[CML 005135] 辻元清美の社民党離党 社民党的なものの見方の限界と愚かしさについて(その1)

higashimoto takashi taka.h77 at basil.ocn.ne.jp
2010年 7月 30日 (金) 12:12:15 JST


辻元清美氏の社民党離党劇について少し私の感想を述べておきます。辻元氏の同党離党劇に実の
ところ私は少しも驚いていません。ついにくるべきものがきた。辻元離党劇の序幕は随分以前から見
ていたような気がするからです。

そのひとつの理由。社民党内にはもともと民主党連立内閣離脱に関して同党12人の国会議員(当時)
のうち又市征治副党首、重野安正幹事長、阿部知子政審会長ら同党重要幹部=国会議員の大半が
消極的な態度を示していたという報道があったこと。その連立残留派のキーパーソンのひとりが同党
の看板議員(国土交通副大臣)としての辻元氏でした。

■連立離脱か残留か、悩む社民…普天間問題(読売新聞 2010年5月25日)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20091215-481540/news/20100524-OYT1T00938.htm
■連立残留めぐり社民 一転、内紛状態に(産経新聞 2010年5月28日)
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100528/stt1005280122000-n1.htm

もうひとつの理由は辻元清美氏に対する私の評価に関わってくるのですが、同氏が1996年に当時
の社会党の衆議院議員になった頃から私は彼女に一種独特の権力志向の臭気を感じていました。
辻元氏が最初に世間に認知されたのは『ピースボート』事業(「平和」と「アジア諸国などとの交流」を
売りにした船舶旅行事業)の成功においてでしたが、その当時から彼女にはその対象がジャーナリ
ストであれ政治家であれ財界人であれその分野の〈著名人〉を自らの事業に巻き込み、共同行動を
とることに抜群の手腕がありました。

その彼女の手腕が超党派のNPO議員連盟の結成やNPO法の成立に結実していったということは
いえるわけですが、一方でそのNPO法は、市民自治が最重要視されなければならないNPOの分野
でその許認可権を行政権力に委ね、NPOの活動の自由を縛るなどの妥協の産物ともいえるもので
あり、市民自治にとって問題の多い法案でもありました(同法案には当初「(特定の公職の候補者、
政党などへの)推薦、支持、反対をするものではないこと」という憲法で保障された「思想・信条・良
心の自由」を根底的に否定する政治活動制限条項が規定されていましたが、同制限条項を緩和す
ることで最終的に全会一致の合意をみました)。辻元氏はその社会運動家としての、また国会議員
としての妥協の過程で、あるいはまた大物政治家、あるいは大物ジャーナリストなどとのつきあいの
中で自らが権力の穴熊に堕ちるということはなかったか。あった、というのが私の15年来の辻元観
察(あくまでも印象観察にすぎませんが)、辻元評価であり、上記で述べた辻元離党劇の序幕は随
分以前から見ていたような気がする、という理由でもあります。

ただ、例の辻元逮捕のとき、私も辻元逮捕の不当性を糾弾する抗議署名に賛同していることも付記
しておきたいと思います。

さて、辻元離党劇の問題性は、社民党にとっての問題性と辻元氏自身にとっての問題性の2通りに
わけて検討してみる必要があるだろうと思いますが、辻元氏自身の問題性は大きくいって次の2点
にある、というのが私の見方です。

第1点。辻元氏は自身のブログで「これからは無所属議員として活動を始めます」と述べていますが、
しかし、これは井原勝介氏(前岩国市長)が指摘していることですが、辻元氏は社民党の公認を得て
議員当選を果たしている。「公認を得て選挙を戦うということは、政党の看板を背負うことであり、そ
の看板に対しても責任を持つ必要がある。」「一つの理念を掲げて政党に集い、政党を通じてその
理念と政策の実現を図るというのが、政党政治の本来のあり方である。その政治の基盤となるべき
政党と袂を分かつというのであれば、議員辞職する覚悟を持つべきである」ということです(「辻元清
美の離党」 井原勝介ー草と風のノートー 2010年7月28日付)。「私は社民党を離党します。これか
らは無所属議員として活動を始めます」では済まないのだ、と私は思います。辻元氏は自らの行動
に筋を通そうとするのであれば一旦議員辞職するべきでしょう。
http://ihara-k.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-003e.html

第2点。もう1点は辻元氏が27日の大阪での離党表明記者会見で述べた「政権交代を逆戻りさせ
てはならない」「政権の外に出ると、あらゆる政策実現が遠のく」(読売新聞 2010年7月27日)という
発言の問題性です。辻元氏は自民党政権から民主党政権へと変わった昨年夏の衆院選での「政
権交代」を絶対視しているようですが、政権交代で重要なのはいうまでもなく政権交代という形では
なく、その政権交代の結果として政治変革、政治の中身が変化したかどうか、ということです。自民
党政治の延長に過ぎない政権交代は政権交代の名に値しないのです。民主党政権は自民党政治
に決別しえたか。普天間基地問題に象徴される民主党政権の対米従属、民意無視の政治姿勢を
見る限り、民主党政権の政治は自民党政治の延長であり、というよりもさらに悪質化しており(たと
えばSCC共同声明参照)、自民党政治に決別しえたとはとてもいえません。それを単純に「政権交
代を逆戻りさせてはならない」などと言ってしまう。ここに辻元氏の信念に基づく「理念」の実現より
も「権力」によるまやかしの「理念」の実現(すなわち「理念」の非実現)の方を重要視する権力志向
の姿勢がよくあらわれていると見るべきでしょう。

また辻元氏は「政権の外に出ると、あらゆる政策実現が遠のく」とも言うのですが、この発言も実
現するべき「政策」「理念」、さらには「政権」の質を問わないきわめて理不尽かつ非理念的な言表
にすぎません。政策実現とはなんの政策実現なのか。その政策実現とは市民的な政策の実現の
謂いにほかならないでしょう。そうであれば「政権の中」がそもそもその市民的な政策の実現には
ほど遠い空間、空洞にすぎないということはありえることです。まさに自民党「政権の中」が市民的
政策の実現という点では空洞そのものでした。そうした空洞の「政権の中」にあってどのような「政
策実現が近づく」というのでしょう。離党表明記者会見で述べた辻元氏の「論」は空論以外のなに
ものでもないものです。というよりも、自らの行動を正当化しようとする自己弁護論といった方がよ
り正鵠を射た見方というべきでしょう。

さらに千葉県議の吉川ひろしさんが指摘されていることですが、この「政権の外に出ると、あらゆ
る政策実現が遠のく」という辻元発言は、「戦前・戦中のなかで政権の弾圧によって殺された少数
派の人々や権力と死に物狂いで闘った団体の存在までも否定する」(CML 005115)マイノリティー
否定、市民運動否定の論ともいわなければならないでしょう。すなわち辻元氏は自らの母体とも
いうべき市民運動を否定することによって自らの若き日の人生までも自己否定しているということ
にもならざるをえないのです。しかし、その市民運動が自らの権力志向の具でしかなかったとすれ
ば、社会運動家出身という彼女のトレードマークは所詮仮=贋の姿でしかなかったということにな
るわけですから自己否定ということにはならないでしょう。

大津留公彦さんの好意的な辻元評価はわからなくはないのですが、若き日の辻元清美の勇姿が
大津留さんが見られたとおりだったとして、残念なことですが、辻元清美はどこかの節目で変節し
てしまったのでしょうね。私の辻元評価はそういうものです。

参考:
■辻元清美衆議院議員の社民党離党に思う(大津留公彦のブログ2 2010年7月27日)
http://ootsuru.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-a847.html
■辻元清美衆議院議員の社民党離党に思う2(大津留公彦のブログ2 2010年7月28日)
http://ootsuru.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-76db.html

少し長くなりましたので、辻元離党劇と社民党にとっての問題性とのつながりの問題は改めて明
日書くことにします。


東本高志@大分
taka.h77 at basil.ocn.ne.jp
http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi



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