[CML 006330] Re: 東本さん批判?

higashimoto takashi taka.h77 at basil.ocn.ne.jp
2010年 11月 4日 (木) 18:28:15 JST


服部さん

人間は誰もが「たかが」の存在だと私は思っています。そういう意味で「たかが・・・・」というあなたの指摘
には私には異議はありません。故小田実はもう40年以上も前から人間は誰もが「たかが」の存在である
ことを「人間みなチョボチョボや」という彼流の言葉で言い続けていました。40年以上も前からというのは
私が彼の本をはじめて手にしたときから、という意味です。その故小田実のホームページがまだ遺されて
いて、その頁の下の方に彼の全集(全82巻)創刊の案内があります。その全集の内容をひとことで表現
する言葉としても編集者によって「人間みなチョボチョボや」という言葉が選ばれています。
http://www.odamakoto.com/jp/index.html

人間は誰もが「たかが」の存在であること、みなチョボチョボであるという認識は、考えてみれば当たり前
すぎるほどの認識というべきですが、小田のエライところはその当たり前の志節を生涯持ち続けたことに
ある、と私は思っています。

その小田がなぜ「たかが」という言葉を用いずに「チョボチョボ」と言い続けたか。それはひとつには彼が
関西人であったということがもちろん要素としてあるでしょう。お国ことばの表現というわけです。しかし、
もっと重要なことは、「たかが」という言葉はなにかとなにかを比較する際に用いられる表現であるという
ことが大きかっただろうと私は思っています。人間は比較される存在ではないのです。あなたではない私、
私でないあなた、そのかけがえのない一個の生として尊重され、いとおしまれるべき存在といわなければ
ならないように思うのです。

「たかが」という言葉には、もちろん遣われ方にもよりますが、その一個のかけがえのないの生をもしか
したら侮る思惟、差別を容認する思想に転化しかねない危うさを持っているように思えます。そのことに
気づいていたからこそ小田は決して「たかが」という言葉を用いず、「チョボチョボ」という言葉を好んで用
いたのではなかったでしょうか? 左記は私のあてずっぽうな推量にすぎませんが、服部さんに考えてい
ただきたいことです。

付記:
前にも述べましたがこの2週間ほどは多忙につきご返信はしません。ご了承ください。



東本高志@大分
taka.h77 at basil.ocn.ne.jp
http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi


----- Original Message ----- 
From: "服部 一郎" <kamitotomoni at yahoo.co.jp>
To: <cml at list.jca.apc.org>
Sent: Wednesday, November 03, 2010 10:40 PM
Subject: [CML 006316] 東本さん批判?


> 一橋大の服部です。
> 前田さんともあろうお方が、たかが東本さん相手にネチネチと
> 個人批判メールを4回もMLで流すというのはいったいどうい
> う意図からでしょうか。そんなことはわざわざご教示いただか
> なくとも各人が東本さんの意見を判断すれば済むことではない
> か、と。その程度のことはこのMLに参加されている人ならば
> わかるのでは?
> あまりにも大人気ないし、対話のできない人ならば放置しとけ
> ばそれですむことなのではないですか?
> 対話のできない人だ、ということをわざわざMLで多くの人に
> 何度も宣伝する必要なんぞありますかね。もっと受け手の判断
> を信用してもよいのではないですか?正当性をいちいちアピー
> ルしなくちゃならないほど自分の論理について自信がないのか
> 、と思ってしまいましたが。
> 
>


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