[CML 004840] 沖縄は平和の果実を享受しているか 雑感

hagitani ryo liangroo at yahoo.co.jp
2010年 7月 6日 (火) 01:07:59 JST


萩谷@幸福の赤いハンニチです

 先日の池田香代子さんのブログに次のような一節がありました。(べつに池田
さんにレスをお願いするわけではありません、念のため)

> それには、このくにがこの65年間に実証してみせた本当の平和のことを、まず
> 私たち自身が知らなければなりません。なぜか私たちの多くは、そのことを知
> りません。奇妙な目隠し状態と言っていいでしょう。目隠しのゴーグルをかけ
> られ、平和な現実の代わりに見せられるのは、殺人や、子どもたちの犯罪の映
> 像……そう、テレビのニュースです。テレビのニュースは、平和という現実を覆
> い隠して、別の何かを見せ続けます。一昔前ならニュースにはならなかった事
> 件が、ひとたび起こると連日しつように繰り返して報じられているのです。そ
> れで、私たちはあたかもこの社会が安全ではないと思い込んでしまう。

> 沖縄は平和の果実を享受しているか
>  http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/archives/51433620.html
>   


 これに関連して、きのう、次のような記事が出ました。

1.犯罪報道はテレビニュースのふくらし粉
└ http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/archives/51434447.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

> ほんとに目からウロコです。池上さんは、NHK地方局の社会部記者として出発
> しました。当時、頻発する少年犯罪に、池上さんたちは、「また子どもの事
> 件? 名前も顔も出せないんだろ、ボツだ」と言っていたそうです。それが今
> や、必ずローカルニュースどころか、全国ニュースになります。神戸の児童連
> 続殺傷事件以降のことだそうです。こうしたことが、犯罪は増えている、と私
> たちが思い込む原因なのだろうと思います。いつぞや、NHKの定時ニュースま
> でがトップで殺人事件を報じていて、あきれるやら嘆かわしいやらでした。
>
> 私は対談では、「漠然とした不安が私たちにあるのはなぜなのだろう」と発言
> していますが、私たちの不安にはれっきとした理由があります。将来の暮らし
> はどうなるのだろう、社会保障や健康保険は持続可能な制度なのだろうか、子
> どもが社会に出てもやっていけるだろうか……それを、犯罪の発生と短絡させ
> て、本来の不安の理由から私たちの目を逸らせようとする力がはたらいている
> のではないか、そして、犯罪防止の名目で私たちの自由をせばめるような規制
> 取り締まりを強めようとしているのではないか、そう勘ぐりたくなるような、
> 犯罪報道が幅をきかせる昨今のニュースです。

 勘ぐりも焼き栗もありません。当然の話です。


 神戸事件については、私は少年A冤罪の立場を取る人たちの中に加わって、自
分でもそのためのホームページを作りました。どういう筋の人が見るのかしりま
せんが、都合で更新をやめてしまってからも、ヒット数は増え続けています。

http://w3sa.netlaputa.com/~gitani/index.htm

*トップページに載せた「A君を無罪とせざるを得ない11の理由*」、また

*「私がA少年寃罪を信じるに至るまで」
http://w3sa.netlaputa.com/~gitani/essai/pourquoi.htm
をお読みいただけると、ありがたいです。

*
 このHPをごらん頂けばわかるように、A少年犯人説というのは、現場の状
況、検面調書などのいずれの面から見ても根拠のないものです。名のある知識
人、ジャーナリストが集団的妄想に踊ったのです。


 まちがいなく、少年事件は、当局の陰謀にもとづいて喧伝されています。昭和
23年に少年法が改正されて現行のものになったとき、その年にすでに、少年法
改正で日本の子どもは悪くなったという法務省の宣伝が行われているのですから
(憲法もそうでした)。支配層の「戦後」に対する憎悪が窺われます。

(私がA少年冤罪を唱えるからと言って□○などと言う連中は、厚生省の村木厚子
元福祉部企画課長の裁判や、足利事件のことをどう思ってるんだか)

     *   *   *

 日本が平和だというのは気恥ずかしいものです。

 この国の平和は、朝鮮戦争、ベトナム戦争を利用した「奇跡の経済復興」によ
るものだからです。それでもほんとうに国内が満足ならまだしもです。
 
 この平和には、公務員のスト権という裏打ちがありません。だから、平和を守
るためにはゼネストだ、なんてことが言えません。ストは、アリストパネスの
「女の平和」以来明白なように、労働者の最低限欠かせない権力の行使です。そ
れがない日本の平和は、自力の平和ではない・・あるいは、自力で平和を探るこ
とがきわめて困難な状況でかろうじて維持してきた脆い平和だということになる
のではないでしょうか。平和憲法は出発点ですでに裏切られていたわけです。

 安全のための最低基準を法律どおり守って国電を運行する「順法闘争」が「社
会の迷惑」と指弾され、いわれなき憎しみを買った国労が、整備新幹線の赤字の
責任を背負い込まされて、勤め先を「民営化」で失い(財界人が「民」と名乗る
ばからしさ)、それは俺のたくらみだと中曽根康弘がテレビで公言するのが、こ
の国の平和です。(ここには、日本社会に横溢するヤッカミ根性と、江戸期以来
の日本の伝統である権利抑圧迎合傾向があります)。

 不満だらけの暮らしを平和と呼んで享受しなければならない出口なしの国民に
は、スケープゴートが必要なのでしょう。

 過労死などと騒がれる以前から、そもそも法律の保障する有給休暇さえ、完全
に消化することは、恐れ多くてできませんでした。多くの中小企業では有給休暇
制度そのものが認められずにきたではありませんか。西アフリカ西端のギニアみ
たいな貧乏な独裁国のしがない髪結いの女性でもバカンスを1ヶ月とるのはあた
りまえなのに。

 そして松下や生長の家などが、滅私奉公を美化するモラルを説き、労組を悪者
にしてきたのです。いまも稲盛和夫などという悪質な経営者が崇拝されています。

 1979年に批准した国連人権A規約13条により、教育の無償化を義務付けられて
いるのに、その実施を猶予するという但し書きが以来30年まかり通り、それをほ
んのちょっと実行しようとした鳩山政権が批判され(鳩山が規約のことをはっき
り言ったのは、たぶん施政方針演説の中で1回だけだったと思いますが)、フィ
ンランドやコスタリカの教育は無償だということが、あたかも特別のことのよう
に語られるのが、日本の平和です。
 私はアルジェリアで若い女性に「日本はモチロン大学もただなんでしょ?」な
んて聞かれたものです。アルジェリアでさえ教育は無償なのです。そしてそれが
世界の常識だと、ヒジャブをまとった若い女性が知っているのです。どっちが
「地の果て」か。

 教育費ばかりか、住宅費の負担がのしかかり、いくらGDPが世界第2位など
といっても、貯蓄額が1400兆だといっても、誰にもそんな実感は湧きません。家
のローンを背負って、佐高信のいう「社畜」として企業にしばられ、政治活動は
おろか、移住の自由もない実質封建国家で、遠距離通勤のために疲労し、すし詰
め電車に乗り、痴漢がおびただしく発生し、夜は急いで帰宅しなければならない
から労働組合の活動もままならないわけです。
 この「持ち家政策」こそ、「百姓は死なぬ程度に生きぬ程度に」という徳川家
康のひそみにならった、高度な陰謀であると私は思います。ほんとうは、敷金礼
金なしで安いいいアパートが借りられ、失業者には家賃が補償されるということ
のほうが、為政者が国民のためを思うならば、はるかに大事だし、無害です。い
ま問題の派遣労働の問題も、生活保護行政が「住所不定」の人たちにいかに無情
であるかを物語っている、つまり、住宅という物質的条件が、肝要なのです。
「日本は戦後、物質的には豊かになったが、精神的には貧しくなった」などとい
うのは、まったくまやかしで、そんなことを言う人間こそ精神が貧しい。

 住宅費と教育費こそが最大の負担であるのに、米が高いなどと騒いで、百姓を
悪者にしたてあげて米の輸入を自由化したりもしたのも、平和の実感をもてない
人々にはスケープゴートが必要だからです。

 あのとき、日本は、日本の食糧自給率も、田んぼの環境保全力も言わず、米作
が日本の文化だなどと言って、世界の誰にも聞いてもらえませんでした。なんた
る夜郎自大のトンチンカン。いま、鯨でも、同じことを言っています。国民の重
要な主食である米でさえだめなのに、イトーヨーカドーにも置いてない鯨の捕獲
なんて、守れるわけがない。

 隣国から攻め込まれないとは、なんと平和なことでしょう。だから、隣国のリ
アクションを恐れるということがない。隣国を攻略し、支配し、王妃を暗殺し、
国民の言葉も名前も着物も奪って(なぜか日本の植民者はオモニたちを駆り出し
てキムチだけは漬けさせたのですが・・・)おきながら、それが日本の自衛のた
めに不可欠だった、などと嘯く下劣な小説がテレビドラマになり、ほめたたえら
れる始末。もっと隣国との政治的緊張感をもったほうが、外交音痴がなおるで
しょうから、辺野古より日本海を埋め立てちまえと思う。富士山を削って日本列
島を平らにしろなどと言った財界人よりはましではないでしょうか。斜陽化した
ゼネコンに仕事を保障するためなら、日本海埋め立てで十分です。中国や韓国の
ゼネコンも喜んで協力して、日本の技術を学ぶことでしょう。

 教育費もそう、住宅問題もそう、労働条件もそう・・・国民にとって本来重要
なはずのことが、権力者、財界のいいようにゆがめられ、台無しにされていて、
その一方で、世界一高いメシを食わされて、これがグルメだと言われたりしてい
るのですから、日本のそういう上っ面の贅沢や便利さなどは、カムフラージュ、
アリバイだとしか言いようがありません。オール電化住宅にいたっては、「電力
不足」を捏造する原発屋の図々しい策謀でしかなく、家屋そのものは安普請だか
ら、マンションに詳しい筋では、買うならバブル以前の中古マンションにしてお
けと言っているくらいです。ニッポンを象徴する事例と言えましょう。

 日本人はちっとも自分たちを幸福にしない勤勉さを誇ります。一生恋もせず、
夫のための「お勤め」でせっせと子を産んで、老いさらばえて、貞操堅固だった
ことだけを誇るどっかの上流階級のばあさんみたいに・・・
 そんな母親が、息子や娘にとってどんなに抑圧になることか。
 バルセロナ・オリンピックのとき、あれに関わったスペイン企業の人たちの間
で、シエスタ(昼寝)をやめた人たちがあったそうです。日本では、労組の幹部
を重役に「出世」させてやるなどという階級的裏切りの制度化が疑われもしませ
んが、ヨーロッパの企業の経営委員会は「労組代表」を「労働者の立場から発言
させるために」参加させるのです。そこで、日本という手ごわい競争相手の存在
がどれほど経営者のつえ〜〜味方になったことでしょうか。社会主義ヨーロッパ
が堕落した一因は日本でしょう。

 マスコミよさわげ、「平和」の虚妄をあばけ、と私は思っています。ヘルベル
ト・マルクーゼが生きていれば、「抑圧的平和だ」と喝破するのではないでしょ
うか。

 小林よしのりが、せっかくこの国にはびこる「謙虚主義」「自己滅却主
義」(遠慮と卑下)に対する抵抗を「ゴーマニズム」という造語で表現しなが
ら、結局は己のよりどころを求めて、そしてまた、他を貶めることに己のよりど
ころを見出して「ニッポン主義」に堕してしまったように、マスコミも、偽の敵
を追いかけ、偽の問題を捏造しているのです。

 こうして、スケープゴートを求める人たちが在特会に赴く――私には事態はその
ように映ります。

 以上、長文で失礼しました。



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