[CML 004648] 『ザ・コーヴ』『靖国』上映妨害は表現の自由の侵害(中)
Hayariki
hedomura2 at hotmail.co.jp
2010年 6月 22日 (火) 22:48:58 JST
【PJニュース 2010年6月22日】(上)からのつづき。第2に制作過程への非難がある。『ザ・コーヴ』は隠し撮りという手法が攻撃された。『靖国』も、出演者の刀匠・刈谷直治氏が真意を説明されずに撮影されたとして、出演部分の削除を求めているとの報道がなされた。この制作過程への非難は、表現の自由という論点をそらすものでしかない。表現の自由との関係で『ザ・コーヴ』や『靖国』を論じる上で、制作過程の問題に触れる必要はない。
問題は映画館が上映を中止したことである。直接の中止理由は上映に抗議する右翼団体などの威嚇的・暴力的妨害を恐れたことである。圧力によって上映が中止された事態を表現の自由の危機と受け止め、抗議の声を上げた。
http://news.livedoor.com/article/detail/4841459/
http://www.pjnews.net/news/794/20100620_6
問題は圧力がかけられたことであって、圧力をかける動機となった理由ではない。圧力の理由はいろいろ考えられる。日本の問題点を直視する映画が許せなかったからかもしれない。『靖国』ならば十五年戦争における日本の侵略性を明らかにすることを恐れたことかもしれない。映画の内容以前に日本、中国、韓国の合作映画で真のアジア友好を目指すというコンセプトが気に入らなかったのかもしれない。それらの理由で抗議したのでは表現の自由の侵害との批判に立ち向かえないから、表向きは制作過程の問題を声高に叫ぶ方針に変更したのかもしれない。
真の理由が何であれ、表現の自由との関係で問題は理由ではない。日本は法治国家であり、自力救済は禁止されている。仮に映画を否定することに正当な理由があったとしても、圧力をかけて上映を中止させることは認められない。当該映画の制作過程に問題があったとしても、それ故に圧力をかけて上映中止に追い込むことは正当化されない。
上映支持派にとっては、映画の制作過程の問題は論点とは無関係な問題である。恣意的な圧力により上映が中止になる事態を問題視しており、圧力の動機に理由があろうとなかろうと問題ではない。自説を正当化するために、当該映画の制作過程に問題がないことを主張する必要さえない。
もし映画批判者が「反日」的表現を抑圧するという、表現の自由を損なうことが目的ではなく、純粋に制作過程の問題について問題提起したいならば表現の自由を損なう手段を採るべきではない。当該映画の制作過程に問題があったと指摘し、当該映画が映画制作のルールを逸脱しており、上映に値する作品ではないと主張することは自由である。それも一つの映画批判になる。
しかし、それは上映を妨害しようとした右翼団体の抗議活動を正当化することにはならない。上映中止を表現の自由の危機と捉えて立ち上がった上映支持派に対する批判にもならない。その点が混同されている限り、『ザ・コーヴ』や『靖国』は表現の自由の問題であり続ける。【つづく】
林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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