[CML 006260] Re: 「尖閣列島漁船衝突事件ー国際法に対する3つの立場について」のBlog掲載

maeda akira maeda at zokei.ac.jp
2010年 10月 31日 (日) 15:42:49 JST


前田 朗です。

10月31日

岩下さん

ブログ拝見しました。

:

>表記をBlogに掲載しましたので、ご一読ください。
>Blog:
>http://yo3only.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/3-93c4.html
>  
>

3つの立場の整理、興味深く拝読しました。たぶん河内さんも不本意と思ってい
ることでしょうし、私もいささか不本意ではあるのですが、3つの立場を対比し
た上で、東アジアにおける国際的緊張の構図を読み解き、私たちの運動の課題を
模索する方法はよく理解できます。

以下、系統だってはおりませんが、思いついた点だけコメントさせていただきます。

1)阿部さんとの差異について

岩下さんは次のように書いています。

「阿部さんは「南」などの言葉が象徴的ではあれ、その実態としての民衆と運動
と連帯関係が想定されている。氏自身、「イラク国際戦犯法廷」の運動で裁判長
を務められた。対して前田さんは、先に引用した通り「主体性」論者である。」

 アフガニスタン国際戦犯民衆法廷およびイラク国際戦犯民衆法廷の開催を提唱
したのは私です。共感してくれた多くの仲間とともに議論しながらつくり上げて
いった民衆法廷ですが、いずれも最初に提唱したのは私個人でした。そして、両
方の法廷で私は実行委員会共同代表をつとめました。さらに、イラク国際戦犯民
衆法廷の裁判長を阿部さんに直接お願いしたのは私です。岩下さんの上記のご主
張はいささか理解しかねます。

 それから<「主体性」論者>というご指摘は、断固違う!と拒否できないので
すが(苦笑)、やはり私としては不本意です。とりわけ、近代思想や近代法にお
ける「主体」との関連が切断された用語法となっている点に違和感があります。
でも、これは私自身の文章が孕んでいた問題点かもしれません。

2)「機能主義的理解」へのご批判について(1)

岩下さんのご批判はよくわかりました。3つの立場の整理からすると、このよう
な理論展開になることも納得できます。

岩下さんのお立場についてまず疑問が生じるのは、(a)帝国主義的な国際法に
対する全面否定と、(b)個別課題における国際法遵守要求との関係です。岩下
さんは両者に矛盾はないと主張されていますが、「つねに矛盾はない」とお考え
でしょうか。

また、両者の間に容易に鮮明な線を引くことが可能であるとお考えでしょうか。

3)「機能主義的理解」へのご批判について(2)

(a)国際法に対する全面否定と、(b)個別課題における国際法遵守要求と、
それらとはまた区別される(c)国際法の組み換え、国際法の発展と換質との関
係をどのように理解されているでしょうか。

この点は、私の実践そのものに関わります。無防備地域宣言運動がそのひとつで
す。続いて「軍隊のない国家」27カ国を巡る議論があります。しかし、ここで
は、平和的生存権(人民の平和への権利)に関する国連宣言運動を取り上げてお
きます。

http://maeda-akira.blogspot.com/2010/09/blog-post.html

私たちは、平和的生存権国連宣言をつくるために国連人権理事会でキャンペーン
を行なっています。平和への権利、平和教育の権利、環境の権利、発展の権利な
どを包括する権利宣言であり、個人の権利から集団の権利への発展、先進国の権
利から第三世界人民の権利へという理論的射程を持って行なっています。

日本では全く知られていないので、恐縮です。上記ブログ以外に、いくつかのミ
ニコミに書いているところです。まずは日本の法律家を巻き込まないとダメなの
で、日本民主法律家協会の機関誌「法と民主主義」に、より詳しく書いていま
す。後日、ブログにアップします。

4)運動に関わる主体としての責任をどこに見るか

「帝国主義的な国際法を批判し、国際法の主体である国家を死滅させることを目
指して領土・国民といった分断支配を打破する」という岩下さんの主張は理解で
きます。かつては、日本にもこうした考え方が多かったこともご承知の通りです。

法学分野では、パシュカーニスの「法と国家の死滅」論が典型です。大学院時代
にゼミで何度も読みました。さらに藤田勇「法と経済の一般理論」なども。

ソ連東欧社会主義崩壊後の現在、岩下さんのご主張は、日本における具体的な平
和運動の指針となりうるでしょうか。

国家の死滅は、いつ実現するのでしょうか。嫌がらせで言っているのではありま
せん。具体的な展望を持った責任ある運動を組み立てることが可能なのかどうか
は、やはり重要です。

オバマは、核兵器の廃絶を唱えながら、自分が生きているうちではないといい、
しかも核実験にゴーサインをだしました。

日本政府が国連総会に提出してきた核兵器廃止決議は、時期を定めずに、「究極
的な廃絶」を唱えてきました。日本政府は、時期を定めた決議には反対しまし
た。日本政府の言う究極は、100年後なのか、1万年後なのかさえ明らかとは
言えませんでした。





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