Re: [CML 008817] チュニジア、エジプト革命の一考察

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2011年 4月 6日 (水) 09:23:39 JST


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-----Original Message----- 
From: Yasuaki Matsumoto
Sent: Wednesday, April 06, 2011 12:53 AM
To: cml at list.jca.apc.org
Subject: [CML 008817] ャ吾≪吾純筝絲


みなさまへ (BCCにて、転送転載歓迎)松元@パレスチナ連帯・札幌


米英仏軍のリビア介入はアラブに広がりつつある反体制運動に大きな冷水を浴びせた格好ですが、まだまだこの燃え広がりは消えそうにもありません。一方、わが国ではこれほど未曾有の大災厄を起こしていながら、依然として巨悪はなかなか尻尾を出そうとしません。幾重ものオブラートでデータと正体が隠されているため、明治以来、権力を丸ごとつかむ認識装置を我がものにした経験を欠いているようです。しかしつぎつぎと隠蔽構造が暴露されているいま、日本の「旧体制」を変革する転換点にできるかどうかすべての日本人に問われています。アラブの若者の革命からも、私たちが学ぶものがあるかもしれません。放射能への不安と政府・東電への不満がうずまく中で恐縮ですが、コロンビア大学アラブ研究のエドワードãƒ!
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RASHID KHALIDI: REFLECTIONS ON THE REVOLUTIONS IN TUNISIA AND
EGYPT
Posted: 02 Mar 2011 10:31 PM PST
http://www.intifada-palestine.com/
by: Rashid Khalidi


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これはまず何よりもアラブ世界および全中東における間違いなく新しい可能性をはらんだ瞬間である。われわれはこのような転換点(ターニングポイント)を本当に長いあいだ目撃することはなかった。かつては乗り越えられない障害が、思いもかけず乗り越えられるようになったようだ。完全に二世代にわたってアラブ世界を横断し強化されていた独裁体制が、突如弱点をさらけだした。それらのあいだでもほとんど手におえなかった二国―チュニスおよびカイロ―がたった数週間の出来事のうちにわれわれの目の前で崩壊した。もっとも野蛮で弾圧的なトリポリの国は、この瞬間にぐらついている。

こんなにも長いあいだこれらの国を支配してきた年寄りたちは、突然、支配者である自分自身および己の年齢と彼らの40年、50年、60年後に生まれてきた自国民の大多数との間の隔たりがこんなにも大きかったということに直面している。明らかに凍りついてしまった政治的社会的状況が、最初にチュニジアの都市や町々ついでエジプトに引き継がれ、民衆の激しい怒りの波のなかでほとんど一夜にして溶け落ちてしまった。さらに今なお他のアラブ諸国に広がっている。われわれは、かつては固定されているかに見えた正しさ(基本的価値)が消滅し新しい可能性と勢力が出現するまさに世界史の瞬間を体験する恩恵に与っている。

ほとんどもっぱら髭を着けて怒った「われわれの自由を憎む」テロリスト狂信者を登場させては常習的にこの地域の映像を伝えてきた同じ西側主流メディアが、こんどは際立って道理ある自由、尊厳、社会正義、説明責任、法の支配、および民主主義を要求するふつうの人々の平和的なイメージを放映し始めた。その日が過ぎるとアラブの若者たちは、東ヨーロッパ、ラテン・アメリカ、および南アジア・東南アジア・東アジアの過渡期に民主主義を促進させた若者たちとなんら違わない希望と理想をもっていることを証明してみせた。

中東に注意が向けられるたびにイスラム原理主義とテロリズムに焦点をあわせたこのメディアの執拗な取り扱いに人々が欺かれたために、これらの若者の声は始めはたんに意外な新事実に過ぎなかった。したがってこれはアラブ世界のことだけではなく、他者によってアラブがいかに理解されているかにとってもまたこのうえなく重要な瞬間なのである。意図的系統的にかつ常習的に―おそらくここ10年では他のだれよりも―中傷されてきた人々が、新しくかつ大規模に積極的な輝きを示したのは初めてのことである。

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これらは旧体制が提供に失敗し、それらをお留守にしたことが現在この地域にすさまじい勢いで広がっている若者たちの革命を誘発した確かな事である。気力をくじくようなどんな困難な課題を前にしても、その障害は反動や鎮圧の軍隊によってしっぺ返しの復帰に至るかもしれない。それはまた、アメリカの侵略とイラクの占領およびそれに伴うイラク国家の崩壊からつくり出された混乱と無秩序の状況によって利益を得る過激で暴力的な少数派の動向を引き起こすかもしれない。そして、これが世界の大部分が欲しがり外国の利益が最大限浸透してしまった中東だということをけっしてわれわれは忘れてはならない。歴史を貫通してきたように、たやすく進路を転換し結果を捻じ曲げることができた外部の介入というものは、そã‚!
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それにもかかわらず、チュニスとカイロで起こったことは、長いあいだ閉ざされていた地平を開いた。若い世代の志を侮蔑して扱い、多くの旧世代が主要な権力を自分の手に集中している体制に堰き止められていたアラブ世界で、若者世代の知性とダイナミズム、エネルギーが爆発した。見たところアラブ世界の若者たちは、かつて無敵で身震いしてだれもが尻込みするように見えた恐るべき警察国家体制から、どこからともなく自信、確信および勇気を得たようにみえる。若いチュニジア人やエジプト人がアラブの衛星TV局で語っているのを見ることは、西側の多くの人々にとって意外な新事実であった。これらの若い人々は、賢くしかも堅い決意をもって考えをはっきり述べていた。アルジャジーラは、とりわけチュニジアでã€!
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成り行きにかんしてはアラブ世界をもっと越えて中継ニュースで大いに信用を得た。他のアラブTV局は、エジプト局も含めて主要な役割を演じていたにもかかわらず、かつての鎮圧の恐怖は退潮し革命の精神が広がった。

12日間の拘禁から解放された直後の番組、とりわけ一方に良識を他方に深い感情をともなっている彼の調和ある明晰さを伝えたワーエル・グネーム(Wael Ghonim)のドリームTVのイン
タビューにエジプトのすべての人々および世界の大部分の人々が釘付けにされた。そして彼が明らかにグーグルの幹部であったという事実は、とくに西洋人をじつに巧みに操っていたということになる。エジプトの外の若干の人々はもっと印象的なことを常に聞いていたのだが、他の若いエジプト人たちはブロガーのアスマー・マホフーズ(Asmaa
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人のひとりアハマド・フアード・ネゲム(Ahmed FouadNegm)と有名なフェミニストであるサフフィナーズ・カーゼム(SafinazKazim)との娘):のように、説得力があり力強いビデオ・ブログの新しい革命運動のリーダーたちが、1月25日の抵抗を刺激し推し進めてきた。ネゲムのTVインタビュー・ドリームは、抵抗するリーダーたちの明快で戦略的なくっきりとした判断力を伝えた―彼女はリーダーではなかったと異議をとなえているのだが、次のように言っている。「私たちはリーダーを必要としません。私たちはzaims(強い男)を必要としません。そうした舞台は、私たちの歴史ではもう過去のものです。」もし軍がその約束を守らなかった場合、抵抗運動はどうするのかという問いに応えて、彼女は、じつにきっぱりともっともらしく!
 応えた。「私たちは〔タハリール〕広場にもどる道を知っています。」これらの若い女性たち、彼女たちと同様の何百ku梍「いγ砲篏・燭舛・☆・外年ものあいだ権力の中枢にいたファラオを倒した運動をたった18日間でつくりだしやり遂げたのである。過去数十年にわたって、アラブ諸国は世界の他の地域を席巻した権威主義から解放された潮流の例外であることが、かつては漠然と続いているかのように見えたものである。しかしアラブの若い世代は、とつぜん他の者たちと少しも違わないということを証明した。彼らは、自分の地域の外部の事例を注意深く観察し、別のところで結果を引き継いできたことを示した。米国とヨーロッパが与えた最上の機関で大規模な訓練をしてトップブランドの装備で際限のない手段をもってã!
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るかに勝っており、彼らは先輩たちの過ちからたっぷりと学んできたのだ。この最後の点が厄介な問いとして浮上する。占領された西岸のビリーンのような村々で抗議運動をしているパレスチナ人と若干のイスラエル人および外国人活動家たちに対して、彼らが長年組織的に使ってきたようにチュニスやカイロでも平和的なプロテスターに向かってなぜアメリカの催涙弾が大量に使われたのか? 米国やフランスお 
よび他のヨーw)€」蹈奪兔・颪両霾麌・腓箸海鵑覆某討靴ご嵎舛覆里法△覆璽戰鵝Ε▲蠅肇爛丱薀・・螳悊④靴燭里・覆蕕困發里醗纏γ帖碧輯繊砲世辰燭里・・尊櫃砲魯▲薀崟こ・蚤腓量J・任△詈胴颪、茲咼茵璽蹈奪冢・腓亮舁廚弊・・・兵造里箸海輒噂阿陵弋瓩鯀忙澆垢訥丹気班綰圓、茲嗅閏膽腟素鵬・了抉腓魄嫐・靴燭里任△襪・法△覆次△燭靴・僕0譟岼堕蝓廚里燭瓩了抉腓世辰燭里・・海譴蕕魯錺轡鵐肇鵝▲僖蝓▲蹈鵐疋鵝△、茲咼椒鵑寮・・・銅圓燭舛・悊┐燭・覆ぬ笋い任△蹐Α・靴・靴修譴蕕蓮▲▲薀崟こΔ里い燭襪箸海蹐農沼Δ、茲啾召旅餾櫂瓮妊・△慮紊鯆匹辰得こΔ諒・垢乃・④討い襪海箸魄媼韻靴討い觚④ぜ禺圓燭舛・佑┐討い襪海箸任△辰董△海鵑覆膨垢い△い脆爐蕕鰺泙┐弔韻討④真諭弘幣紊鉾爐蕕呂気蕕砲!
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…よりも民主主義と社会正義を達成するために必要なことをよく分かっているのだ。チュニジア人とエジプト人の革命は、多くの問いを提起している。急進的なポピュリズムの実験で失敗した西洋植民地主義からの解放のあと、1950年代と60年代のアラブ・ナショナリズムおよび国家主導の経済開発は、不況と独裁政権による弾圧および専制的な君主政体に身を委ねてきた。1960年代からおよそ10年間、レバノンとクェートという部分的な例外はあるが、硬化症の権威主義体制があらゆるアラブ国家を支配した。これは、1970年代あるいはその後に生まれた大部分のアラブ人が長くさかのぼって思い出すことが出来る終わりのない夜が戻ってきたということであるw)€氓g鷯錣房磴せ以・瞭鵑僚嗣韻梁臧・・蓮・崖杏瑤力稽隹修靴薪・票圓燭繊!
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己犠牲(焼身自殺)の衝撃的な輝きの後にきたものである。最初にチュニジアの人々の連鎖反応が始められ、次いでエジプトで強権体制に立ち向かう彼ら自身の能力が悟られ準備され、弾圧の何十年間でつくられたこれらの深いトラウマに打ち克つことが可能となった。複合的な情報は、つぎのようなことを知らせていた。たとえばカイロの抵抗においては、人々がタハリール広場でたがいに食べ物を分け合っていku梵@▲札・轡礇襦Ε魯薀好瓮鵐箸・・靴・座爐靴拭▲爛好螢爐・爐蕕竜Г蠅隆屮⑤螢好閥掬未鮓・海畔欷遒靴修靴討修竜佞發△辰拭⊆磴ぅ┘献廛反優椒薀鵐謄・△・未蠅鯀櫃④瓦澆鮟Δそ犬瓩討い拭△函L杵澄∪蘿・・颪詫茲覆・辰拭・修譴蓮・榲造箙皺舛癖盟颪・虍爐蕕鮖拉曚靴森睨・舛④兵膺佑暴召Δ澆犬瓩陛枸譴里è!
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³ãƒã®å¤šã„エジプトの軍人あるいは双方の国で身分を強化している上層階級であろうと、たとえ双方の国のエリートがベン・アリやムバラクや彼らの親密な協力者の何人かをいけにえにすることを望んでいたとしても、彼らの権力をそう簡単には譲らないだろう。(チュニジアの暫定首相モハッマド・ガンヌーシ(MohammadGhannouchi)はベン・アリ政府の大臣であった。戦闘司令官ホセーン・タンターワィ(Field Marshal 
Hussein Tantawi)はエジプト軍事政権のトップであるが、ムバラクの国防大臣であり取り巻きであった。彼らはけっしてすべてを犠牲にはしなかった。)にもかかわらず、チュニジアとエジプトの人民においては二世代にわたって初めて、よりよい人生を、より大きな尊厳を、自分たちの生活をもっといいように意欲的に求めるというこれまでにない希望をもつことができるようになった。これらの国々の若者は、大衆の不満をいかに利用するか、それを現体制に対抗する勢力にいかに転換するかを見つけ出した。必要なことを託された者たちが、もしぐずぐずと決定を引き延ばすようなことがあれば、彼らは街頭に戻る道を知っている。もし独裁が維持さw)€「譴襪覆蕁△修虜・椶砲呂咾海訐篷召藩鄰世帽海辰得錣Δ燭瓩紡召梁燭・離▲è!
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結果が何であれ、アラブの若者の全世代の自由と尊厳のための社会全体の大志にとってだけでなく、アラブが共有する公共圏の存在にとっても、これらの出来事は目を見張る堅信礼(幼児洗礼を受けたものが成人になって自覚的に信仰告白をする儀式。いわば日w)€ノ椶寮・夕亜疚・蹇砲箸覆辰拭・燭箸┗卆隠圍屬魎泙狢燭・慮渋綸・瓮妊・△里ア△鬚海Δ爐辰討い襪箸靴討癲▲謄・離蹈検爾瞭端舛砲弔い堂疆戮肪輒椶垢襪海箸聾蹐蠅任△襦・海里茲Δ紛δ霧・Ψ・蓮▲薀献、△襪い録景后・┿錣琉・・、任△襪・匹Δ・亙未砲靴謄謄・離蹈検爾僚藉釮侶疎屬僕蠅辰討い襪海箸浪甬遒砲眤減澆靴拭・箸・縫▲襦Ε献礇検璽蕕亮・・畩蠅聾躄鬚鮠靴い拭1卆吋謄譽咼献腑鵑僚藉釮砲、い討蓮△覆襪曚瓢訥絢圓鮗困錣覆い燭瓩紡燭・離縫紂璽垢!
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al-Ghannouchi)がチュニジアに戻るときの集中的な報道、あるいはムバラク体制陥落直後にエジプト人のイスラム主義者に目立って光を当てたこと、こうした偏向が著しく見て取れる。同様に、アルジェリア人イスラム主義者で指導的立場にいるアリー・ベルハージュ氏が2月13日にアルジェリアで行なわれたデモンストレーションに参加したことをアル・ジャジーラは強調して報道していたが、これらの群衆が彼を暗殺者呼ばわりしたことには触れなかった。指摘しておきたいのは、アル・ジャジーラはしばしば大胆な特集番組を配信してアラブの視聴者をしっかりつかんで支持されてはいるものの、彼らは必ずしも幹部の後押しによる政治的な路線にまで倣っているわけではない。これまでにアラブ諸国の反政府運動については多くのå!
  ±é“がなされてきたが、それらに参加している大部分の人々はイスラム主義とはとくに関係がなく、はっきり言って彼らが要求する尊厳、自由、民主主義および社会正義にはイスラム主義はすこしも見出せないのだ。これらのアラブ革命が提起した最後の問いは・u栫「錣譴錣譴量楞阿琶・賤遒舛討い襪茲Δ妨・┐詆綰圓靴織▲薀峭餡搬寮・鮖戮┐討④織僉璽肇福次∧胴颪肇茵璽蹈奪僂了拉曚砲弔い討任△襦L閏膕修悗了抉腓箸修隆慷拭△△襪い脇蛤杣圓傍瓩瓩蕕譴燭海箸浪燭任發垢襪箸いβ寮・文遏△修譴蕕慮饗Г里△い世巴翕譴粒宛鮴・・砲、い栃胴颪呂い弔皸悊㍊・・譴討い襦8・ε、粉道襪量椶・・覆い燭瓩法・翕譴砲、韻詈胴颪寮・・呂曚箸鵑匹い弔盡綣圓両彳阿・グ未鮴蠅瓩討い襦・F釗・萎悊扮儻譴魘郢箸靴覆・虧閏膽腟èˆ!
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 ç¶šãå†·æˆ¦ã«æœå¾“することを意味したとしても、あるいはイスラエルがパレスチナ人の領土を植民地化しその占領行為を強化したとしても、どんな圧力からもイスラエルを擁護するという大部分のアラブ諸政府にとって非常に不評な政策をこれ以上長く維持できるはずがない。多くの内容がアラブ世界で決定されることとなり、外交政策の形成の中に世論の本当の情報が反映されるのはまだこれからのことである。しかし、サダトやキング・フセインが自国やアラブ大衆の世論を無視したり、あるいはパレスチナ人を残酷に扱っているのにイスラエルとの和平をするという、そういう時代はたぶん過去のものになるだろう。たとえ全アラブ世界が真の民主主義に移行したとしても、エジプトやヨルダンとのイスラエルの和平協定はほã!
 筝箙罧医
るところの街頭で異議申し立てされているいま、沈滞したアラブ側の特色であったイスラエルや米国に対する服従や好意を当てにする者はもうワシントンに誰一・u棊C箸靴討い覆い世蹐Α・修譴紡紊錣襪發里鮹・睛汁曚垢襪海箸呂任④覆ぁ・ぅ鵐拭璽優奪函Ε・侫Г世韻任覆・∀・・塙腓離曄璽襪如⊃景梗劼諒埆玄爾篏・④僚犬泙蝓△△襪い麓・陲砲い覯辛緩釮箸いΕ▲薀屬亮禺圓燭舛砲茲辰董∪・椶・祥荼・擦討④深・駝韻紡个垢詆酳里鳩敲里砲發Δ海谿幣絏翹・任④覆い箸い・爾魍阿妨・韻萄蚤膰柁・・靴討④燭茲Δ法△海譴・蕕發燭屬鵑海譴蕕粒稿・之萃蠅気譴襪里任△蹐ΑH爐蕕呂修離好蹇璽・鵝嵜諭垢和寮・諒・・鯔召鵑任い襦廚如△錣譴錣豼完・坊拗陲鯣・靴拭H爐蕕呂燭醒韻防綰圓靴深・饑・椶世韻任呂覆・・臉祥里・薀撻è!
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REFLECTIONS ON THE REVOLUTIONS IN TUNISIA ANDEGYPT 
http://www.intifada-palestine.com/------------------------------------鴻e遣紙綛 篁h; 上篆004-0841  綛絽羝医堺1-3-3-19TEL/FAX 鐚 鐚鐚鐚 
鐚鐚鐚鐚鐚鐚鐚鐚鐚E-Mail 鐚 y_matsu29 at ybb.ne.jp莨w)鐔∽捷肢紫薀祉肢莖√薑絆 ------------------------------------ 



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