[CML 006305] 書評:アイ、ラブ、過激派

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2010年 11月 3日 (水) 06:28:50 JST


僕が革命家?として駄目なのは組織能力がまったくなかったこと 
だ。そして、その才能がなかったことによって僕は革命運動でたいして傷 
を負わずに済んだ。それでよかった。
今、中核派を追い出された時のことをふと思い出している。僕が中核派の 
反戦青年委員会にはいったのは85年、そして追い出されたのが87 
年10月だった。追い出された直接のきっかけは三里塚闘争で北原派 
と小川派とが分裂した時、小川派についたことだった。しかし、中核派は 
小川派の集会をつぶした。僕はひとりで小川派の集会に行こうと中核に宣 
言してしまった。ぶちきれたのは中核派、当時の地区のキャップだった馬 
場というおっさんに「貴様は最悪の反革命で最悪の日和見主義者だ」と言 
われクビ。しかし、こちとらも学生あがりのボンボンではない。15 
歳から働いている。「やかましいわ!お前らにはクロンシュタット 
叛乱を何回でもやったるわ」。この言葉は僕を救った。

早見慶子さんの「アイラブ過激派」を読んでふとそんなことを思った。早 
見さんは今でも過激派をひょっとしたら愛しているのかも知れない。早見 
さんの現在にとっての過激派はかつての戦旗派の仲間であり、自らの青春 
をかけた活動であり、恋人だったのかも知れない。

「そうただのボンクラである私。その最低であることのありがたさ。何も 
なくバカにされるような人生でも私の体験と精神が培ってきたもの。これ 
は私しかもてない。その意味で何十億という魂と私は同等の価値をもって 
いるんだ。もちろんエゴたる私に戻るとき、失った人生の重さに涙するこ 
ともある。だけど、私は自分が小さいんだって本当にわかったことの至福 
感。それに小さくても誰にもない体験がある。それは楽しいことだ。それ 
がわかっただけ、私の人生って素晴らしかったんだと思った」

そう、人間はちっぽけなもの、己を知るということはこのちっぽけなもの 
であるということを知ることだろうか。終章に書かれてある言葉、この言 
葉にいきつくまでに早見さんは無数の煩悶を繰り返したことだろう。
本書は80年代の新左翼運動の貴重なドキュメントであり、記録であ 
る。どんな立派な学者でも、指導者でもこのような80年代新左翼運 
動の歴史は書けないだろう。70年代の学生運動の潮はすでにどこか 
に消えていた。三里塚闘争も分裂し内ゲバが蔓延していた。そして、その 
内ゲバからゲリラ戦争になっていく。組織の内部では官僚主義が覆いゲリ 
ラ戦争に勝つということとセクトの防衛が第一義とされる。批判するもの 
は僕のように「反革命」のレッテルを貼りポイ。そんな時代だった。
最近、全共闘運動の本がよく書店の棚に並んでいる。しかし、全共闘世代 
の負の遺産を引き継いだ80年を担った世代は全共闘運動のような高 
揚感もなく、ただ羊のように官僚の駒にされなければならなかった。
僕も大阪の集会に出て京都まで帰るのに何回も電車を乗り換えて、タク 
シーにのり、さらに迷路のようなところをぐるぐる回って帰った。警察よ 
りも革マル派が恐かったからだ。
実際、当時でも何人も死者を双方で出していた。
しかし、僕は革命家というよりは労働者意識のほうが強かった。だから、 
したたか。活動が嫌になればふっと北海道に行き遊んでいたりした。僕が 
今でも資本主義を憎んでいるのは僕の頭からではなく、酷使された肉体か 
らだ。頭はいい加減にしたらというが、肉体は許さない。だから、まだま 
だたたかうつもりでいる。

早見さんは70年代末から90年代にかけて活動していたのだろ 
うか。最初は民学同での自治会活動、そして、戦旗派と運命的な出会いを 
する。そして、三里塚闘争へ。「私はセクトの勇敢なたたかいに惹かれる 
ものがあった。その一方で殺されていった警官がいる。説得にいった公団 
の人をボコボコに殴り、瀕死の重傷を負わせている。抵抗にしてはひどす 
ぎるんじゃないか、と感じた。意見が対立したときに受ける暴力の苦しみ 
は、警察であろうが、セクトであろうが同じである。私は被害を受けるほ 
うが、相手に被害を与えるよりはましだと思った。」しかし、悩み続ける 
早見さん。だが、悩む間もなく訪れる三里塚反対同盟の分裂と中核派から 
の党派闘争宣言。

中核派は当時、革マル派と熾烈な内ゲバを行っていた。戦旗派など蛇に睨 
まれた蛙である。否応なしに組織は他党派からのテロを警戒しなければな 
らなくなる。そして、アジト生活へ。しかも、比較的緩やかだった規律は 
軍事官僚主義に陥っていく。結果的には新左翼得意の軍事を担える主体づ 
くりというスローガンが出てくる。そして、その具体的方針として山登り 
が提起されていく。「それでも多くのエネルギーを山で酷使することに、 
なかなか意味を見出せなかった。西条さんが指導部会議で『革共同は内ゲ 
バで武装を担う精神的強さをつくってきた。殺しをともなった内ゲバを体 
験していない我々は死ぬことのリアリティーがない。積極的にその訓練を 
するために山行訓練をするという意志統一をしたと き私も隻田さ 
んも反対した...私と隻田さんはそんな時間があるなら、人をオル 
グして組織をつくっていったほうが意味がある、と思った」
僕も90年代戦旗派と仲良くしていた時代があった。彼らの山登りは 
ちいさな山にいくのではない。いきなり沢登りがあるような本格的な登山 
である。そして、いきなり素人を連れて行くのだから無茶苦茶な方針であ 
る。しかし、80年代と言うあの時代、そんな方針がいろんなセクト 
で簡単にほとんど反論もなく通っていった。

さらに戦旗派はロケット弾を開発し成田空港などに打ち込むようになる。 
中核からの内ゲバ宣言、さらに警察からの締め付け、組織はますます官僚 
主義の病に汚染される。すべてがゲリラ戦争のためという口実の下に指導 
者の言葉が神聖視される。さらに女性革命家は「結婚しない、子どもはつ 
くらないという覚悟も」という論文が機関紙に出る。そして、アジトを 
転々とし親や友だちとも連絡がとれなくなる。
早見さんはこの頃から組織に疑問を持つようになるが、それを簡単に仲間 
にも話せない。

「どれほど多くの人間がこのような呪縛を望むというのだろうか? 
私たちは自由になりたくて活動してきたはずだった。しかし、武装闘争と 
自由は仲良くなれないらしい。軍事によって重要な規律。それは自由を排 
斥していく。感情的に引き起こす暴力とは大きな違いがある。感情的な暴 
力は一種の開放感を伴う。逆に組織された暴力は日常的に抑圧だ」
そして、北朝鮮のように相互批判が始まる。
「このように悪いところを指摘しあうのが相互批判だ。人と比較なんてし 
たら、どちらかが必ず何か劣っている。」
「マジメな活動家ほど自分を責めようとする。責めたって、走るのが遅い 
人は早く走ることなんてできやしない。遅い人を許していく人間こそ、人 
間を理解しているはずだ。能力主義に汚染された社会は、効率の悪い人間 
を社会から排斥していく。人間が機械であるなら効率を求められても仕方 
ないだろう。しかし、人間はロボットのように正確に動ける訳ではない。 
不完全な生き物にすぎない」
しかし、時代は変化していた。89年に天安門事件が起こり、東欧革 
命やがてソ連すら地球から消えてなくなる。天安門事件の時誰もが中国共 
産党とたたかった学生を応援した。
だが、戦旗派は違った。「ブルジョア革命」というレッテルが貼られる。 
そして、三里塚闘争からも農民から追い出しを食らう。早見さんはこの頃 
から党への疑問と辞めることを考えたようだ。
「アウグスティヌスは告白の中でエジプトの隠修士アントニウスの話に触 
れている。そのアントニウスは世を捨て、20年砂漠で孤独な生活に 
ふける。その彼の純粋な精神に惹かれて多くの人が集まってきたという。 
本当に美しいものは、何も持たなくても輝いている。その輝きを発見でき 
るのは心を磨いてきた人たちだけだ」
党をやめて無一文になった早見さんはふとこう思う。そして、長い時が流 
れた。戦旗派は消滅したが早見さんは働きながら作家をしている。ひとつ 
のこころの勝利だ。

僕はこの本を読んでよかったと思う。文章も平易で何よりも革命運動はな 
にをなしてはならないかを見事にみずからの体験から描き出されているか 
らだ。同じ80年代をたたかった友人に是非、読ませたい本だ。



小松良介





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