[CML 008845] 映画『あしたのジョー』を観て

maeda akira maeda at zokei.ac.jp
2011年 4月 7日 (木) 13:25:25 JST


前田 朗です。

4月7日

ようやく映画『あしたのジョー』を観て来ました。

泪橋が少々立派すぎますね。

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 二〇一一年二月、映画『あしたのジョー』が公開された。高森朝雄作、ちばて
つや画の原作を基にした作品で、ジョーと力石の対決をメインとしている。監
督・曽利文彦、脚本・篠崎絵理子、主題歌は宇多田ひかるの「Shoe me Love(Not
A Dream)」だ。

キャストは、矢吹ジョーに、テレビドラマ『クロサギ』『プロポーズ大作戦』
『白虎隊』『ブザービート』の山下智久。力石徹に、映画『ワンダフルライフ』
『ブラインドネス』『人間失格』『十三人の刺客』、そして大河ドラマ『龍馬
伝』の高杉晋吾役立った伊勢谷友介。白木葉子に、モデルで、映画『海猿ウミザ
ル』『しゃべれどもしゃべれども』『パレード』で活躍の香里奈。そして、丹下
段平に、映画『剱岳 点の記』『鬼が来た!』『ゆれる』で活躍、テレビドラマ
『坂の上の雲』の正岡子規役の香川照之。ジョーと力士以外のボクサー役は元・
現役のボクサーたちだ。

孤児で暴れん坊のジョーが泪橋を渡ってドヤ街にやってくるところから、力石の
死までを、ほぼ原作どおりに描いている。もちろん、二時間ほどの映画なので大
幅に省略されているが、基本はそのままである。

逆に、原作にない部分は、映画らしい工夫である。冒頭にジョーが投げた紙飛行
機が最後に泪橋の上を滑空する。泪橋に咲いたタンポポが力石のお墓に捧げられ
る。富豪の娘・白木葉子が実はドヤ街出身であることになり、葉子自身の葛藤が
描かれる。

葉子の葛藤を描いた点は、漫画原作にはない重要な特徴である。『あしたの
ジョー』を、ジョー対力石、ジョー対ホセ・メンドーサ、というボクシング対決
(人間像対決)として把握するにしても、同時に全編を貫く「対決」(闘いと
愛)は、ジョーと葉子の間にある。原作で、このことが鮮明に浮かび上がってく
るのは、力石が死んで以後である。

ところが、映画は、力石が死んで終幕となる。力士の一周忌に十点鐘が鳴らさ
れ、行方不明だったジョーがドヤ街に帰ってきて、段平に「もう一度教えてくれ
よ、あしたってやつを」と語る。原作ならば、ここまでではジョーと葉子の対決
が主題にはなっていない。むしろ、力石が死んだ後に世界各地から有力ボクサー
を呼び寄せてジョーと対決させていく葉子において、ジョーとの闘いと愛が沸騰
する。映画は、ジョーと力士の一戦の前に、葉子とジョーの激しい交錯を挿入する。

第一に、ドヤ街出身であることを隠し、かつていじめられた記憶に捕らわれてき
た葉子が、金の力にモノを言わせて再開発の名の下にドヤ街を潰す計画に着手す
る。力石が少年院に入っていたのも、葉子を醜聞から守るために暴力を振るって
しまったためであったことに、変更されている。ドヤ街のヒーローであるジョー
は、ドヤ街を守るために、白木ジムのウルフ金串と対戦する。

脚本の篠崎絵理子は、こう語っている。「幻となった準備原稿があって、そこで
はジョー、力石、葉子の三人がかつて同じ孤児院で育った・・・という設定だっ
たんです。結果それはナシになったんですが、葉子の設定だけは残しました。彼
女がジョーという人間と関わっていくうえで、葉子なりの想い、ドヤ街に対する
歪んだ気持ちなどのバックボーンが必要だと思ったので。」(映画『あしたの
ジョー』カタログ)

原作に惚れこんだ女性脚本家が、同じ女性である葉子に肉付けをしたということ
である。映画作品としては、これは成功だっただろう。力石死後を描かない以
上、この変更がなければ、葉子はただの脇役に終わってしまうからだ。

第二に、ジョーとの口論の際に、葉子はいきなりパンチを繰り出し、ジョーが片
手で受け止める。「女にだって拳があるのよ」。力石の一戦を直前になって、力
石の異常な減量に耐えられない葉子は止めようとする。しかし、葉子の頼みは聞
き入れられない。「拳の使い方を間違えるなよ」。

  こうして見事な青春映画『あしたのジョー』が完結する。ジョーが求める
「あした」と、葉子が追いかける「あした」は、次にどこでどう交錯するのだろ
うか。



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