[CML 005963] Re: 井上清の政治的立場

higashimoto takashi taka.h77 at basil.ocn.ne.jp
2010年 10月 14日 (木) 14:11:11 JST


坂井さん

私も歴史学者の故井上清教授の政治的立場を知らないわけではありません。しかし、井上論文の
評価と彼の政治的立場は無関係ではありませんが切り離して考えるべきだと思います。そうしない
と正しい論文評価はできません。論は論自体として読むのが正統な読み方だと思います。

さて、井上論文で指摘されている尖閣諸島の領有権の帰属の問題、また「先占」取得の問題を読
み込むにあたって、私の中にあった第一の問題意識は、「尖閣諸島は明代・清代などの中国の文
献に記述が見られますが、それは、当時、中国から琉球に向かう航路の目標としてこれらの島が
知られていたことを示しているだけであり、中国側の文献にも中国の住民が歴史的に尖閣諸島に
居住したことを示す記録はありません」(赤旗論評「日本の領有は正当 尖閣諸島 問題解決の方
向を考える」と捉える赤旗の論評は正確なものといえるかどうかという点にありました。

この点について井上論文は以下の論証をしています。

■「尖閣」列島 ――釣魚諸島の史的解明(井上清 初版1972/再刊1996)
http://www.mahoroba.ne.jp/~tatsumi/dinoue0.html

第1。『使琉球録』(陳侃 1534年)に記述のある「乃属琉球者」(乃チ琉球ニ属スル者ナリ)の解釈
と『重編使琉球録』(郭汝霖 1562年)に記述のある「界琉球地方山也」(琉球地方ヲ界スル山ナリ)
の解釈について

以下、井上論文の該当部分を少し長いですが論証に必要な範囲内で要約します。

(1)『使琉球録』(陳侃 1534年)には次のような記述がある。「十日、南風甚ダ迅(はや)ク、舟行
飛ブガ如シ。然レドモ流ニ順ヒテ下レバ、(舟は)甚ダシクハ動カズ、平嘉山ヲ過ギ、釣魚嶼ヲ過ギ、
黄毛嶼ヲ過ギ、赤嶼ヲ過グ。目接スルニ暇(いとま)アラズ。(中略)十一日夕、古米(くめ)山(琉球
の表記は久米島)ヲ見ル。乃チ琉球ニ属スル者ナリ。夷人(冊封使の船で働いている琉球人)船
ニ鼓舞シ、家ニ達スルヲ喜ブ」。

(2)『重編使琉球録』(郭汝霖 1562年)には次のような記述がある。「閏五月初一日、釣嶼ヲ過グ。
初三日赤嶼ニ至ル。赤嶼ハ琉球地方ヲ界スル山ナリ。再一日ノ風アラバ、即チ姑米(くめ)山(久
米島)ヲ望ムベシ」。

(3)上に引用した陳・郭の二使録は、釣魚諸島のことが記録されているもっとも早い時期の文献と
して、注目すべきであるばかりでなく、陳侃は、久米島をもって「乃属琉球者」といい、郭汝霖は、
赤嶼について「界琉球地方山也」と書いていることは、とくに重要である。この両島の間には、水深
二千メートル前後の海溝があり、いかなる島もない。それゆえ陳が、福州から那覇に航するさいに
最初に到達する琉球領である久米島について、これがすなわち琉球領であると書き、郭が中国側
の東のはしの島である赤尾嶼について、この島は琉球地方を界する山だというのは、同じことを、
ちがった角度からのべていることは明らかである。

(4)なるほど陳侃使録では、久米島に至るまでの赤尾、黄尾、釣魚などの島が琉球領でないこと
だけは明らかだが、それがどこの国のものかは、この数行の文面のみからは何ともいえないとし
ても、郭が赤嶼は琉球地方を「界スル」山だというとき、その「界」するのは、琉球地方と、どことを
界するのであろうか。郭は中国領の福州から出航し、花瓶嶼、彭佳山など中国領であることは自
明の島々を通り、さらにその先に連なる、中国人が以前からよく知っており、中国名もつけてある
島々を航して、その列島の最後の島=赤嶼に至った。郭はここで、順風でもう一日の航海をすれ
ば、琉球領の久米島を見ることができることを思い、来し方をふりかえり、この赤嶼こそ「琉球地方
ヲ界スル」島だと感慨にふけった。その「界」するのは、琉球と、彼がそこから出発し、かつその領
土である島々を次々に通過してきた国、すなわち中国とを界するものでなくてはならない。これを、
琉球と無主地とを界するものだなどとこじつけるのは、あまりにも中国文の読み方を無視しすぎる。

(5)こうみてくると、陳侃が、久米島に至ってはじめて、これが琉球領だとのべたのも、この数文字
だけでなく、中国領福州を出航し、中国領の島々を航して久米島に至る、彼の全航程の記述の文
脈でとらえるべきであって、そうすれば、これも、福州から赤嶼までは中国領であるとしていること
は明らかである。これが中国領であることは、彼およびすべての中国人には、いまさら強調するま
でもない自明のことであるから、それをとくに書きあらわすことなどは、彼には思いもよらなかった。
そうして久米島に至って、ここはもはや中国領ではなく琉球領であることに思いを致したればこそ、
そのことを特記したのである。

(6)政府、日本共産党、朝日新聞などの、釣魚諸島は本来は無主地であったとの論は、恐らく、
国士館大学の国際法助教授奥原敏雄が雑誌『中国』七一年九月号に書いた、「尖閣列島の領有
権と『明報』の論文」その他でのべているのと同じ論法であろう。奥原は次のようにいう。/陳・郭
二使録の上に引用した記述は、久米島から先が琉球領である、すなわちそこにいたるまでの釣魚、
黄尾、赤尾などは琉球領ではないことを明らかにしているだけであって、その島々が中国領だとは
書いてない。「『冊封使録』は中国人の書いたものであるから、赤嶼が中国領であるとの認識があ
ったならば、そのように記述し得たはずである」。しかるにそのように記述してないのは、陳侃や郭
汝霖に、その認識がないからである。それだから、釣魚諸島は無主地であった、と。/たしかに、
陳・郭二使は、赤嶼以西は中国領だと積極的な形で明記し「得たはずである」。だが、「書きえた
はず」であっても、とくにその必要がなければ書かないのがふつうである。「書きえたはず」である
のに書いてないから、中国領だとの認識が彼らにはなかった、それは無主地だったと断ずるのは、
論理の飛躍もはなはだしい。しかも、郭汝霖の「界」の字の意味は、前述した以外に解釈のしかた
はないではないか。

上記の故井上教授の論証に私は「尖閣諸島は明代・清代などの中国の文献に記述が見られます
が、それは、当時、中国から琉球に向かう航路の目標としてこれらの島が知られていたことを示し
ているだけであ」るという赤旗論評以上の説得力を感じます。郭汝霖のいう「界」が赤旗論評にい
う「航路の目標」以上の当時の中国人の領有意識を示している記述であることは明らかというべき
であろう、と井上教授ならずとも私も思います。

このまま故井上教授の論を引用していると本メールはあまりにも長くなりすぎますのでこれ以上の
井上論文からの引用は避けたいと思います。各自におかれて先のメールで私が挙げた井上論文
の5つの論点のうちの残された論点、すなわち、

(3)『籌海図編(胡宗憲が編纂した1561年の序文のある巻一「沿海山沙図」の「福七」〜「福八」)
にまたがって地図として示されている「鶏籠山」、「彭加山」、「釣魚嶼」、「化瓶山」、「黄尾山」、「橄
欖山」、「赤嶼」が西から東へ連なっている事実の解釈。
(4)『使琉球雑録』巻五(1683に入琉清朝の第2回目の冊封使汪楫の使録)の「中外ノ界ナリ」
(中国と外国の界という意味)の解釈
(5)『中山傳信録』(1719年に入琉した使節徐葆光の著)の姑米山について「琉球西南方界上鎮
山」と記されている「鎮」(国境いや村境いを鎮めるの意。「鎮守」の鎮)の解釈

の論点を熟読していただければ私としても幸いに思います。

ただ、坂井さんが「もう一つ、私が井上論文に違和感を感じるのは『七 琉球人と釣魚諸島との関
係は浅かった』と、断言しているところです。その箇所を何回読み返しても、それは本当なのかと
いう疑問はわいてきます」という疑問を述べられていますので、この点について故井上教授の論を
もう少し引用させていただこうと思います。この点について井上教授は次のように言っています。

「琉球人の文献でも、釣魚諸島の名が出てくるのは、羽地按司朝秀(後には王国の執政官向象賢)
が、一六五〇年にあらわした『琉球国中山世鑑』(略)巻五と、琉球のうんだ最大の儒学者であり
また地理学者でもあった程順則が、一七〇八年にあらわした『指南広義』の「針路條記」の章およ
び付図と、この二カ所しかない。しかも『琉球国中山世鑑』では、中国の冊封使陳侃の『使琉球録』
から、中国福州より那覇に至る航路記事を抄録した中に、「釣魚嶼」等の名が出ているというだけ
のことで、向象賢自身の文ではない。/また程順則の本は、だれよりもまず清朝の皇帝とその政
府のために、福州から琉球へ往復する航路、琉球全土の歴史、地理、風俗、制度などを解説した
本であり、釣魚島などのことが書かれている「福州往琉球」の航路記は、中国の航海書および中
国の冊封使の記録に依拠している。」

上記から釣魚諸島(尖閣諸島)に関する中国の文献に比して琉球人の文献は圧倒的に少ないこと、
と言うよりも2冊しかないこと。琉球人による同地に関する文献が少ないということは、琉球人の同
地との関係も少なかったこと、「琉球人と釣魚諸島との関係は浅かった」ことをも客観的に推察させ
るものです。

さらに井上教授は琉球人の口碑伝説である『地学雑誌』や琉球学の大家である東恩納寛惇の『南
島風土記』、さらには石垣市の郷土史家牧野清の「尖閣列島(イーグンクバシマ)小史」などなどの
著作も探索し、釣魚諸島に関する琉球名称に混乱があることを指摘し次のように述べます。

「この両島の琉球名称の混乱は、二十世紀以後もなお、その名称を安定させるほど琉球人とこれ
らの島との関係が密接ではないということを意味する。もしも、これらの島と琉球人の生活とが、た
とえばここに琉球人がしばしば出漁するほど密接な関係をもっているなら、島の名を一定させなけ
れば、生活と仕事の上での漁民相互のコミュニケイションに混乱が生ずるので、自然と一定する
はずである。/現に、生活と仕事の上で、これらの列島と密接な関係をもった中国の航海家や冊
封使は、この島の名を「釣魚」「黄尾」「赤尾」と一定している。この下に「島」、「台」、「嶼」、「山」と
ちがった字をつけ、あるいは釣魚、黄尾、赤尾の魚や尾を略することがあっても、その意味は同じ
で混乱はない。しかし、生活と密接な関係がなく、ひまつぶしの雑談で遠い無人島が話題になるこ
とがある、というていどであれば、その島名は人により、時により、入れちがうこともあろう。ふつう
の琉球人にとって、これらの小島はそのていどの関係しかなかったのである。こういう彼らにとって
は、「魚釣島」などという名は、いっこうに耳にしたこともない、役人の用語であった。」

上記の井上論文の推定は学術的な資料探索に基づく根拠を持つ推定というべきであり、そこに
琉球人を差別するなどの意図は微塵も感じられません。妥当な推定だと私は思います。

また、井上論文は、尖閣諸島を「明治期の日本が軍事力を背景に強奪した」(坂井さん)「無主地
先占の法理」なる国際法上の法理を「近代のヨーロッパの強国が、他国他民族の領土を略奪す
るのを正当化するためにひねりだした『法理』」でしかない、と強く批判していますが、これも学術
的検討に基づく研究者の自由な意見表明と見るべきであって、そこに故井上教授の政治的立場
やましてや井上論文の発表された日付と政治情勢との符合性などを重ね合わせるべきではない。
はじめにも述べましたが、論は論自体として評価されるべきものだ、と私は思います。


東本高志@大分
taka.h77 at basil.ocn.ne.jp
http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi

----- Original Message ----- 
From: <donko at ac.csf.ne.jp>
To: <cml at list.jca.apc.org>
Sent: Wednesday, October 13, 2010 11:38 PM
Subject: [CML 005953] 井上清の政治的立場


> 坂井貴司です。
> 転送・転載歓迎。
>
> 尖閣諸島こと釣魚諸島は中国固有の領土であったのを、明治期の日本が軍事力を
> 背景に強奪した、だから中国に返還すべきである、と主張した歴史学者井上清の
>
> 「尖閣」列島 ――釣魚諸島の史的解明(井上清 初版1972/再刊1996)
> http://www.mahoroba.ne.jp/~tatsumi/dinoue0.html
>
> があります。
>
>  この尖閣諸島領有問題では、このMLの参加者の多くは井上論文を支持してい
> るようです。特に占有論を否定しているところが評価されているようです。
>  
>
>  私は井上論文読んで括弧付きで、「説得力があります」と表しました。[CML:
> 005876]
>  
>  帝国主義批判の一つとしての占有論否定は、ある程度共感できます。
>  
>  しかし、私は井上清の政治的立場を考えると、この論文には全面的に賛成しか
> ねるのです。
>  
>  井上清(1913年〜2001年)はご存じの通り、マルクス主義の歴史学者
> でした。昭和天皇戦争責任を追求した『天皇の戦争責任』(現代評論社、岩波書
> 店)などの著作を多く残しました。そして日本共産党と対立しました。だから、
> この論文には日本共産党を激しく攻撃している箇所があります。
>  
>  さて、この井上論文の日付に注目してください。1972年です。ベトナム戦
> 争の最中でした。沖縄はアメリカの占領下にありました。尖閣諸島もアメリカの
> 支配下にありました。そして、中国は文化大革命の嵐が吹き荒れていました。
>  今でこそ、文革は毛沢東が若者を扇動して権力奪取を謀ったことから引き起こ
> された惨事と位置づけられていますけれど、1972年当時は、文革は新しい潮
> 流としてもてはやされ、支持されていました。当時の日本の左翼知識人の多くは
> 文革を熱烈に支持しました。井上もその一人でした。
>  井上は、文革を支持していました。毛沢東思想学院の講師としても活動してい
> ました。と、なれば彼が尖閣諸島は中国すなわち、中華人民共和国の領土である
> と主張するのは当然のことです。
>
>  しかし、現在の中国は1972年当時とは全く違う国家です。建前は社会主義
> 国家でも、実態は金儲けこそすべての新自由主義国家です。井上が蛇蝎のごとく
> 嫌った資本主義国家に向かって突進しています。
>  
>  中国が尖閣諸島こと釣魚諸島を返せと言うのは、この近海に埋蔵されていると
> いう天然ガス田を開発するためです。エネルギー不足に悩まされている中国のと
> って、尖閣諸島近辺にあるとされている天然ガス田はなんとしても確保したいの
> です。(それは日本も同じです)。
>  
>  この尖閣諸島問題は結局、天然ガス田の利権を巡る争いなのです。それは押さ
> えておかなければなりません。
>  
>  私は、尖閣諸島は中国に返還すべきという論には強い抵抗感を感じます。チベ
> ットやウィグル人などの少数民族に対する対するひどい抑圧が行われ、拝金主義
> が蔓延し、政治的弾圧が行われている今の中国に、私は強い不信感と警戒感を持
> っています。
>  
>  そういった点で私の考えは河内謙作さん[CML:005945]に近いものがあります。
>  
>  もう一つ、私が井上論文に違和感を感じるのは「七 琉球人と釣魚諸島との関
> 係は浅かった」と、断言しているところです。その箇所を何回読み返しても、そ
> れは本当なのかという疑問はわいてきます。
>  
>  以上のことから、私は井上論文は全面的に支持できないことを述べます。
>  
> 坂井貴司
> 福岡県
> E-Mail:donko at ac.csf.ne.jp
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> 「郵政民営化は構造改革の本丸」(小泉純一郎前首相)
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