[CML 005109] 「Re: 阿久根市長が仙波敏郎氏を選任のニュース」という私の記事への反論の反論

higashimoto takashi taka.h77 at basil.ocn.ne.jp
2010年 7月 28日 (水) 18:20:55 JST


baraさんがご自身のブログ「薔薇、または陽だまりの猫」(2010年7月26日付)で私のCML 005082の
記事を紹介してくださっています。

■阿久根・竹原市長が仙波敏郎氏を副首相に「専決」選任のニュース/東本高志(CML)
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/e3efd348481feb026f7388ee13c9c84b

その私の記事に「電灯」さんという人が下記のようなコメントを寄せていました。

「東本高志さんという人の、『民主主義』というものの理解の程度が端的にあらわれた一文だとおも
う。/阿久根市長のやっていることは地方自治法違反の可能性がかなり高いと私もおもう。/しか
し、東本高志さんのいうように、それは「明らかに民主主義に反する決断」なのか?/市長は、地
域住民の強い支持を得ているらしいではないか?/つまり、市長は住民の支持のもとに、違法な
ことをやっているのである。」(全文は最下段に転記しておきます)

しかし、この「電灯」さんという人の認識の方こそ「民主主義」というものをよく知らない人の一知半
解の「論」というべきものでしょう。以下、同コメントに対する私の反論的応答です。CML上での投
稿へのコメントですので外部コメントではありますが本ML上でも反論させていただくしだいです。

反論の前に次のことを指摘しておきます。「電灯」氏は「明らかに民主主義に反する決断」という先
の記事における私の言葉を引用し、それが「阿久根市長の決断」に対する私の批判であるかのよ
うに「論」を進めていますが誤りです。私は先の記事で次のように書いています。「今回の仙波氏
の決断は明らかに民主主義に反する決断といわなければなりません」。「明らかに民主主義に反
する決断」とは阿久根市長ではなく、仙波氏の決断のことを指していることは明らかです。

さて、反論です。

まず第1に「電灯」氏の「論」の前提としての「(阿久根)市長は、地域住民の強い支持を得ている
らしい」という事実認識が誤っています。阿久根市のホームページの「選挙の結果」の頁によれば、
昨年5月の同市出直し市長選の投票結果は現市長の竹原信一氏は8,449票の得票、反市長
派の対立候補の田中勇一氏の得票は7,887票。その差562票。この選挙結果を見ても「(阿久
根)市長は、地域住民の強い支持を得ている」ということはいえません。反市長派は阿久根市長
に562票差まで迫る健闘を見せている、というのが常識的な選挙結果の見方のはずです。
http://www.city.akune.kagoshima.jp/sigi-senkyo/senkan_kekka.html

さらに同出直し市長選以後の竹原阿久根市長の法を無視した独断専行の市政運営について市
民の多くはリコールの準備を進めていますし、阿久根市職員の9割も「違法状態が長く続くことは
許されない」として“反乱”(上申書提出)を起こしています。どこから見ても「(阿久根)市長は、地
域住民の強い支持を得ている」とはいえないでしょう。

■阿久根市長リコールへ 市民団体が準備委発足(南日本新聞 2010年5月30日)
http://www.373news.com/modules/pickup/index.php?storyid=24256
■阿久根市長に職員9割“反乱”…法令守れと上申書(読売新聞 2010年6月26日)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100626-OYT1T00157.htm

第2。「市長は住民の支持のもとに、違法なことをやっているのである」「民衆に支持されている
からこそ阿久根市長は独走できる」という認識も誤っています。というよりも、「住民の支持のも
とに、違法なことをやっている」という「電灯」氏の認識は、「民主主義」というもの、また住民の
「信託行為」の結果としてある「議会制民主主義」というものの本質をまったくわきまえない驚く
べき痴呆的認識といわなければなりません。

民主主義は法治主義の謂いでもありますが、その法治主義のもとでは法に反する一切の違法
行動は例外なく司直によって罰せられます。それが仮に「住民の支持のもとに」行う違法行為
であってもその行為が「違法」であれば当然罰せられます。「電灯」氏はまずそのことがおわか
りでないようです。

また住民は、ある代表者(ここでは市長)を「信託」する投票行動=選挙において、ある代表者
の当選以後の政策決定権について全面委任して投票しているわけではありません。投票行動
とはある代表者に対する有権者の期待値の表明でしかありません。ある代表者がその有権者
に期待値に背くとき有権者はリコールなどの直接請求権を用いてある代表者を解職することが
できるのです。そのことがなりよりも投票行動は有権者の期待値の表明でしかないことの証明
になりえています。そのほかにも三権分立制度、その機能のひとつである行政権に対する議会
制度などのしくみも有権者の投票行動=代表者への全面委任ではないことを証明する政治シ
ステム上の保証制度ということができます。

第3。「電灯」氏のいう「民衆の圧倒的支持が、違法な結果を招くことがあるのは、ヒットラーを
典型例として、政治学・憲法学の常識だ」というのはそのとおりです。が、「だから、民主主義的
要素をいかに制御するかは、政治学・憲法学のテーマになっている」という認識は誤りです。

上記で「電灯」氏のいっているのは大衆社会論の問題なのですが、その大衆社会論において
政治学・社会学の「テーマになっている」のは、「民主主義的要素をいかに制御するか」という
問題ではなく、逆に「議会制民主主義基盤の脆弱性がファシズム台頭の要因であった」ことに
対する深い反省的省察です。E.フロムの『自由からの逃走』をはじめとする現代の大衆社会
論はすべてその反省が考察の出発点になっています。また、メディア、ジャーナリズムの現代
の「ウォッチ・ドッグ(権力に対する監視者)」論もファシズムの時代にナチス・ヒトラーなどファシ
ストの扇動の道具としてメディアが利用されたことの反省がその論の出発点になっています。

「電灯」氏の「論」に一片の道理もありません。


参考:「電灯」氏のコメント Unknown (電灯) 2010年7月26日:
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東本高志さんという人の、「民主主義」というものの理解の程度が端的にあらわれた一文だとおもう。

阿久根市長のやっていることは地方自治法違反の可能性がかなり高いと私もおもう。

しかし、東本高志さんのいうように、それは「明らかに民主主義に反する決断」なのか?
市長は、地域住民の強い支持を得ているらしいではないか?
つまり、市長は住民の支持のもとに、違法なことをやっているのである。

民衆の圧倒的支持が、違法な結果を招くことがあるのは、ヒットラーを典型例として、政治学・憲法学
の常識だ。だから、民主主義的要素をいかに制御するかは、政治学・憲法学のテーマになっている。

ところが、地方自治の場合、首長は住民の直接選挙で選ばれる。つまり、内閣総理大臣の場合より、
民主主義的基盤が強いようにわざわざ制度設計されているのだ。そして民衆に支持されているから
こそ阿久根市長は独走できるのであり、端的に言えば、住民の民主主義と地方自治法が矛盾対立
しているのがコトの本質である。
だからこそ、問題は根深く、かつ部外者にとっては成り行きが面白い。

東本高志さんという人は、「民主主義」ということばの前で、思考停止してしまう人だったのだな。
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東本高志@大分
taka.h77 at basil.ocn.ne.jp
http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi



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