[CML 005912] 10/30 人種差別主義への危惧 素敵な講演会 欧州ロマ民族などの現状

south sea dream_sea05 at yahoo.co.jp
2010年 10月 10日 (日) 13:49:43 JST


Southsea@大阪です。講演会のご紹介です。
[報道資料]
「ヨーロッパの少数民族差別を考える講演会」
(講師:在オーストリア、ルードウィク・ラーハさん)
「ルードウィク・ラーハ講演会」実行委員会
ヨーロッパの少数民族・ロマやスィンティが受けてきた差別・迫害や歴史に関心
を持つ個人で結成する「ルードウィ ク・ラーハ講演会実行委員会」(代表:川瀬俊
治、事務局長:渡辺幸重)は、10 月 30 日に大阪市港区弁天の弁天町市民 学習セ
ンターで「ヨーロッパの少数民族差別を考える講演会」を開催します。講師のル
ードウィク・ラーハさんは、オ ーストリア在住の著述家で、少数民族スィンティ
の生き方や差別・迫害の歴史について調査研究しており、編著書『ス ィンティ女
性三代記(上) 私たちはこの世に存在すべきではなかった』は金子マーティンさん(
日本女子大学教員) の翻訳で日本語版が出版されています(凱風社刊)。今回の講
演会では金子さんの通訳により、スィンティがナチスか ら受けたホロコースト(
強制収容所での虐殺)や戦後における差別との闘いなどについて話をうかがいます
。
最近、フランスやイタリア政府が少数民族・ロマの居住地を撤去し、出身国に送
還するという事態が発生し、人種差 別だと批判されていることは日本のマスコミ
でも報道されています。しかし、ロマ、スィンティが長い間差別・迫害を 受けて
いる歴史についてほとんどの日本人は知らず、ナチスのホロコーストで多くのロ
マ、スィンティの人々が虐殺さ れたこともほとんど知られていません。『アンネ
の日記』の体験はユダヤ民族だけが受けたのではないのです。
私たちはオーストリアから来日したラーハさんの講演、少数民族に関する著訳書
を多く出版している金子さんの通訳 によって今でも世界的なニュースとして報じ
てられているヨーロッパの“少数民族”問題(金子さんは厳密な定義から “少数
者集団”と記述)の実態と背景、歴史を知り、戦争や差別、人権の問題について考
える集いとしたいと思います。 このことは、自殺、いじめ、差別、格差などさま
ざまな問題に直面している日本社会や私たちの生き方を考える上でも 大変有意義
になることでしょう。
ぜひ多くの人たちに講演を聞いていただきたいので、報道機関の皆様方にお知ら
せや報道取材等で取り上げていただ きますよう、よろしくご協力のほどお願い申
し上げます。

●「ヨーロッパの少数民族差別を考える講演会」 
日時:2010年10月30日(土)午後2時~5時 (開場1時30分) 
会場:大阪市立弁天町市民学習センター講堂
(大阪市港区弁天 1-2-2-700 オーク 2 番街 7 階/JR・地下鉄弁天町駅
TEL 06-6577-1430) 講師:ルードウィク・ラーハさん/解説・通訳:金子マーティン
さん 参加費:資料代1000円(学生500円) ・前売券800円(学生400円) 
主催:「ルードウィク・ラーハ講演会」実行委員会
・世話人代表:川瀬俊治/事務局長:渡辺幸重 ・連絡先:〒635-0832 奈良県北葛城
郡広陵町馬見中 4-2-2 畿央大学渡辺研究室

●プロフィール (『スィンティ女性三代記(上) 私たちはこの世に存在すべきでは
なかった』参考)
[講師]ルードウィク・ラーハさん(Ludwig Laher) 1955 年オーストリアのオーバ
ー・エスターライヒ州リンツ市で誕生。サルツブルグ大学でドイツ文学、英文学
と古典文献学を学
び、1981 年に哲学博士号を取得。オーバー・エスターライヒ州サンクトパンター
レオン町在住。二児の父親。著述家で小説、ド キュメンタリー作品、放送劇、脚
本、散文作品など多数発表。オーストリア国籍。http://members.aon.at/ludwig.laher
[解説・通訳]金子マーティンさん(Martin Kaneko) 1949 年イギリスのブリストル
市で誕生。1952 年にオーストリアのケルンテン州フィラッハ市へ移住、1956 年
から日本に移住、
日本で高等学校を卒業。1970 年からウィーン総合大学で日本学、民族学と民俗学
を学ぶ。1978 年に哲学博士号取得、ウィーン
大学日本学研究所の教員となる。1991 
年から日本女子大学人間社会学部現代社会学科の教員、現在に至る。1983 年にオ
ース トリア国籍取得、日本在留資格は永住者。 【日本語著訳書】『ナチス強制
収容所とロマ――生還者の体験記と証言』(明石書店、1991 年)、『「ジプシー収
容所」の記憶―― ロマ民族とホロコースト』(岩波書店、1998 年)、『神戸・ユ
ダヤ人難民 1940-1941――「修正」される戦時下に本の猶太人政策』 (みずのわ
出版、2003年)、『スィンティ女性三代記(上) 私たちはこの世に存在すべきでは
なかった』(凱風社、2009年)、『スィ ンティ女性三代記(下)「スィンティ女性三
代記(上)」 を読み解く』(凱風社、2009年)。


講師:ルードウィク・ラーハさん(在オーストリア、『スィンティ女性三代記(上)
』編著者)
ナチス強制収容所を生き抜き、戦後も少数民族差別と闘う 移動の民・スィンティ
女性の活動を語る
2010年10月30日(土)午後2時より (開場1時30分) 大阪市立弁天町市民学習センタ
ー (JR・地下鉄弁天町駅徒歩3分)
講師:ルードウィク・ラーハさん 解説・通訳:金子マーティンさん
参加費:資料代1000
円(学生500円) ※前売券800円(学生400円)
――ナチスの迫害を受けたのはユダヤ民族だけではない。ジプシー、ツィゴイナ
ーなどと呼ばれ、偏見と差別を受けて きた移動の民・ロマ、スィンティは強制収
容所に入れられ、多くの人間が病死し、餓死し、虐殺された。スィンティの 女性
としてオーストリアに生まれたローザ・ウィンターは家族親族のほとんど全員を
ナチス時代に失った。
ルードウィク・ラーハさんは、オーストリアのスィンティについて伝統的な暮ら
しや考え方を調べ、迫害・差別の歴 史を記録している。強制収容所から生還した
ローザ、ケタニ協会を設立し人権活動を続ける娘のギッタ、そして祖母の 体験、
母の活動を引き継ぐ孫娘のニコル。『スィンティ女性三代記(上) 私たちはこの世
に存在すべきではなかっ た』(日本語版は金子マーティン訳、2009 年凱風社刊)
はラーハさんと3人のスィンティ女性の著作である。
私たちはラーハさんの来日の機会を受け、関西の地においてヨーロッパの少数民
族が受けた差別・迫害と闘いの歴史 をうかがう講演会を企画した。現代に連なる
戦争や差別、人の生き方に関する問題について考え、自殺、いじめ、差別、 格差
などさまざまな問題に直面しているこの日本社会を見直す機会にしたい。

●「もうローザは我慢の限界を超えていたので、逃亡を決心し、徒歩でサルツブ
ルグにいる親族のところまで逃げることにし た。ところが、たった三時間後に捕
まり、手錠をかけられ、サボタージュのかどでサルツブルク刑務所に連行されて
しまった。 そこで一瞬だけ最愛の母との再会が許され、逃亡罪の罰として北部ド
イツのラーヴェンスブリュックへ送り込まれた。ローザは 不妊手術を承諾しさえ
すればさまざまな特権を享受できたにもかかわらず、収容所から解放される良き
日の到来を固く信じ て、最後の最後まで拒絶し続けた。」(『スィンティ女性三
代記(上) 私たちはこの世に存在すべきではなかった』p36) ●「収容直後に髪の
毛を刈られたときから、生きてこの収容所を出られるなど誰一人考えていません
。腹がはちきれるほどパ ンを食い、そのあとに三日三晩熟睡してそのまま死ぬ―
―そうしたことを夢見ていました。一戸の居住バラックは二棟に分か れ、それぞ
れに四〇〇人、つまり合計で八〇〇人が詰め込まれていました。殴打と飢餓で多
くの人が死んでいきました。」 (同書 p71) ●「みんな命を失いましたが、私は
生き残ったのです。よく悩みます。なぜ私が生き残ったのだろうかと。身内の全
員が殺さ れたというのに。母もきょうだいも、最期は毒ガスで殺されました。そ
れ以前に死んでしまった人もいます。一度計算したら、 殺された人は親族や母や
兄弟姉妹など、三〇〇人を超えました。生き残ったのはたったの三人。二人のい
とこと私だけ。」 (同書 p77)



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