[CML 005835] 平和教育の思い出

Hayariki hedomura2 at hotmail.co.jp
2010年 10月 4日 (月) 21:23:25 JST


【PJニュース 2010年10月3日】学校教育で印象に残っているものの1つに小学校以来の平和教育・戦争教育がある。侵略の恥部を隠ぺいし、戦争を美化しようとする反動的傾向が強まりつつある現在とは異なり、当時は「教え子を戦場に送るな」というスローガンが健在で、平和教育も活発であった。地域的にも革新政党が強かった。その影響を受け、子どものころから平和主義、戦争放棄一辺倒だった。

国家のために人を殺すことは悪徳の極みであり、大義名分で粉飾する点が、この上なく醜悪と考えている。広島旅行で訪れた原爆資料館は忘れられない。韓国や北朝鮮の根強い反日感情についても、豊臣秀吉や近代日本に侵略された側の痛みへの共感から当然と理解していた。

その後、さまざまな書籍を読み、勉強した結果、平和教育への疑問もある。例えば戦争の加害者(侵略者)としてよりも被害者としての視点が強い点がある。東京大空襲の被害は強調するが、実は日本軍が東京大空襲の数年前から民間人を対象とする無差別爆撃を中国で執拗(しつよう)に行っていたことは知られていない。これは自己弁護と責任転嫁により正当化し、自国を被害者とする無反省な論調に力を与えている面もある。

中国で行われたサッカーの国際大会で、会場になった重慶の住民から日本の選手・サポーターに強いブーイングを浴びせられたことがあった。この事件の報道に際し、マスメディアは現象を表面的に報道するだけでなく、その背景として日本軍による爆撃の被害があったことも伝えていた。これは物事を歴史的にとらえることができるようになった点でよい傾向である。
http://news.livedoor.com/article/detail/5048744/
http://www.pjnews.net/news/794/20101002_3
また、侵略は悪いと言うが、誰が悪いのかという点はあいまいなままにされる傾向がある。軍部がやり玉に挙げられることがほとんどだが、軍部と絞ったところで依然として固有名詞は出てこない。一億総ざんげという論法は責任の所在を不明確にし、罰せられるべき者の罪を見逃してしまう結果となる。

他にも子供に細かい事情を教えない点、戦争(戦場)の悲惨さは強調するが人々の日常生活までも支配に組み入れてしまう植民地支配や占領支配の過酷さには、あまり触れない点にも不満がある。

また、現在、自らが戦後民主主義の担い手であるかのように振る舞っている政党、新聞社、知識人の欺まんも知った。彼らの多くが戦争中は戦争反対とは一言も言わず、大政翼賛会に合流したり、大本営発表をそのまま報道したりしていた。戦後民主主義の担い手の中に、自らの過去は何ら反省せず、まるで高いところにでもいるような立場から政権を批判する欺まん的な輩がいる以上、団結することも、主流派となることもできない。これは当然である。

それでも私にとって、平和教育が学校からまじめに吸収できた教育の一つであり、これが物事の考え方のバックボーンになっていることは間違いない。私が権力を持つ側ではなく、虐げられた人々の側に立とうと考えた背景には、東急不動産(販売代理:東急リバブル)から新築マンションをだまし売りされた経験が大きい(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年)。しかし、権力を嫌う土台には平和教育があった。

それ故に無前提に「愛国心」を繰り返されても、受け入れることはできない。社会人になって源泉徴収表を見ると「愛国心、税金取られて敵国心」という心境にもなる。むしろ自国や民族の優越性の主張は、自分に自信がもてない輩が自尊心を満足させるための方便である。または悪党が自己の悪行を正当化するための方便である。

ネット右翼などの「従軍慰安婦や南京大虐殺はなかった」、「日本軍は戦争犯罪を何らしていない」という論調にも惑わされることはなかった。戦争になれば必ず虐殺や暴行は起こる。戦争というものがそういうものなのである。

どれだけ軍律を厳しくしても意味はない。戦場で正気を保つこと自体無理である。自由と民主主義を国是とするアメリカでさえ、捕虜への虐待を止めることはできない。ましてや、人権観念の皆無な半世紀前の日本軍では、推して知るべし、である。

また、自虐史観という言葉がはやっているが、これも全く理に合わない。自己の犯罪を自ら糾弾するならば、自分で自分を苛め苦しめることになるかもしれない。しかし戦争犯罪者の戦争責任を追及することは自己を痛みつけることではない。たとえその戦争犯罪者が自国の為政者であっても同じである。さもなければ同じ町に住むチンピラの犯罪を糾弾することも自虐になってしまう。自虐史観という言葉を意識する人はその時点で自己を戦争犯罪者と同列に置いている。【了】



CML メーリングリストの案内