[CML 004983] 「寺島実郎が主権者の権利侵害キャンペーン」というメールへの応答

higashimoto takashi taka.h77 at basil.ocn.ne.jp
2010年 7月 18日 (日) 18:05:37 JST


最近加入したばかりの小選挙区制関連のあるメーリングリストを通してフリージャーナリストの林克明さん
から寺島実郎が「国会議員の定数削減という、とんでもない暴論を主張し続けている」というメールが発信
されてきました。
http://kusanomi.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-3e07.html

以下は、林メールに対する私の応答です。寺島実郎という流行評論家(似非「革新」の徒)の正体を広く
ご認識していただくためにも本MLにも同文を転載させていただこうと思います。

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林さん、ご論拝見しました。

おっしゃるとおり寺島実郎は国会議員定数削減のプロパガンダの徒と化していますね。

というよりも、寺島実郎という人はもともとそうした保守的な思想を持つ人なのでしょう。私は彼の存在を
認識したのは筑紫哲也の「NEWS 23」にたまに出ていたあたりからですが、彼の発言を聞いて、私は
ついぞ寺島実郎を「革新」の徒などと思ったことはありません。林さんのおっしゃる寺島の「テレビを見て
いても落ち着いた態度とその口ぶり、冷静に見える説明の仕方」は、私にはすべて「ような」というカッコ
ウつけにしか見えません。すなわち、一見「落ち着いた」ように見えるが実はそうではない。一見「冷静」
のように見えるがこれも実はそうではない。筑紫哲也存命中は、番組で筑紫も寺島実郎の発言を相対
化していたように思います。すなわち、寺島にそれほどの存在感はありませんでした(筑紫には眼識力
がありましたし、筑紫のほうが寺島より「革新」的でしたから、当然そういうことになります)。

寺島が「言論界の重鎮のような感」を帯びてきたのは筑紫の死以後のことのように思えます。寺島は朝
日新聞や同紙系列のテレビ朝日の「報道ステーション」などでも重用され「重鎮」的様相を帯びてきまし
た。しかし、それは、朝日新聞や報道ステーションの中身のなさに相応して彼の発言が相対的に「重み」
を帯びて見えた、ということでしかなかった、あるいはないだろうと思います。対手がエンタメ出身の(政
治的には無教養な)古舘伊知郎程度の人ですからこれも当然そういうことになるでしょう。

上記のことなどと相俟って雑誌『世界』などのいわゆる進歩・リベラル系の雑誌、また護憲系のマガジン
が彼を重用してきたことも寺島を「重鎮」ぶらせている、さらには国会議員定数削減のプロパガンダの
徒たらしめている大きな一因になっているようにも思えます。私は『朝日新聞』『世界』などの世間から進
歩・リベラル系と見られているメディアが寺島実郎を重用することに同紙誌の反動性(もちろん、相対的
な)と見識のなさを見て不快感と(『世界』が輝いていた時代に知的恩恵を受けた者として)痛恨の思い
を拭えません。

雑誌『世界』が寺島実郎を重用している実例を挙げておきます。下記の寺島の発言は『世界』(2007年
10月号)に掲載されているものです。

「ともあれ、日本の政治状況は『二院制の意味』と『二大政党制の意味』が問われる局面に入った。数の
論理だけが議論を封殺して押し切るのではなく、政策論の妥当性が吟味される時代なのである。代議
制民主主義にとって試練の時である」(「何故、自民党は大敗したのか―2007年夏、見えてきたもの」)。
http://mitsui.mgssi.com/terashima/nouriki0710.php

これだけの引用では上記で寺島の言う「二大政党制の意味」とはなんのことかよくわかりませんが、よく
読めば、下記の山口二郎氏と宮本太郎氏の共同論文に言う「二大政党制の意味」と相呼応するもので
あることがおわかりいただけるものと思います。山口・宮本論文は結論部分で次のような「二大政党制」
への期待感を述べています。「九〇年代から始まった政治改革や政党再編の試行錯誤は、最終段階
に入った。右側に新自由主義路線を取る保守政党、左側に福祉国家路線をとる社会民主主義・リベラ
ル政党が対置するという世界標準の二大政党制の姿がようやく現れつつある」。両者とも「2大政党制」
論の枠内の中での論というべきものです。そしてこの山口・宮本論文が掲載されたのも雑誌『世界』(20
08年3月号)です。いまや雑誌『世界』がどのような役割を果たしているかがわかろうというものです。
http://www.csdemocracy.com/ronkou/yamaguchi080301.html

注:山口二郎氏らの上記の考え方の基調にあるのは「創憲論=改憲論」という考え方です。この「創憲
論=改憲論」の考え方の危険性については「<佐藤優現象>批判」の筆者の金光翔さんの明確な批
判があります(『<佐藤優現象>批判』(『インパクション』第160号(2007年11月刊)掲載)【下】の「9.
『平和基本法』から〈佐藤優現象〉へ」の項)。ご参照ください。また、その中で金さんが紹介していること
でもありますが、共産党の上田耕一郎氏も「『立法改憲』めざす『創憲』論」(『世界』1993年8月号)という
論稿で山口二郎氏らの考え方を批判しています(同上の注(60)。詳細は煩瑣になるため省略)。
http://gskim.blog102.fc2.com/blog-entry-25.html

そういうわけで寺島実郎が現在のメディア界で「重鎮」的立場にいるのならばなおさら同氏の論の実質
としての保守性を明らかにしていくことが私たちにとって今後の重要な課題のひとつになろうか、と思い
ます。以下、その寺島実郎批判の手がかりになる論稿を紹介しておきます。内容は煩瑣になるため、
これも省きます。各自ご参照ください。

■寺島実郎氏のグローバリズム批判(上)(水野杏介 2002年6月15日)
http://www.jlp.net/syasetu/020615b.html
■寺島実郎氏のグローバリズム批判(下)(水野杏介 2002年6月25日)
http://www.jlp.net/syasetu/020625b.html
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東本高志@大分
taka.h77 at basil.ocn.ne.jp
http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi




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