[CML 009142] 日本原発禁止国際条約を

hagitani ryo liangroo at yahoo.co.jp
2011年 4月 20日 (水) 23:52:58 JST


よそのMLで次のようなレスをくれた人がいたので、後に述べるような回答をしま
した。

>ご提案拝見。

> 「国際法」としたのが意味がよくわからず。
> 「外圧」に頼るような気がする。
>
> そう言えば先日、外国のだれかが、
> 内戦紛争国と同じように「国際介入」が必要な国だと言ったとか。
> そんな情けない政府ではあるが
> まずは国内での動きを作る方が先、と思う。
> 同時並行でもいいのか。
>
> 地震国を強調することは国内的には理解が得られやすいが
> 先日たしかちょっと議論になったウラン採掘現場含めた被曝を論外 
> に押しやるようで、
> 国際的なアピールにするときは足りないような気がする。
>
> 核物質を軍事転用しようとしているのは日本に限らないので
> 「なんで国際法で日本だけ縛るの?」という疑問も浮かんでき 
> そう。
>

 外圧に頼るのには賛成できないが、今後の経済の可能性を切り開く能力は日本
人に限らないとのご趣旨のように思います。

 私は逆に、外圧を大いに利用せよ、今後の経済の可能性は日本人自身次第だと
思っているわけです。

 国際法というのは当然国内の動きと平行するものであって、どちらかを採ると
いうようなことはありません。
 
 原発の害を受けているのは、日本だけではありませんから、諸外国も発言権が
あるはずです。

 たとい諸外国が核発電所をもち続けるとしても、この地震国は核発電所をもっ
てはなりません。まさに、日本だけが特別扱いを受けて当然なのです。 地震国
なんですから。これは国内的に支持を得やすいというより、国際的に理解されや
すい主張であろうと思います。私が津波原発報道さかんなころ に滞在したギニ
アでは、現地の青年がテレビを見ながら「日本は地震が多いなら原発をもつべき
ではないのに」と言ったものです。地震直後にセネガル で知り合ったシンガ
ポール人の女性も、日本人はこれまでの価値観を見直すチャンスではないか、と
いうメールをくれました。もっとも、彼女は東京の 知り合いがあまりにも何事
もないかの様子なのに驚いていたようですが、その後の消長については知らせて
きていません。

 私は原発が善か悪かというような観念には興味ありません。はっきりしている
のは、核エネルギーの開発は商業主義(スケールメリットが不可欠)に よって
推進されてはならないということです。危険が大きすぎるからです。将来人類は
地球から旅立つときにこのエネルギー資源に頼るかもしれないと 思えば、電力
なんかにウランを浪費すること には反対せざるを得ないでしょう。

 では日本自身で、原発廃止、あるいは激減にまで持って行けるかというと、そ
れは不可能でしょう。

 日本がやるべきことは、ゼネラル・ストライキです。でもそれが行われる兆し
はありません。

 戦後一貫して自民党政権が国民の牙を抜く政策を周到にたくらんできたからで
す。公務員のスト権をとり あげ、持ち家政策で国民の生活の余裕を財政的・時
空間的・体力的に奪って、国連人権B規約13条の教育完全無償化の義務を1979年
批准以来30余年にわ たってサボってきました。どこの日本人に聞いても、国民
のいちばんの経済的負担は住宅費と教育費だと言いますよ。
 西アフリカの国の街角でささやかな髪結いをしている女性でさえ1ヵ月のバカ
ンスは当然だと思っているのに、日本では、労働法が規定する有給休暇 は2週
間しかなく、それさえも完全に消化する人はめったにいません。
 この国ではストライキは悪いことだという観念が十分に根付きました。
 ストライキは、ほかに手段をもたない労働者にとって不可欠の交渉手段である
はずですが、そうは考えられていないのです。まるで山手線のなかで泣 く赤ん
坊をにらみつけるイヤな大人みたいに、ストは迷惑だとしか思わない精神貧困な
経済大国国民が多すぎるのかもしれません、すくなくともそうい う者がめだつ
ように、マスコミは仕向けてきましたね。中曽根の国労つぶしの重要な素地です。
 こういう重石をつけられた国民が自力で原発廃止は実現できません。
 重石をつけられる以前に日本独自の、すくなくとも江戸時代以来の文化的素地
があると思いますが、それはここでは省きます。
 たしかに今は、さすがの日本人も追い詰められているかもしれませんが、全人
類にとって、この地震国にある50余の核発電所の存在は差し迫った大 問題です
から、日本人が十 分に追い詰められるのを待っているわけにはいかないのでは
ないでしょうか。日本でゼネストが実現するより先に東海震災で浜岡原発が事故
を起こ すでしょう。

 平和憲法も押しつけられました。国家というものにまつわる諸々の利権、また
どうしようもない空虚なプライドが不当に強いことを思えば、自分で平 和憲法
を制定する国がコスタリカおよび「取るに足りない小国」しかないのは必然です
から、日本人が主体的に平和憲法をもたなかったのは当然です。
 同様に、核発電廃止も押しつけでいいのです。

 私は日本人を特別視するのではありません。
 どこの国も、外国との交渉のなかで生きているというのは、なにもグローバリ
ゼーションで始まったわけではありません。そもそも日本の成り立ちそ のもの
が、はるばる海を渡ってあちこちから来た多様な人種の寄せ集めであることは網
野善彦が強調したとおりです。
 ルーマニアのチャウシェスクを倒した国民は近隣諸国からの衛星放送に支えら
れていました。
 どこの国も、他国の影響下にあるのがあたりまえであるのに、明治以降、日本
は、自分だけは周りの黄色人種の国とは違うのだと傲慢きわまる観念に 侵され
てきたのです。
 日本の放射能は中国、韓国、朝鮮の領海を汚染しています。
 自分たちの国のことは自分たちで解決できなければいけないというような観念
は必要ありません。いまの日本は、強国の影響下で、どっちの陣営にに つくか
を 選ばされているわけではないからです。私はこういうところにも日本的精神
主義(ニッポニズムあるいは逆よいこ主義と呼んでおきます)の兆しを感じるの
です が。

 今後の日本の経済を切り開く可能性ですが、これは日本人の生活のあり方に
よって決まるのですから、日本自身がそれだけの力を発揮すべきです。 1985年
のプラザ合意のとき、急激な円高に、国が滅びるかのような言説が吐かれたもの
ですが、数年後には米国でジャパン・バッシングが起こるく らい、貿易黒字を
出したではありませんか。日本には、たんなる復興ではなく、新しい方向を切り
開く力もあるはずだと思いませんか?
 また、日本の経済に諸外国が口を出すのはそれこそ僭越な干渉でしょう。

 いま、土建屋は、これからの再建で儲かるとそろばんをはじいています。国内
市場が飽和して、アフリカなどに血路を求めていた業界にとっては天恵 でしょう。
 それはそれでいいのですが、いったい何を再建するというのでしょう。
 ちょうど敗戦後、やみくもに復興をやって、無秩序に正義を踏みにじった「奇
跡の復興」が、朝鮮・ベトナム特需や、国民生活抑圧(過労死とか)を 支えに
行われたようなことを、またやろうというなら、それにこそ私たちは反対しなけ
ればならないはずです。
 いまMLで目にする反原発派のシンポジウムなどのプログラムを見ると、原発と
日本経済の何がいけなかったのかに気を取られて、いま実業界がどう 動いてど
こ へ行こうとしているかを考えていないように思うのですが。

 地震は天災であっても、地震国に原発を建てたのは人災であり、同じ轍をまた
踏むことはあってはならないでしょう。

 たいへん不安な状況とお察ししますが、どうぞお元気で。
 






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