父が経験した戦争の意味を、子どもたちが問います。
 
坂井貴司
福岡県
E-Mail:donko at ac.csf.ne.jp
======================================
「郵政民営化は構造改革の本丸」(小泉純一郎前首相)
その現実がここに書かれています・
『伝送便』
http://densobin.ubin-net.jp/
私も編集委員をしています(^^;)
定期購読をお願いします!
購読料は送料込みで1年間4320円です。


CML メーリングリストの案内