[CML 003934] ツイッター現象と検察審査会の小沢氏「起訴相当」議決について考える

higashimoto takashi taka.h77 at basil.ocn.ne.jp
2010年 5月 2日 (日) 20:02:16 JST


複数のメーリングリストに投稿しております。重複ご容赦ください。

私は先のメール(CML 003891、003899、003910)で現在のわが国のツイッター現象、そのツイッター
のワンフレーズのつぶやきの特性にふれて、私たちがすでにさんざん反省したはずの小泉純一郎流
の「ワンフレーズ・ポリティクス」の小児病的ポピュリズム政治へと再び退行させる蓋然性の大きい現
象というべきではないか、ということ。また、ツイッターの基本的性質としての脈略のないつぶやきは、
私たち日本人が関東大震災で経験したあの忌わしい「流言飛語」という凶器にいつ豹変しないとも限
らないこと。また、私たちが安易に現在のツイッター現象に群がることの危険性について私見を述べ
ました。

上記で私の言う「ツイッター現象の危険性」とは具体的にはどういうことなのか? 先月27日の東京
第5検察審査会の小沢民主党幹事長「起訴相当」議決に関してあったCMLでの反応に即して検証
してみます。

第1。「小沢氏起訴(注:正しくは「不起訴不当」)を申し立てた『市民団体』は『在特会』」(CML003869)
という指摘は下記で述べるとおり誤った指摘というべきですが、その誤った指摘をはじめの段階で
拡散していたのはやはりツイッターでした(注1)。

注1:「『twitter』で周知済でしたが、謎の市民団体『真実を求める会』が検察審査会に小沢民主党
幹事長不起訴を『不服申立て』たのに続いて、『在特会』桜井誠代表と『博士の独り言』島津義広氏
が「不服申立て」に加わったことが事実として確認できました(「杉並からの情報発信です」 2010年
2月10日:http://blog.goo.ne.jp/yampr7/e/441a40d35a2a99ef285c0b608b3fa56e)。

しかし、‘浦瀑嘆饌緝修虜井誠なる人物は「そもそもこの事件で刑事告発をしていない」。「この
事件で検察審査会に申立てできるのは、『告発をした者』でなければならない」のだから、桜井誠な
る人物が「不起訴不当」を申し立てることはできない。△海虜井誠なる人物が自身のブログで公
表している受理書番号第2号と小沢氏についての東京第5検察審査会の議決書における事件番号
第10号は異なる(「上脇博之 ある憲法研究者の情報発信の場」2010年4月30日付より)。したがっ
て、東京第5検察審査会の議決における審査申立人は桜井誠なる人物以外の者ということになら
ざるをえません。
http://blog.livedoor.jp/nihonkokukenpou/archives/51386760.html

第2。同じく「検察審査会の検察審査員は、無作為に抽選で選出されていませんよ」というツイッタ
ー上のつぶやき(CML003869)も虚偽です。このことは同003891ですでに証明していることなので
繰り返しません。

第3。フリージャーナリストの岩上安身氏発の弁護士の郷原信郎氏の見解とされる「これで検察が
起訴するなら、今までの捜査はいったい何だったのか。専門家集団と称する検察などいらない、市
民が起訴すればいい」という市民から構成される検察審査会の存在意義さえ否定するツイッター上
の暴論(CML 003861)も郷原氏の下記の直接の発言と比較すれば正しくないことがわかります。

■郷原信郎名城大学コンプライアンス研究センター長の定例記者レクでの検察審査会の「起訴相
当」議決についての発言(2010年4月28日)
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2010/04/post_558.html

上記発言を読むと、郷原氏は、「公訴権の行使や検察運営に関し、民意を反映させる」という側面
における検察審査会制度はそれ自体として肯定的に評価していて、ツイッター上で見たような検察
審査会の存在意義さえ否定する暴言のたぐいの認識は一切示していません。この例からもツイッ
ター上の言説の危うさと言説としての限界性を知ることができるでしょう(この場合のツイッター上
の発信人はジャーナリストという物書きを仕事とする言論人です。その言論人をしてをや、というこ
とです)。

以上はツイッター的(ツイッター的ブログを含む)情報を根拠に小沢氏及び民主党擁護の自説を補
強しようとするある種の人たちの思想の愚かしさについて述べたものです。

しかし一方で、今回の東京第5検察審査会の小沢民主党幹事長「起訴相当」議決について、検察
審査会制度の「民意を反映させる」側面は評価しながらも、「もし弁護士(元裁判官)が議決書の
作成を補助したというならお粗末な内容。このような『冷静さを欠く内容』と思われる議決書では検
察審査会に強制起訴権限を付与したせっかくの改革が国民から支持されない心配を感じる。法
律家である審査補助員の役割が問われる」(「弁護士阪口徳雄の自由発言」 2010年4月27日)な
どの批判があるのは当然だと思います。今回の東京第5検察審査会の「起訴相当」議決は専門
家ではない法律の素人の眼から見ても少し以上にヒステリックです。

その理由はどうも上記においても阪口弁護士によって少しふれられている「法律家である審査補
助員」周辺にあるようです。この事件の審査補助員について前出の上脇博之神戸学院大学法科
大学院教授が興味深い事実を指摘をしています。この事件の審査補助員となった「弁護士が所
属する法律事務所の『40周年祝賀会』が今年3月25日に開催され、自由民主党総裁の谷垣禎
一衆議院議員ら(中井洽・国家公安委員長らも)が来賓として挨拶して」いたということです(上脇
前出ブログ)。山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』によれば、この弁護士の名前は米澤敏
雄氏。所属する法律事務所の名称は麻生法律事務所(ちなみにこの情報もはじめはツイッター
から取得したようではあります。また、法律事務所の名称の麻生はあの元首相の麻生のことか、
と疑いたくもなりますが、別人の麻生のようです)。同ブログで山崎氏も「政治的中立性は担保さ
れているのか?」と疑問を呈している人物です。東京第5検察審査会の議決がなぜヒステリック
なほどの議決になったのか? おおいに怪しんでいい事実の指摘だと思います。
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20100429/1272491444

検察審査会の問題については次の点も指摘しておく必要があるように思います。市民から選出
される検察審査会であってもその審査が不当な場合もありえるということです。10年ほど前に
地裁、高裁、最高裁、差し戻し第一審、第二審という25年間5回もの裁判を経て、やっと無罪
判決が確定した甲山事件と呼ばれる冤罪事件をご存知だと思いますが、この冤罪事件の端緒
をつくったのは、検察が証拠不十分で不起訴処分にした同事件の「容疑者」を「不起訴不当」の
決議をした市民から選出されたはずの検察審査会でした。同検察審査会は結果として25年も
の苦難をこの無罪判決を勝ち取った当時の「容疑者」に強いてしまったのです。このことは忘れ
てはならないことだろうと思います。

一方、東京第5検察審査会の今回の議決を批判するにあたって「疑わしきは罰せず」という刑事
裁判における原則を持ち出して批判する向きがありますが(たとえば上脇前出ブログ2010年4月
28日付)、この「疑わしきは罰せず」の原則はあくまでも刑事【裁判】における原則であり、検察起
訴の際の原則ではありません。「疑わしきは罰せず」の原則と検察の挙証責任とを混同すべき
ではないでしょう。。「疑わしきは罰せず」の原則は「ある事実の存否が判然としない場合には被
告人に対して有利に」という原則のことです。一方、挙証責任の方は、「「ある事実の存否が判然
としない場合においても挙証責任を負えるだけの合理的な疑いがあれば足る」とする考え方の
謂のはずです。両者を混同して検察審査会の起訴議決のハードルを高くすることには慎重であ
らねばならないだろう、と思います。


東本高志@大分
taka.h77 at basil.ocn.ne.jp
http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi



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