[CML 005945] 尖閣沖漁船衝突事件について(続続)

Ken Kawauchi kenkawauchi at nifty.com
2010年 10月 13日 (水) 13:17:41 JST


 河内謙策と申します。(この情報を重複して受け取られた方は、失礼をお許しくだ
さい。転載・転送は自由です。)

 私が様々なMLに投稿した「尖閣沖漁船衝突事件について」「尖閣沖漁船衝突事件に
ついて(続)」に対し、多くの方からコメントが寄せられましたが、そのうち私に対
し批判・異論を提出された方に対し、私の提起した4大論点に沿って、以下のとおり
再度の反論をさせていただきたいと思います。

 まず、今回の事件の真相について。
 私が、「日本の領海で不法操業した中国の漁船船長の公務執行妨害罪の成立は間違
いない」と述べたので、私の論理の前提である、尖閣諸島は日本領である、という点
についていくつかの疑問が提出されています。それらの中で、最近はHayariki様とテ
ント村様から、私の論理の枠組みである「先占」論について、先占論は、「帝国主義
的な植民地争奪戦のロジックであって、私たちが安易に主張すべき言葉ではない」
(テント村のGさん)などという批判がなされています。
  しかし、領土・領海をめぐる争いについては、さまざまな国家の利害が激しく対立
する以上、どうしても国際法による解決を考えざるをえないのです。国際法上は成立
しないが、この見解が正しい、というのは、よほどのことがない限り、国際社会でい
うべき見解ではないのです。また、「先占」論は、私の乏しい知識でも、国際法の論
理として定着しています。したがって、「先占論」にもとづいて尖閣諸島が日本領で
あることを十分に根拠付けることができるのに、それを放棄して、国際社会では胡散
臭く見られる「政治論」を持ち出すべきではないと考えます。
 なお、「尖閣沖漁船衝突事件について(続)」で、私は、「領土問題の国際法的決
着というのは、政治的、あるいは道徳的問題と異なるのです。アメリカ『インディア
ン』に対する皆殺し政策が許されないとしても、アメリカ合衆国のアメリカ大陸に対
する領有が否定されないことをお考えください」と書いたところ、市川守弘様から、
前段の論理は問題ないが、アメリカ合衆国がアメリカインディアンを殺してアメリカ
大陸の土地を手にいれたかのように述べるのは事実にも裁判例にも反する、国際法的
には交渉により取得したものと見なさざるを得ない、という御指摘をいただきまし
た。私の不勉強によるミスです。申し訳ありません。
 尖閣諸島が日本領であるということについて疑問があるという方は、中国領と考え
ておられるのでしょうか、疑問がある、疑問があるというだけでは、卑怯です。自己
の見解を明確にすべきです。また、中国領と考えておられるのならその根拠、中国が
1971年まで沈黙を守っていたり、中華人民共和国や台湾で発行された地図に日本領に
なっていたり、魚釣島付近で遭難した中国漁民を救護した魚釣島民に対する中華民国
総領事の1920年の感謝状に尖閣諸島が日本領であることを認めている等の事実をどう
考えるか、積極的な見解の提示をお願いしたいと思います。

 次に、中国がなぜ大騒ぎして、日本に対し「力の外交」を展開しているか、という
ことについて。
 私は、この事件は、単純に尖閣諸島をめぐる事件と捉えるべきではない、中国は、
「この事件を利用して一挙に北東アジアの覇権確立を意図している」と判断してきま
した。これに対しテント村のGさんは「河内さんが指摘する個々の中国艦船の外洋進
出などは、それだけでは『侵略』でも『世界的視野での分析』でもない。私たちは、
終わりなき対テロ戦争によって世界支配の政治―経済的な秩序をも維持しようとする
アメリカの戦略との関係で、中国の行動を分析し、批判もしていかなければならない
のである」と述べています。
 http://yo3only.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-a060.html
しかし、Gさんの分析では、今度の事件をどうとらえるべきなのか、結論が提示され
ていないように見えます。また、Gさんの分析を言葉どおりにとると、中国の分析の
前提はアメリカの戦略だということで中国それ自体の分析がなおざりになる危険があ
ります。私見では、中国は中華帝国主義として、国際政治の独自のファクターとして
登場し、アジアにおける覇権確立をめざしている、中国艦船の外洋進出も今回の事件
もアジアの一部である北東アジアの覇権確立をめざす行動だからこそ、日本の民衆に
とって考えられないような行動をとったのだ、と考えるのです。

 次に菅内閣の態度をどうみるか、ということについて。
 これについては、今回、あまり異論、批判がなかったので省略します。

 最後に、日本の平和活動家のとるべき態度について。

 石垣さまから「日中問題は、日中双方が日中平和友好条約(1972年締結)を確認す
れば解決できることです」という主張がなされました。しかし、日中平和友好条約に
書いてないことで紛争になれば、その紛争を解決する新しい協定なり、確認がなされ
る必要があることは当然です。今回の問題は、そういう問題だと思います。また、中
国が覇権をめざして喧嘩を売ってきているときに友好が大事だ、というだけでは、中
国に馬鹿にされますし、世界の国が「日本は平和国家なのか、単に馬鹿な国家だけで
はないのか」という疑惑を招きます。「中国という国は、一歩引いたら何歩も入って
くる国だ」というのは、非常に重い言葉だと思います。それは石垣様の考えておられ
る憲法9条を擁護することと矛盾することではないのです。きびしい国際政治の中で
9条がどういう意味をもっているのか、積極的な提示がなければ、国民は9条に絶望
するでしょう。

 テント村のGさんから「私たちは国家・マスコミが煽り立てる国家主義・民族主義
を批判し、そして冷静に国家と同一化することのないグローバルな民衆連帯を築きあ
げる必要がある。それぞれの国家権力を打倒するのは、第一義的にそれぞれの労働
者・大衆の事業である。私たちが平和運動を本当に再建するためには、安保―沖縄―
天皇の構造に対抗し、国家の呪縛から切り離された国際連帯の闘いが必要であろう」
という御批判をいただきました。
 上記のGさんの論理には論ずべき多くの論点があると思いますが、とりあえず3点
の反論をさせていただきます。
 第一に、国家とか民族という問題が平和主義者にとって非常に難しい問題を含んで
いるということはGさんも同意なされることだと思います。国家についていえば、歴
史のある時点では、民衆が国家目的に自ら身をささげるほどになり、冷静に考えれば
国家の指導者や支配階級に利用されるだけの存在に成り下がるからです。では、それ
に対して平和主義者はどういう態度をとるべきなのでしょうか。私は、できるだけ民
衆とともに歩み、そのなかで民衆が軍事力や戦争賛美、排外主義万歳等の誤った考え
に陥らないようにするしかない、と考えるのです。国家にとりこまれるな、国家から
離れろ、というだけでは駄目だと思うのです。国家にとりこまれるな、国家から離れ
ろ、というだけでは、民衆はそのような運動を見捨て、一部の人間の自己満足に終
わってしまうでしょう。たしかに私のいう道は困難だと思いますが、第1次大戦に協
力したガンジーなどの例も存在します。あのロシア革命を指導したレーニンが「大ロ
シア人の民族的誇りについて」のなかで「民族的誇りの感情は、われわれ大ロシア人
の自覚したプロレタリアには縁のないものであろうか? もちろんそうではない!…
…われわれは、民族的誇りの感情にみちあふれている」と言ったことを連想します。
 第二に、Gさんの言葉を文字どおり受け止めると、各国の民衆は各国の国家権力と
だけ闘い、それを他の国の民衆が支えあい・連帯しあうという関係になります。しか
し、それは、おそらく20世紀初頭で終わりになった図式ではないでしょうか。今日に
おいては、各国民衆の共同闘争によって各国共通のテーマを追求することが必要に
なっているし可能にもなっていると思うのです。たとえば私は過去において(拡大)
東アジアの民衆に対し、東アジア共同体反対闘争を呼びかけましたし、今回の問題で
も、中国覇権主義に反対する東アジア的規模での民衆の共同闘争を呼びかけるべきだ
と思うのです。
 第三に、Gさんは「安保―沖縄―天皇の構造に対抗」することを考えておられるよ
うですが、「天皇」の位置づけは疑問です。1945年時点の天皇ではなく、21世紀の天
皇を考える必要があると思います。また1930年代に日本共産党が安易に天皇制打倒を
かかげた過ちを繰り返すことになりはしないでしょうか。更に、当面の運動をどう展
開するのか、それとの関連でGさんの考えをもっと展開していただきたいと思いま
す。

 私は、日本の平和運動は、過去、中国についてきびしい態度をとってこなかった、
融和的態度をとったり、沈黙でやりすごそうとしたりした、その誤りを今こそ是正す
べきである、と強く訴えているつもりですが、それについての反響は、はかばかしく
ありません。
 私は、21世紀になってからの私の関与した以下の事件、日本の平和運動の負の歴史
に照らして主張しているのです。

▽	2003年:中国でイラク戦争反対の運動がおこり、日本への連帯が呼びかけら
れたが、日本国際法律家協会等をのぞいて日本の平和運動は無視
▽	2005年:中国の反日デモ、日本の平和運動ではピースボートを除いて沈黙
▽	2008年:チベット弾圧が発生、日本の平和運動のほとんどの団体が沈黙・保
留、しかし宗教者を含め、多くの民衆が発言・行動
▽	2010年:劉暁波のノーベル平和賞受賞支援運動は、アムネスティ等を除いて
取り組まず

私は、今回の事件に対し、日本の平和運動が正しく取り組まなければ、拉致問題の二
の舞になって、日本の平和運動は国民から見放されるぞ!と厳しく言いたいのです。
10月2日のデモについて国民の右傾化を心配するメールはネットに現れましたが、私
は国民の右傾化を心配するよりも、日本を思う人たちとの連帯を考えるべきだと思う
のです。10月2日のデモについては、以下のサイトを見てください。
http://dogma.at.webry.info/201010/article_2.html
http://www.melma.com/backnumber_45206_4985751/

 菅内閣と中国政府・中国共産党の合作による幕引き劇が展開されています。ビデオ
を非公開にすることと、中国監視船の尖閣周辺からの一時退去が交換条件にされたよ
うです。しかし、「一件落着」と考えるのは禁物です。尖閣諸島をめぐる事件は、近
いうちに再燃することは間違いないでしょう。来年6月には台湾・香港から600隻の漁
船が出て尖閣上陸が試みられる、という噂もあります。それに、『週刊現代』10月16
日号が警鐘を乱打したように、北海道、先端技術、遺伝子情報まで中国の買占めが進
行しています。アメリカにも中国にも毅然とした平和国家の創造をめざして、大きく
足を踏み出す時期が来たのです。
                       (2010年10月13日記)


河内謙策 〒112-0012  東京都文京区大塚5-6-15-401 保田・河内法律事務所
(電話03-5978-3784、FAX03-5978-3706、Email:kenkawauchi at nifty.com)










 

 



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