[CML 005846] 「都政シンポの報告」の反響 ―都知事選は「誰もが当事者として動くことから」始まる

higashimoto takashi taka.h77 at basil.ocn.ne.jp
2010年 10月 5日 (火) 15:56:00 JST


下記は私の「大津留公彦さんの『都政シンポの報告』への返信」を読んだある東京都民の感想に対する
私のレスポンスです。

Kさん wrote:
> 東京から日本を変えられる可能性は? とにかく誰もが当事者として動くことからしか始まりません。

まったくそのとおりだと思います。

いまもなお「現在都知事選挙勝手連の流れで100ほどのメーリングリストがあ」るとのこと。前回都知
事選時に各地域、各職域などなどに叢篠として誕生した浅野勝手連のあのときの動きを想起してみ
るとそれも宜なるかなと思えるところがあります。いわれるようにあのとき各地域、各職域などなどに
さまざまに群生した勝手連(現在の各メーリングリスト)のメンバーを分流は分流としてのよさを活かし
ながら、かつ、「東京。をプロデュース供廚箸いΑ嵋槊」に再集合させることができれば東京を地響きを
たてて揺り動かすに足る大変な力になると思います。

私の「東京。をプロデュース供廚悗隆待は、そうした都民の動きの権威、権力のない(だから、誰に
対しても対等で、誰でも気軽に参加できる)要たりえてほしい、という期待です。

しかし、上記について、私たちとして注意しておくこともあるように思います。それは、同勝手連はあく
までも「浅野勝手連」であったということにかかわる問題です。私の知る限り、前回都知事選時に結成
された「東京。をプロデュース」は、当初は同都知事選の政党間の共同を実現させるにあたっては60
年代末から70年代にかけて美濃部革新都政を誕生させた「明るい革新都政を作る会」型、すなわち
日本共産党と社会民主党を中心とする政党間と市民の革新共同の道を構想していました。

しかし、共産党が「革新都政をつくる会」(共産党系市民団体。60年代末から70年代時の「明るい革
新都政を作る会」とは異なります)を母体にしていち早く同党系の候補者を擁立したためいわゆる70
年代型の都政革新のための革新共同の道を追求するという同プロデュースの構想の実現は困難に
なりました。やむなく同プロデュースは「ストップ・ザ・石原都政」を確実に実現させようとして「浅野史郎
さんのハートに火をつける会」(以下、「ハートに火をつける会」)の流れに合流し、浅野都知事誕生の
ために動いたという経緯があります。

一方でこの「東京。をプロデュース」のこれまでの構想や動きとは別に「ハートに火をつける会」は民主
党系の学者、支持者が一方の中心となって結成されたという経緯もあり、同会結成以後、同会には民
主党系の諸団体、支持者もたくさん参加するようになりました。その流れの中で結成された浅野勝手
連も少なくありません。この同会結成以後に作られた浅野勝手連の中には「東京。をプロデュース」の
革新統一実現のためのこれまでの努力とは逆向きに共産党を含む革新統一を端(ハナ)から情念的
に忌避する勢力もまた少なくなかった、というのが私の前回都知事選時の「ハートに火をつける会」の
観察です。

「東京。をプロデュース供廚砲肋綉のような経緯があったことを踏まえた上で、党派や思想、信条の
違いを超えた都政革新の「本流」(地域、職域などなどのさまざまな分流をうけとめる力)として多様な
立場のひとびとの結集を今回もめざしていただきたいし、同時にその結集は「明るい革新都政を作る
会」型の統一戦線の構築という同プロデュースの初期の志の道程に列なる道でもあっていただきたい。

それが私の「東京。をプロデュース供廚亡待したいことの内実です。

いま、湯浅誠さんが市民の都知事選候補者としてさまざまなひとびとから名前が挙げられていますが、
湯浅さんは上記にいう党派や思想、信条の違いを超えた結集のためにもまたとない人材であるだろう、
と私も思います。しかし同時に「10.3 都政改革新ビジョン・シンポジウム」のまとめで「知事候補は
知名度で選ぶのではなく政策が必要。今は無名でも押し上げる事が出来る」と述べられたという新東
京政策研究会事務局長の進藤兵都留文科大学教授の言葉もまた真実です。

要は「チェンジ・ザ・イシハラ」「ストップ・ザ・イシハラ」の心をこめた「明るい革新都政を作る会」型の統
一戦線の構築にある、というのが私の考えです。


東本高志@大分
taka.h77 at basil.ocn.ne.jp
http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi




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