[CML 006279] 書評:早見慶子著『カルト漂流紀オウム編』

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2010年 11月 1日 (月) 23:24:09 JST



ひとつの魂の遍歴

そこには無数の悩みがあり、

喜びがあった。


そして、遍歴の中で打ちしれ、

朽ちていく魂もあるが、

苦悩をつきぬけ歓喜に至る魂もある。


そんな魂の物語。


早見慶子さんの「カルト漂流記オウム編」はそんな魂の遍歴の物語だ。80 
年代、著者は共産主義同盟・戦旗派の活動家だった。8年の組織活 
動と7年のアジト生活という経歴から察して組織の内部で必死に活 
動していたのかも知れない。
「そんな現実にたいする葛藤が私を宗教か社会運動かのどちらかで生きる 
しかない、とまで追い詰めていったらしい。そうでないと人生の意味なん 
てないと、真剣に悩んだあの頃、結局、戦旗派というセクトを選んだ。そ 
んな私の夢も無残に打ち砕かれていった」
ふと、そんな文章に出会った。早見さんも僕も同じ80年代世代。70 
年代の大衆運動の潮は引き、各セクトはゲリラ戦争に挑んでいた。三里塚 
ニ期決戦、国鉄分割・民営化、反天皇制闘争などという言葉が各セクトの 
新聞の紙面を賑わしていた。
僕も80年代から運動を始めた。左翼というと明るくて解放的だと 
思っていた。しかし、セクトにはいった僕はそこには軍事的官僚制が支配 
しているのを見た。何度も内ゲバに動員されかけた。
なんせ初めての会議は驚いた。延々と続く指導部の講釈、それに文句も言 
わず黙って聞いている暗い顔をした活動家たち。そして、命令。
僕は中学を卒業してすぐに働いた。そして、資本論と出会った。労働者と 
してはもうそこそこの経歴をつんでいた。だから、命令にはいつも反抗し 
た。会議はすっぽかす、約束は守らない、こんなネジの一本も回せないイ 
ンテリにがたがた言われる筋合いはないやと思っていた。おおきな闘争も 
平気でさぼって北海道で遊んで いたりした。彼らは革命、革命と 
口を開くと言っていたが職場にも、社会にもそのころ革命はどこにもな 
かった。つねに、反抗的だった僕はついに組織を追い出された-除 
名である。今でもこの除名は僕の勲章だと思っている。僕に革命、革命と 
いっていた全共闘世代のおっさんは転向するか、今、市民運動をしてい 
る。彼らに時々会うことがある。「革命は」というと目をぱちぱちして硬 
直している。あの時代の左翼の暗い雰囲気。真面目に活動などしなくてよ 
かった と今で思っている。なんせこちとらは労働者、学生のアホ 
な革命論につきあってはいられない。生活がかかっている。

話しがそれてしまった。早見さんの選択は僕は正しかったと思う。戦旗派 
とは90年代共闘関係にあったが、彼らは日毎、パラダイムチェンジ 
をしてついに環境派になり解党してしまった。それにボスの金にまつわる 
醜聞もいろいろ聞こえてくる。
しかし、それまで信じていたものを失うと人間は気が抜けたようになる。 
早見さんは93年オウム真理教に出会う。今まで知らなかった世界は 
美しく見えるものだ。そして、オウム真理教と付き合うようになる。だ 
が、やはり宗教も組織、いろんな疑問が彼女の脳裏を過る。そして、結 
局、入信しなかった。そして、ある日夢を見る。

「ここはどこだろう。道場のような広い部屋だ。私は外で順番を待ってい 
る。その部屋には麻原彰晃がいる。そのエネルギーが部屋一面に広がり、 
信者もそのエネルギーの中に取りこめられている。その部屋に入る。する 
とみんな小さくなってエネルギーの中に閉じ込められ、出られなくなるよ 
うだ。つまり、そのエネルギー 場がすべてになるから、出るとい 
うことはそのパワーに打ち勝たなければならない。
緊張する。
私が呼ばれた。
取り込もうとするエネルギー。抵抗する私のエネルギー。どう見ても私の 
エネルギー場のほうが小さい。それでも私は負けまいとしてふんばる。
とその瞬間。
エネルギー場は逆転した...私は自分の夢を麻原彰晃に会うなとい 
う警告だと思った」

その後、オウム真理教は松本サリン事件、地下鉄サリン事件を起こし破滅 
への道を辿る。
僕は教団内部に相当、深刻な問題を抱えそれをそらすためにハルマゲドン 
を唱え、サリン事件に突っ走ってしまったのではないかと思う。
早見さんはそんな中、親しかった信者の安否をきづかう。

そして、彼女を救ったのは愛の思想だった。
「ガンジーのように神の法を知った人は、どんな時でも愛し、育てる力の 
ほうを大切にする。死とは一瞬のものだ。けれども育てるということは責 
任を負う...殺しの反対は育てることである。イスラム教徒への憎 
しみが殺人の原因となったからイスラム教徒を愛し育てることによって、 
心に生じる因を変化させていこうとした咄嗟のセリフ。どんなに貧しくて 
も、聖地にあることの秘密はこういう思想にあるのだと思った」
しかし、彼女の心は晴れない「権力者が支配を強めるための口実にされて 
しまった一連のオウム事件」....

「私は目をつぶった。真っ暗なトンネルをくぐり抜けたら、明るい泉と虹 
のかかった山があった。足元に石が転がっている。
『僕を見て。みんな生きているんだよ。人間たちはそう思っていないらし 
い。自分と違う存在を理解する努力なんてしてこなかったからね。いつ 
も、支配することだけ考えている。そうでしょ。でもそんなことに負けな 
いで石であり続けているんだよ。それが僕が天から与えられた指名。石が 
石であり続けていることで大地を 守っている。僕たちはとても誇 
りに思っているよ』
小さなチャコールグレーの石。目を開けたら私の足元にあった。さっきま 
で存在さえ気づかなかったていうのに。その石がとても眩しく輝いて見え 
た。みんな自分の使命がわかっている自然の世界。私たち人間だけがさ迷 
い続けて道に迷ってしまったみたいだ。」
ふと見た石からそんなことを教えられる。無機質の物質も生命があるとク 
ロポトキンが言っていたような、いないような。

「小さい人間に過ぎない私。オウムの人たちが世間が信じるように決して 
悪い人たちではなかったことを知っている。不幸にして多くの人を殺して 
しまうような事件を起こしてしまった。人一倍真剣に生きたのに悲劇の加 
害者に転落してしまった人生。そんな彼らのことを私は好きだ。刑務所の 
寒さや暑さの只中で、ひたすら 非難を浴びせられる彼らたち。
そういう人を愛さずにはいられない。でも、その一方で彼らに死刑を求刑 
する人たち。オウムに悪魔のささやきをした人たち。そういう人をも平等 
に赦す心に到達した時、私の心に真の愛が芽生えるときだと思った。」
そして、「それでいいのよ。大切なのはあなたが愛を失わないことだか 
ら、赦すことは時間がかかるでしょう。でもそのことがあなたに愛をもた 
らすって、分かってくるからがんばってね」という声がどこからともなく 
聞こえた。

本書を読んでいくに連れて重たい気分になった。オウム真理教は失われた 
20年にはいったばかりの日本社会の縮図だったのだ。僕も含めてこの問題 
に正面から取り組むことはなかった。しかし、なぜ、優秀な若者がオウム 
真理教に入り、人生の意味を見出し、やがて...というメカニズム 
は解明されていない。鉛色の平和な空気が街を覆う。気がつかないだけで 
社会の縮図だったオウム真理教は、日本社会そのものになっているような 
気がふとした。
「このオウムと出会うまで私は左翼だった。オウムと左翼をつなぐライ 
ン。それは人間の意識は楽しいこともいっぱい創造できるというスピリ 
チュアルな体験だ。次の作品は人間の意識の神秘な世界について表現し、 
今回で重くなった心を軽くしていこうと思う」

早見さんの遍歴の旅はまだまだ続く。


小松良介





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