[CML 006211] 尖閣沖漁船衝突事件について(その五)

Ken Kawauchi kenkawauchi at nifty.com
2010年 10月 29日 (金) 14:06:06 JST


 河内謙策と申します。(この情報を重複して受け取られた方は、失礼をお許しくだ
さい。転送、転載は自由です。)

 私は、今回の尖閣沖漁船衝突事件が非常に重大な問題であると考え、様々なMLに
「尖閣沖漁船衝突事件について」「尖閣沖漁船衝突事件について(続)」「尖閣沖漁
船衝突事件について(続続)」「尖閣沖漁船衝突事件について(その四)」を投稿し
てきました。私は、今回の事件を、〆2鵑了件の真相について、中国はなぜ大騒
ぎして、日本に対し「力の外交」を展開しているのか、菅内閣の態度をどうみる
か、て本の平和活動家のとるべき態度について、ゴ萃イ貽本!全国行動委員会の
組織しているデモをどう評価するか、の5つの論点に分けて論じてきましたが、中国
の「監視船」が再び尖閣諸島周辺に現れるという新しい情勢になってきていますの
で、尖閣諸島および周辺に自衛隊を配備することについて、という論点を追加させ
ていただきたい、と思います。
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20101025/k10014793061000.html
  本日は、上記´キΔ力静世砲弔論じさせていただきます。

 <今回の事件の真相について>
 この論点の中でも、尖閣諸島が日本領か、ということが大きな論争点になってきま
した。国際法に基づけば尖閣諸島が日本領であることに問題はない、という私見に対
して、何人かの方から疑問や批判が寄せられました。
 
 彦坂諦さんは「『領土問題』を『領土問題』として論ずること、まして主張するこ
とは、意味がないだけでなく平和を傷つける」という立場にたって、「〔この島のま
わりの〕海では沖縄の漁民も、中国福建省あたりの漁民も、台湾の漁民も、昔から漁
をしてきたのだと言われます。だとしたら、国籍とか民族の差を言い立てるより、そ
こで生計を立てているひとたちのくらしを妨げないようにすること、これが何よりも
まず必要なのではないでしょうか?」と主張されています。
 しかし、現実は厳しいものです。彦坂様は、なぜ、尖閣諸島が日本領かどうか、と
いう論点を避けられるのでしょうか、なぜ、今回の漁船長を公務執行妨害で逮捕した
ことが適法だったか、という論点を避けられるのでしょうか。その論点にたいする明
確な態度がなければ、海上保安庁は行動を決めることはできませんし、漁民もどこで
操業してよいか、分かりません。中国の船が突っ込んできたときに「領土問題」を無
視して、何を中国の船に言うのですか。この論点を避けてきれいごとを言っても、現
実逃避の空想的平和論だと言われるだけです。彦坂様が「平和を傷つけ」たくないと
考える気持ちも分かりますが、それは正しく「領土問題」を論じる方向でしかありえ
ないと思います。
 それに、彦坂様が沖縄の漁民も中国福建省の漁民も尖閣の周りの海で「むかしから
漁をしてきた」といわれますが、私の知っている限り、1970年代以降についていえ
ば、この議論は誤りです。1970年12月に中国が始めて尖閣諸島は中国領だと宣言して
以来、尖閣諸島周辺は波立ち始め、中国の横暴が問題になってきたのです。その歴史
を無視して「ユートピア的」尖閣像を描いても、中国の横暴を免罪する議論だといわ
れるだけでしょう。
 中国政府と中国共産党は、「平和な島」で生きてきた私たち日本人の想像を超える
存在です。このことを念頭におかないかぎり、中国に関係した問題は見通しを誤りま
す。私たち日本人には、中国人は日本人と同じで誠意を見せれば通じるはずだという
安易な思い込みがあります。しかし、紛争の際、日本人の感覚で「誠意」をみせれ
ば、中国人(もちろん大多数の中国人ということです)は、「こいつは弱気になって
いるから今がチャンスだ、もっと攻めろ」と判断し、日本人の「期待」は、ほとんど
の場合、裏切られます。わたしは、中国人と日本人は最終的には分かり合えるはず
だ、という希望を捨てていませんが、そのためには、中国の誤りを大目に見てやった
り、善意で理解しようという態度をとっては逆効果なのです。毅然と国際的基準で中
国人の誤りを指摘するしかないのです。それは、けっして排外主義でも、中国人を劣
等にみることでもないのです。
 ぜひ、中国が南シナ海でやってきたことを検討してください。以下のyoutubeの動
画をみてください。中国人民解放軍の虐殺行為を直視してください。
 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4662
  http://www.youtube.com/watch?v=Uy2ZrFphSmc

  近藤ゆり子さんは、「『国際法』は固定化したものではなく、変遷していくもので
す。『日本国憲法9条』を大事に思うなら、『国際法の現状(限界)』を変えていく
べく努力していかなければなりません」と私見を批判されました。
 しかし、私たちの議論はグローバルな国際社会の中で行われているのです。近藤ゆ
り子さんの議論を日本の政府が国際社会に向かって発言すれば、「国際法は変わるか
ら守らなくていいと言うのか」という批判が巻き起こり、日本の国際的地位は一挙に
崩落するでしょう。日本はあくまでも国際法を守る、を旗印にすべきなのです(もち
ろん、例外の存在を否定することではありません。)。
 また、尖閣諸島問題を国際司法裁判所の判断により解決するというかすかな希望を
捨てるわけにはいきません。そうであれば、国際法にもとづくアプローチは当然なの
です。
 それに、訴訟において、〔A〕必ずしもきれいな論理ではないが、その論理でいけ
ば勝訴の可能性が大きい場合、〔B〕きれいな論理だが、その論理でいけば勝訴の可
能性が薄い場合、の二つの場合が存在するときには、〔A〕を選択するのが大人の知
恵というものです。今回の問題にあてはめれば、国際法によるアプローチが〔A〕で
あり、政治論によるアプローチが〔B〕です。近藤ゆり子さんは〔B〕を選択されよう
としています。それは政治の世界と学術研究の世界を混同されているのではないで
しょうか。

 今回の尖閣沖漁船衝突事件は、日本だけでも、日本と中国だけの事件でもありませ
ん。世界の人は、中国帝国主義、中国覇権主義に対処するテストケースとして見てい
ます。日本が道理・道義を貫くのか、中国の横暴に屈服するのかを注視しています。
だからこそ、李登輝が尖閣諸島は日本領だと言ったとたんに、とんでもない事態が発
生しているのです。
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=1020&f=politics_1020_019.shtml

 <頑張れ日本!全国行動委員会の組織しているデモをどう評価するか>
 私は、「尖閣沖漁船衝突事件について(続続)」の中で、頑張れ日本!全国行動委
員会の組織した「10月2日のデモについて国民の右傾化を心配するメールがネットに
現れましたが、私は国民の右傾化を心配するよりも、日本を思う人たちとの連帯を考
えるべきだと思うのです。10月2日のデモについては、以下のサイトを見てくださ
い。」と書き、以下の2つのサイトを引用しました。
 http://dogma.at.webry.info/201010/article_2.html
  http://www.melma.com/backnumber_45206_4985751/

  これに対し、多くの方から疑問と批判が寄せられたので、私は、「尖閣沖漁船衝突
事件について(その四)」の中で、再度、この問題を論じ、10月2日のデモを「参加
者の気持ちから考えても、スローガンから考えても、日本を思う人たちのデモだ」と
評価したうえで、上記に述べた「連帯」の意味につき、「連帯の形はいろいろあるで
しょうが、私の最も追求したい連帯の形は、まず、日本の『左翼』や『平和主義者』
自らがデモを組織し、中国大使館と首相官邸に押しかけるべきだと思います(私を批
判する人は、なぜ中国大使館や首相官邸のへのデモを呼びかけないのでしょうか。不
思議です。)そのときのスローガンは、中国の横暴を許すな、日本の尖閣諸島・日本
の主権を守れ、菅内閣の弱腰糾弾、自衛隊の尖閣諸島への配備反対、であるべきだと
思います。そして、そのようなデモが組織されるのであれば、10.2デモの参加者やそ
れと同じ気持ちを持っている多くの人に『日本を中国の横暴から守らなければならな
い、という気持ちは、貴方たちと一緒です。ただ私たちは、尖閣問題の軍事的解決に
は反対です。ぜひ私たちのデモにも御参加ください』と言いたいのです。」と書きま
した。
 しかし、私が以上のように書いたことにつき、東本高志さんが激しい批判を展開さ
れました。東本高志さんの見解は、以下のサイトを見てください。
 http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi/8847660.html
  http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi/8848138.html
  http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi/8848173.html

    東本高志さんの見解に対し、私は到底納得できません。
 第1に、東本さんが私の見解に反発されていることは分かりましたが、その前提で
ある私の見解をどのように把握されているのでしょうか。東本さんは、私が田母神俊
雄氏との連帯を考えているかのように論じておられますが、私は「日本を思う人たち
との連帯」以上のことは言っていません。「尖閣沖漁船衝突事件について(その
四)」でも、私の追求したい連帯の相手として「10.2デモの参加者やそれと同じ気持
ちを持っている多くの人」と述べています。東本さんは、私が上記2サイトを紹介し
たことを根拠にされるかも知りませんが、私は「10月2日のデモについては、以下の
サイトを見てください」としか言っていません。また、私がデモの性格を判断するに
当たってデモのリーダーの思想一色で見る見方に反対していることは「尖閣沖漁船衝
突事件について(その四)」を見ていただければ分かるはずですから、10.2デモのサ
イトを紹介したからといって、私が田母神俊雄氏との連帯を考えていることにはなり
ません。  したがって、私の見解を田母神俊雄氏との連帯という形にして批判する
のは、他人の見解を偽造して批判することです。(なお、誤解をさけるために一言述
べれば、私の考えているデモのスローガンに賛成し、デモの秩序を守ることを田母神
俊雄氏が認められれば、私は田母神俊雄氏のデモ参加を認めます。東本氏が私を批判
しているのは、この部分ではありません。念のため。)
 第2に、「尖閣沖漁船衝突事件について(続続)」で述べたことを更に詳述し、
「尖閣沖漁船衝突事件について(その四)」で述べた、私が考える連帯の形につき
(この内容は既に上記で紹介しましたので繰り返しません)、東本さんは、なぜか触
れていません。ここが今後においては一番大きな問題になるはずなのに、いったい、
どうしてでしょうか。私は、東本さんが、私の主張を捻じ曲げて批判するために、自
分の都合の悪いところをカットしたとしか判断できません。
 第3に、論争は自己の見解と相手の見解を対置して論ずることにより実りあるもの
となります。しかし、東本さんは、相手の見解に自己の見解を対置する努力をしてい
ません。10.2デモが「右翼のデモ」というのであれば、どうするのですか。参加者に
デモをするな、というのですか。参加者のデモ行進の自由を実力で奪うのですか。デ
モの参加者に何を呼びかけるのですか。東本さんの見解は分かりません。
 これでは、私がいつも言っている、“相手を攻撃して論破すれば自分の正しさが証
明された”と勘違いしてきた、過去の左翼の一部の誤りを繰り返すだけなのではあり
ませんか。また、一点突破で執拗に相手を攻撃することで相手を精神的に参らせると
いう過去の左翼の一部の戦術と同じではありませんか。

 私は、東本さんの論争態度はきわめて不可解であり、この論点についての東本さん
の態度は、正常な論争態度をはるかに逸脱していると言わざるをえません。

 <尖閣諸島およびその周辺に自衛隊を配備することについて>
 中国の監視船が尖閣諸島周辺に出現したというニュースは、多くの人に“やはり”
という感想を与えたのではないかと思います。9月の事件は、偶然のものではなかっ
たのです。中国の海洋戦略・覇権戦略に基礎をおく問題であるから、中国は簡単に引
き下がらないのです。
 今年の6月(!)には、南シナ海で以下のような事件が発生しています。少し長い
引用ですが我慢してください。
 「2010年6月22日には、南シナ海の、インドネシアが自国の排他的経済水域(EEZ)
だと主張する海域で一触即発の事態が発生した。中国漁船団がインドネシアのEEZ内
で操業をはじめ、インドネシア警備艇が一隻を拿捕した。まるで拿捕を予測して待機
していたかのように、30分後、中国の漁業監視船が駆けつけ、解放を要求した。軍艦
を改装した排水量4450トンの大型船の出現にインドネシアは中国の要求を飲んだ。イ
ンドネシアは翌朝、海軍の応援を得て再び中国漁船を拿捕したが、中国の圧倒的力の
誇示の前に、再び譲歩せざるを得なかった。暴力装置としての海軍力を誇示して、支
配権の確立を進める中華帝国の手法が罷り通ったのである。」(櫻井よしこ「序論 
対中国『大戦略』構築のために」、櫻井よしこ・北村稔・国家基本問題研究所編『中
国はなぜ「軍拡」「膨張」「恫喝」をやめないのか』文藝春秋刊、19頁)

 このように誰の目にも「尖閣諸島問題が簡単には終わらない」ということがはっき
りしてくる中で、日本の保守派の論客の一部からは、自衛隊の尖閣諸島およびその周
辺への配備が大きな声で主張されはじめました。また、習近平の軍事委員会副主席就
任により、このような自衛隊配備を要求する声が大きくなる可能性があります。中国
共産党内のことは分からない点が多いのですが、以下のサイトは参考になると思いま
す。
 http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report4_2218.html
  http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4702?page=2

 自衛隊の尖閣諸島およびその周辺への配備の問題については、「沖縄の自衛隊強化
と陸上自衛隊の増員に反対する市民の共同声明」のような先駆的努力も始まっていま
すが、まだまだ反対運動が弱いと思います。これを強化する一方策として、尖閣諸島
およびその周辺への自衛隊の配備に反対する論理を検討すること、すなわち、平和主
義者にとって一見明白だと思われる論理を、改めて再検討・再構築することを提案し
たいと思います。この問題は、単純な9条守れというだけでは、広範な国民を結集す
るのが難しい問題だと思うからです。
 私の反対の論理は、以下の4点です。皆様の御検討をお願いいたします。
(この問題を考える上では、過去の森嶋通夫VS関嘉彦・福田恆存論争が参考になりま
す。森嶋通夫『日本の選択』岩波書店、参照)

 自衛隊の配備は明らかに「国際紛争を解決する手段として」「武力による威嚇ま
たは武力の行使」を意図するものであるから憲法9条1項に違反します。また実際に
武力紛争に発展すれば「交戦権」を行使することになり9条2項に違反します。この
ような見解に対しては「憲法原理主義だ」「国家には憲法より大事なこともあるの
だ」という悪罵が浴びせられるでしょう。私は、日本国家が超憲法的措置をとること
を日本国憲法は否定していないと考えていますが、今回の事態は国家存立にかかわる
ような緊急事態とは言えず、これに該当せず、政府が憲法に違反した措置をとること
はできない、と考えます。
 菅内閣の態度は、尖閣諸島問題の平和的解決の努力を十分にしておらず、そのよ
うな状態で軍事的措置を先走らせることは憲法の平和主義に反します。私の考える平
和的解決の努力とは、日本国民の団結を基礎に、国際的に中国の横暴をやめさせる包
囲網を形成すること、中国国内の自由と民主主義を求める勢力や諸民族に対し連帯・
支援することです。   
 尖閣諸島の問題は、中国の覇権戦略・海洋戦略にとって死活的重要性をもつがゆ
えに、中国も日本の軍事力に「対抗」して軍事力を使用する可能性が極めて大きく、
そこから戦争という事態に発展する可能性や発生した戦争が尖閣諸島に限定されない
可能性も大きいと判断されること。(憲法9条をめぐる過去の歴史的論争で明らかな
ように、日本国家は戦争を避ける努力をするべきであるが、それは中国に対する屈服
を意味するものではない。)
 尖閣諸島への自衛隊配備を主張する論者の多くは、中国の態度が不当だから軍事
力を使え、という単純な議論であり、中国の戦力の内容や出方の吟味、戦争がどのよ
うになるかについて冷静で科学的な検討をしていない。これでは、戦争は負けるかも
しれないが戦争をするしかないと考えて「太平洋戦争」を始めた過去の指導者と同一
の、感情的で無責任な議論と言わなければならない。
                    (2010年10月28日記)

河内謙策 〒112-0012  東京都文京区大塚5-6-15-401 保田・河内法律事務所
(電話03-5978-3784、FAX03-5978-3706、Email:kenkawauchi@nifty.com)





 





 
 
 
 
 

  
 




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