[CML 006427] 14日、小田原近現代史講座のご案内&『「韓国併合100年」と「日韓市民共同宣言」』感想・意見

masuda miyako masuda_miyako1 at hotmail.com
2010年 11月 11日 (木) 23:38:14 JST


皆様 こんばんは。犯罪都教委&1・5悪都議と断固、闘う増田です! これはBCCでお送りしています。重複、長文、ご容赦を。  

 件名「小田原近現代史講座・特別編『戦争(侵略&植民地支配)責任を考える』を以下のように行います。前回は中学生も参加してくれていて、とても嬉しかったです。今回も参加してくれるかな? 小田原のご近所の方で、ご都合のつく方は、どうぞ、ご参加ください。            

●日時  11月14日(日)14:00〜16:00

●内容  戦争違法化の歴史について、ベルサイユ条約、国際軍事裁判所憲章、極東国際軍事裁判所条例等の資料で追い、敗戦後65年経った今、「戦争(侵略・植民地支配)責任を考える」意味について話し合い、最後に、このあたりを扶桑社歴史教科書と普通の!? つまり、扶桑社以外の検定済教科書が、どう描き、どのような歴史認識を中学生に育もうとしているのか、読み比べながら考えていきます。       

●資料代 500円

●場所 小田原国際交流ラウンジ
http://www.e-shops.jp/local/lsh/an/14/3084156.html

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 以下は、前回の感想です。真面目で可愛い中学生も参加してくれました。学校の授業は本来、全てが、以下にある中学生の向学心『知る権利』に応えるものでなければならないのですけど…


<小田原近現代史講座・特別編「韓国併合100年」と「日韓市民共同宣言」』感想・意見(10・8・22)>

*隣国に対して、よくも、こんなひどいことをしてきたのだろう…自分が「まるっきり同じことをされてみろ!」と…、愚かな指導者の下にいる民は不幸です。我々の先祖が本当に恥ずかしいことをして、とても心が痛みました。

 洗脳、洗脳で、歴史教科書にも正しい歴史の事実を教えられなかった日本政府だから、8月10日の菅首相の談話に、はっきりと謝罪の言葉を言えなかったのかと思います。
 
 米国も原爆など日本にひどいことをしてきました。現在、米国も竜巻などの災害や銃の乱射etc.犯罪大国となっており、振り返れば、日本も災難大国、いじめ大国、自殺大国となっています。政府がきちんと戦争の清算しないと、国民が清算の肩代わりをさせられることになります。ドイツ・ナチスはユダヤ人を迫害してきましたが、世界に事実を公表し、反省しています。ドイツに学ぶことが大切ではないでしょうか。

 今、日本は弱い立場の人に関心がなく、他国への「援助」はします。「義務」として、やらねばならない、戦争と植民地支配の犠牲者への清算はしないで、「援助」としてカッコ良く、「後進国」に大金の援助をしています。米国への「思いやり予算」は全てとっぱらい、日本が傷つけてきた多くの国の犠牲者に「賠償」していかなかくては、弱い立場の人の苦しみは、いつまでも終わらないと思います。

 一度「侵略」のスィッチが入るとどんどんエスカレートしていってしまう人間の悪い心根、…神なり、仏なり、宗教なりを本当には信じていないのが日本人では? でも、やったことはどこかで清算しなくては…いつまでも、トボケとおせないものだと思います。

 増田先生、こういう普通は知ることのない事実を教えていただき、本当にありがとうございます。本当に素晴らしい人たちと同じ所で学べたことは嬉しいです。


*日清戦争、日韓基本条約は小学校・中学校の授業で少し触れられたことがありました。しかし、学校では、「事実」は事実なのですが、年号とともに、日本側の動き、死者の数、などでした。確かに知っておかなければならないものは歴史教科書にのっています。でも、少し抽象的で、ばく然としていることに、今まで、ものたり無さのようなものをいだいていました。

 わたしは、もっと多くの場面、両方の人の言い分を重ね合わせた、本当の「真実」が知りたかったのです。

 しかし、今回、初めて、この講座に来て、増田先生のお話を聞き、「知りたい」以前に、自分が「知らない」ことが多すぎて、自分の知識の少なさにおどろき、くやしさを覚えました。これから大人になるにつれ、知識をふやしていきたいと思います。そこからさらに、「本質」に近づきたいです。(※中学生の方です)

増田より
 私の話をよく聞いてくださって、ありがとうございます。あなたのような向学心にあふれる中学生を見ると本当に嬉しいです。
あなたが書いているように、現在の文部科学省の「検定」を経た教科書によってだけでは「歴史の真実」「歴史の本質」を見抜くことは、なかなか難しいのです。私は日本政府によって、教育システムが、わざとそういうふうに作られているのではないかと思っていますが…

 でも、あなたのように、「自分の知識の少なさにおどろき、くやしさを覚え」るような中学生、「知識をふやしていきたい」「そこからさらに、『本質』に近づきたい」という中学生が存在することは、この国の大人たちの大きな希望です。

 そういう問題意識をもち、アンテナを立てている限り、この国は一応「自由主義」、一応「民主主義」の国ですから、「歴史の真実」「歴史の本質」を示す情報を得ることは可能です。どうぞ、これからも、その気持ちを持ち続け、学んでいってください。


*今日、初めて来ました。これまで日本人は、つぐないできないほど、大きなあやまちや罪をアジア諸国に対して犯してきました。どんなに言葉で謝っても許してもらえないほどの悪いことをして、私たちは悲しいし恥ずかしいです。
 被害者たちに対して誠意あるつぐないをしてほしいです。たいへん、大きな課題ですね。


*ここしばらく、増田先生の授業で、日本が朝鮮(韓国)にしてきたことえを複数回習い、また、幻冬社の青木裕司著の本(署名は忘れましたが、日韓史についての本で、とても読みやすく、大いに学びました)を読みさすがに覚えの悪い頭にも、日本が長期に亘り、朝鮮に何をしてきたのか、日清・日露の戦争は何だったか、やっとたたみ込まれました。ありがとうございました。

 今日は疲れていたので、眠くなるかと心配しましたが、全くパッチリ、目が覚めたままでした。やはり内容が強烈で印象的でした。本当にありがとうございました。

増田から
 青木裕司さんの本というのは『知識ゼロからの日本・中国・朝鮮近現代史』ではないでしょうか。とても分かりやすいですね。


*6月と7月の講座に出席できなかったことが悔やまれる。今日提起された「植民地主義の清算と平和の実現のための日韓市民共同宣言」の内容は、日韓の歴史が非常にコンパクトにまとめられていて、理解し易かったと思う。この「共同宣言」を基礎にした歴史認識の共有によって、さらに相互の歴史認識の深化が図られることを期待したい。


*またまたあきれた話です。2010年8月11付の産経新聞の「主張」は「日韓併合100年『自虐』談話は歴史歪める」…この、産經新聞記者の頭の中には豆腐でも入っているのかなと思えます。彼はわかっていて、右傾の人にもてる文章を書いたのか、それとも本当に心からそう信じて書いたのか、もし後者なら増田先生の授業に出てしっかり勉強してもらわなければなりません。

 いや、それ以前の問題かもしれません。泥棒(強盗)が盗んだ土地に自分のために勝手に鉄道を敷いたりしたことが、盗まれた人にとって良いことをしたのか、それが光の部分で、たとえば強盗に逆らって抵抗した人を誤って殺してしまったということなどが影の部分なのか、およそこういうことかと思います。

 歴史はこのような主観的解釈、司馬のような希望的解釈で捏造されてしまいます。「真実は一つ」と言っても、解釈の仕方で180度異なってしまいます。そこには捉える側の立場・階層により演繹的解釈が強く入り込むからかと思います。その事実が事実であるとしても、それをどのように捉えるのか、どのような意図で捉えるのか、何のためにその事実を解釈し、活かそうとするのか、などによって歴史(これからもふくめての)は異なってくると思います。

 それはまた、ことばの問題も大きく関わっていると思います。韓国の報道にあるように、韓国外交部が「お渡し」という菅首相のことばを、意識的に「返還」という韓国語に変えて韓国国民に発表したことや、日本が韓国の「植民地化」を「併合」としたことなど。

 歴史を見る上で使われることばの問題もよく考えなければなりません。日本の翻訳はとても上手だと思います。特にうまいのは、日本国憲法の「People」を「国民」と訳したところ、「The War Manual」を「ガイドライン」と訳したこと。 日本語自体も上手にごまかして使っています。「軍隊」を「自衛隊」、「戦時」を「有事」、「侵略」を「進駐」などなど。

 言葉の問題はマスコミに大きな責任があると思います。政府の発表を垂れ流すのではなく、ことば自体とその意味を正確に伝えなければならないと思います。ことばの違いによって受け取るイメージがまったく異なってきます。上記などのことばを正確に報道していたら、受け取る側の認識も異なり、もっと政治状況も変わっていたのではと思えるのです。


*今日の授業では言葉の重み、慎重な言葉の使い方について考えさせられました。

菅総理談話と村山談話を、私はほとんど聞き流していました。村山談話の時は「やっと謝罪した」、菅談話では「貴重な図書について、韓国の人々の期待に応えてお渡しする」という部分について、なんとなく違和感を覚えながらも返すのは当たり前でしょう、くらいにしか思わず、つまり自分で「お渡し」を「返す」に翻訳 して聞いており、それが違和感だったのだと思っています。

 あらためて文章を眼で見て、ことの重大さを今頃知るとは、と反省しています。談話を作成する方 は色々言葉を選んで、後で自分に不利にならないよう、とりようによってはどうにでもなる玉虫色にしているのかもしれない、と心していなければいけないと 思いました。    

 そして、言葉の重みは政治にかかわらず普段の生活の中でしっかり考えて使う習慣をつけることが基本で、それがあれば人とのつながりももっと良くなる、皆が そうなれば結果として政府の談話のごまかしの言葉も、多くの人がおかしいことがあれば気付くということになるのだと自戒を込めて反省しています。 

 それにしても韓国併合について「国際的手順はふんだ、正当だ」と強弁する日本のありよう(支配する側はいつもそうでしょうが)は酷い話なのに、その事実を知っている人があまりにも少ないということに 救いのなさを感じます。 		 	   		  


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