[CML 005804] チベット問題に日本が消極的であるべき理由

Hayariki hedomura2 at hotmail.co.jp
2010年 10月 2日 (土) 11:48:52 JST


【PJニュース 2010年10月2日】中華人民共和国がチベットなどで少数民族を弾圧していると主張する見解がある。この立場は日本社会が中国の少数民族弾圧に無批判過ぎると批判する。特にパレスチナ問題などに敏感な市民運動家らが中国を批判しないことは二重基準と攻撃する。しかし、日本社会が中国の民族問題に消極的であることは賢明である。以下に理由を述べる。

第一に二重基準批判は無意味である。チベット問題に感心がある層が、同じようなエネルギーをパレスチナ問題に注いでいる訳ではない。二重基準批判はチベット問題の運動家に跳ね返るだけである。世の中には不正義が数限りなく存在するが、その全ての問題に神ならぬ人間が取り組むことは不可能である。

第二に日本でチベット問題を取り上げる層の動機に疑念がある。本当にチベット人のことを考えているのではなく、単に中国共産党が憎いだけではないか。市民運動がチベット問題に取り組むならば、反中国の運動に利用されてしまう危険がある。
http://news.livedoor.com/article/detail/5047496/
http://www.pjnews.net/news/794/20101001_3
第三に市民運動には中国に好意を抱き、中国への評価が甘くなるだけの理由がある。中国には平和五原則や非同盟諸国の結成など世界平和に貢献した輝かしい歴史がある。平和憲法を持ちながら、米国の核の傘で再軍備し、冷戦の一翼を担った日本とは大違いである。

単に眼前の状況だけから中国脅威論を導き出すことは短絡的である。それは目の前の火を消すことしか考えない日本人の愚かさである。日本人には過去を水に流して現在の状況だけから未来志向で判断する非歴史的な傾向がある。しかし、それに比べれば中華人民共和国建国からの経緯を踏まえて現代中国を判断することは一貫性のある姿勢である(林田力「中国のプレゼンス増大と日本(2)政治の混迷」PJニュース2010年9月30日)。

このようにチベット問題に積極的に取り組めない理由は複数存在する。ただし、これらはチベット問題に消極的でなければならない理由としては弱い。チベットに不正義が行われていることが事実ならば、いかなる事情があろうと、いかなる思惑があろうと不正義を批判することは悪いことではない。

日本が消極的でなければならない最も重要な理由は、日本に中国の民族問題を悪用した前科があることである。日本は満州族の独立を名目に傀儡国家・満州国を建国した。チベット問題で日本が突出すれば、中国側が偽満州国を持ち出して反発を強めるだけである。それはチベット問題の解決を一層遠ざける。やはり神ならぬ人間は全ての問題に取り組むことはできない。本当にチベット人のことを考えるならば日本は一歩下がることが正しい。【了】



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