[CML 002768] Re: さとうけいこさんの Re: 天皇制問題について

higashimoto takashi taka.h77 at basil.ocn.ne.jp
2010年 1月 25日 (月) 18:55:14 JST


天皇制問題についての議論が続いていますが、CML上で展開されている反「天皇=被害者」論
の論点に私としていくつか納得し得ない論点が含まれていますので、増田都子さんの指摘される
論点のうち2点に絞って私見を述べさせていただきます。

第1。「いかなる意味でも『天皇(一族)、被害者』論は成り立たない」(CML 002738)という増田さ
んの論点について。果たしてそうか、という問いです。

私は天皇制(戦後天皇制)の問題は、天皇の戦争責任の問題、その問題と一如、表裏の関係
にある天皇の加害者責任の問題、また、国民主権の憲法下での「象徴天皇制」が果たしている
役割とそこでの天皇の結果責任=加害者責任の問題などもろもろ考えられますが、それらの
問題群と一個の人間として存在している天皇及び天皇一族の人権の問題は区別して考えるべ
きだろう、と思っています。天皇も人間であることが明らかである以上、「すべての人間は、生れ
ながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」(『世界人権宣言』第1条)と
いう天賦人権は所与として天から与えられているはずのものです。天賦人権論の前には戦争
責任のある者には人権はない、などという論は成立しません。このことは犯罪人には人権はな
い、という論が常識的な意味で誰からも認められない暴論であることと同値の問題です。

いま、私は、天皇一族の人権問題と天皇の戦争責任は区別するべきだと言いましたが、人権
問題を切り離して天皇の戦争責任問題だけを取り上げても、戦争責任の問題には法的責任、
政治的責任、道義的責任、ヤスパースのいう形而上的責任などさまざまなレベルの責任論が
ありえます。さらに左記の法的責任ひとつをとっても明治憲法下での天皇無当責条項(第3条
「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」)と天皇の戦争責任の関係をどのように解釈するか、などの
さまざまな議論がありえますし、現実にこれまでありました。これらのさまざまなレベルの天皇
の戦争責任の問題については、加藤典洋、橋爪大三郎、竹田青嗣が共同で検証した『天皇の
戦争責任』(径書房 558頁 2000年)という著作があり、参考になります。下記にその目次の
あるURLを掲げておきますが、この問題の論点が多岐に渡ることの一端が示されているよう
に思います。
http://www.komichi.co.jp/bd/4-7705-0176-5.html

さて、冒頭の問いに戻ります。増田さんは、池田香代子さんが「天皇被害者」論の一例として
CML 002700で紹介された板垣恭介さんの『明仁さん、美智子さん、皇族やめませんか』という
著書の「天皇に生まれてしまったのは、彼の罪ではない。(略)かれもまた被害者である。何よ
りもの加害者は、人間をカミに仕立て、ナニモカモこの人に押しつけてしまい、そのことを忘却
している日本人である」という「天皇被害者」論の見方に反発して、「『日本人』が『ナニモカモこ
の人(増田注:昭和天皇)に押しつけてしまい』という事実は全く無いのではないでしょうか?」
と反論を述べます。そうして「私は、いかなる意味でも『天皇(一族)、被害者』論は成り立たな
いと考えます」という持論を述べます。

が、私は、板垣恭介さんがこの著書でいうところの「ナニモカモ」は、昭和天皇の一々の言動
を指しているのではなく、大日本帝国憲法下、また日本国憲法下の国家体制の中に構造とし
て組み込まれている特殊な天皇の位置への言及だろうと思います。明治憲法下での天皇は
「万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」(第一條)、「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」(第三條)という
超憲法的な統治権の保持者であり、行政、立法、司法、陸海軍を統治、統帥する総攬者で
す。それが丸山真男のいう「無責任の体系」であったとしても、まさに「ナニモカモ」が天皇の
名において行われてきました。また日本国憲法下においても天皇の地位は「日本国の象徴」
「日本国民統合の象徴」(第一条)であり、その地位は「世襲」(第二条)であるとして日本国憲
法という構造の中に本人の自由意志とはなんら無関係に不可避的に組み込まれている存在
です。そういう観点から見ると「ナニモカモこの人に押しつけて」きた「事実」は厳然として存在
してきたし、またいまも存在している、と見るべきものでしょう。私は板垣恭介さんの上記のご
判断は適正なものだろう、と思います。

だから、板垣恭介さんの『明仁さん、美智子さん、皇族やめませんか』(大月書店 2006年)
という著書は、日本ジャーナリスト会議(JCJ)がその年の優れたジャーナリズム活動を顕彰
する意味で送る2006年度の〈JCJ賞〉の受賞作のひとつにも選ばれたのでしょう。ちなみに
この年の〈JCJ大賞〉は『「共謀罪キャンペーン」など一連の「こちら報道部」の報道』東京新
聞特別報道部に送られました。またこの年の他の〈JCJ賞〉受賞作は以下の4本です。

・〈JCJ特別賞〉録音構成『ヒロシマ ナガサキ 私たちは忘れない』(CD9枚組)伊藤明彦
・〈JCJ特別賞〉ドキュメンタリー映画『三池 終わらない炭鉱(やま)の物語』監督・熊谷博子
・〈JCJ賞〉『沖縄返還密約/元外務省高官証言スクープ』北海道新聞記者・往住嘉文
・〈JCJ賞〉『シリーズ・言論は大丈夫か/第1回「ビラ配りと公安警察」/第2回「共謀罪とは
 何か」テレビ朝日・朝日放送「サンデープロジェクト」取材班

また、この年の〈JCJ賞〉の選考委員は次の6名です。諫山修(ジャーナリスト)、伊藤洋子
(東海大学教授)、大谷昭宏(ジャーナリスト)、清田義昭(出版ニュース社代表)、柴田鉄治
(国際基督教大学教授)、中村梧郎(フォトジャーナリスト)。
http://www.jcj.gr.jp/archive/jcjprizenew.html

増田さんの板垣恭介さんの上記の著作批判は、同書を2006年度の〈JCJ賞〉に選んだ民
主的ジャーナリストが参集する日本ジャーナリスト会議及び上記6氏の見識眼をも「天皇被
害者」論に与するものとして否定、切り捨ててしまうことにもなりかねません。そういうことで
よいのでしょうか? 上記に見たようにさまざまなレベルの「天皇制」論はありえます。そう
したさまざまな論にも耳を傾ける姿勢こそ私たち反天皇制論者(私も反天皇制論者の端く
れのつもりです)に必要な姿勢というべきではないでしょうか? そうしなければ天皇制反対
の国民世論を喚起することなど及びもつかないことのように思えます。

第2。皇室典範第11条「年齢15年以上の内親王、王及び女王は、その意思に基き、皇室
会議の議により、皇族の身分を離れる」の増田さんの解釈の誤りについて。

増田さんは「現在の法律でも、天皇とその長男とその長男を除き、皇族の人は自分が『被
害者』だと思い、『被害者であることをやめたい』と思えば、『その意思に基づき』『皇族の身
分を離れる』ことは可能なのです」というのですが、増田さんのこの皇室典範第11条の解
釈は誤りだと思います。以下、上記第11条の「内親王」「王」「女王」の用語の定義をすれ
ば以下のようになります。

・内親王:天皇の嫡出の皇女および天皇の嫡男系の嫡出の皇孫で女子であるもの(皇室典
      範第6条)、また、天皇の姉妹(同第7条)。
・王:天皇からみて三親等以遠の男子(同第6条)。
・女王:天皇からみて直系で三親等以遠の女子(同第6条)。

したがって、上記皇室典範第11条の反対解釈として、「天皇とその長男とその長男」以外の
皇族である親王(天皇の嫡出の子、及び天皇の嫡男系の嫡出の子で男子であるもの、また、
天皇の兄弟。同第6条、第7条)も皇室典範上皇籍離脱はできないことになっているようです。
上記のような誤った解釈を基にして反「天皇=被害者」論の補強材料にするのもいかがなも
のかと思います。

最後に私はさとうけいこさんの論を肯定しているわけではないこと。さとうさんの論(事実認識
等)にもかなりの異議を持っていることもお断りしておきたいと思います。


東本高志@大分
taka.h77 at basil.ocn.ne.jp

----- Original Message ----- 
From: "masuda miyako" <masuda_miyako1 at hotmail.com>
To: "CML" <cml at list.jca.apc.org>
Sent: Friday, January 22, 2010 3:23 PM
Subject: [CML 002738] さとうけいこさんの Re: 天皇制問題について

> さとうけいこ様
>  増田です。やっと少し時間ができたので、返信を書きます。
>
>
>> 私が彼らを被害者だと考えるのは、私は過去に朝鮮文化研究会というのに参加していたことがあり、『他民族を支配する民族には自由が無い』ということを学びました。 他の人を支配している人たちはその人たちの心には平安はないと考えられます。制度の特権にしがみつくのは生きていくすべがわか
>> らず不安だからということもあるかもしれません。天皇家という特殊な環境に生まれたとしてもその運命を自分で変えることは出来ないからです。よって、飛躍かもしれませんが彼らも被害者ではないかと 思ったからです。
>>
>
>  やはり、たいへん、「飛躍」した謬論だと思います。「『他民族を支配する民族には自由が無い』ということを学」ばれたようですけど、この言葉は事実でしょうか? たいへん、洒落た言い回しなので使ってみたくなる魅力を持った言葉ですけど、これは「マルは三角形ではない」というのとあまり変わらない、実質のない言葉だと思います。
>
>  具体的な一例を挙げますと、私の、もう亡くなりました伯母は義理の伯父が造船技師だったので、大日本帝国植民地支配下の朝鮮で「他民族を支配する民族」の一員でしたが、「自由が無い」どころか、自由に安い朝鮮人の方たちを召使いとして雇い、何不自由なく裕福な暮らしをしておりました。伯母から聞いたことですけど・・・伯母夫婦のために少々、弁明しておけば、誰に対しても親切で優しい人たちでしたので(身びいきかな?)「引き上げの時も、朝鮮の人たちから『奥さんは差別しないで親切にしてくれたから』と助けてもらって、一度も危ない目にあわず引き上げられた」とも語っていました。「自由」で裕福だった朝鮮での奥様生活を懐かしみながら・・・
>
>
>  さとうさんの主張「昭和天皇は責任を取る能力のない人」とか「天皇(一族)は被害者」論には、その判断の根拠となるべき客観的事実、歴史事実の検討が全く入っていず、その結果、全く事実に反する主張になっています。
>
>  さとうさんが「他の人を支配している人たちはその人たちの心には平安はないと考えられます。」ならば、天皇(一族)の「その人たちの心には平安はないと」ということが事実になるのでしょうか? 
>
>  「天皇家という特殊な環境に生まれたとしてもその運命を自分で変えることは出来ないからです。」を日本語として正確に書けば「『天皇家という特殊な環境に生まれた』なら『その運命を自分で変えることは出来ないからです。』」となるのではないかと思いますが、それが、どうして直ちに天皇(一族)「被害者」・・・明記してはありませんけど、『可哀想そうな人』、『気の毒な人』ということを明確に含意していますね・・・になるんでしょうか?
>
>  昭和天皇は侵略戦争の最高責任者であり、心身に何の故障も無かった成人として立派に責任を取る能力がありながら、戦争犯罪責任を東条らだけに押し付けて何の責任も取ることなく死にました。これは別に『運命』として決まっていたことでもなんでもなく、昭和天皇の意思さえあれば、最低限、退位することなどをして「責任を取った」という形をとることも可能でした。でも、昭和天皇は、それすらしませんでした。こういう「運命」を昭和天皇は「自分で変えることは出来」ました。
>
>  確かに、天皇の長男に生まれれば、現在の日本国憲法では職業選択の自由は無く、天皇にしかなれません。でも、日本国憲法第4条は天皇の仕事は10の国事行為「のみ」しかやってはいけないと明記しています。明仁天皇は即位の時に「憲法を守ります」と制約したのですから、それを守っていれば、別に大変な仕事でもないでしょう。「被害者」(『可哀想そうな人』、『気の毒な人』)などには成り得ません。天皇が第99条の「憲法尊重擁護義務」を守るなら、ですけどね。
>
>
>  どなたか、「何よりもの加害者は、人間をカミに仕立て、ナニモカモこの人に押しつけてしまい、そのことを忘却している日本人である」(板垣恭介『明仁さん、美智子さん、皇族やめませんか』より 大月書店)という文章を紹介してらっしゃいましたけど、「日本人」が「ナニモカモこの人(増田注:昭和天皇)に押しつけてしまい」という事実は全く無いのではないでしょうか? むしろ、日本人は「押しつけ」るべき最低限のことさえ天皇(昭和さんだけでなく明仁さん含め)に「押しつけてしま」ってないことが大問題ではないでしょうか?
>
>
>  昭和天皇は象徴となってからも、沖縄をアメリカに差し出し、米軍駐留の長期化を要求し、と数々の憲法違反を重ねましたが、明仁天皇も多くの憲法違反を行っています。そのほんの一例を挙げておきますと、2006年12月14日、自衛隊イラク派遣隊員を接見して「国際的な協力に力を尽くしてこられたことをまことにご苦労に思います」というお言葉を与えています。憲法第4条は天皇に「憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。」と命じているのですけど・・・憲法違反の自衛隊による憲法違反のアメリカのイラク侵略戦争参加に対して国政に関する権能を有しない象徴天皇が「国際協力」と一方的に断定し、褒めて「まことにご苦労」と慰労しているのです。
>
>  これは明仁天皇の「自分で変えることはできない」「運命」ですか? 明仁天皇は「被害者」(『可哀想そうな人』、『気の毒な人』)という事実がどこにあるのでしょうか?
>
>  天皇(一族)「パチンコに行けない」とか、「合コンにいけない」とか、別にそんな明文法はありませんし、なにより、皇室典範は「第11条 年齢15年以上の内親王、王及び女王は、その意思に基き、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる。第14条 皇族以外の女子で親王妃又は王妃となつた者が、その夫を失つたときは、その意思により、皇族の身分を離れることができる」と規定しています。
>
>  現在の法律でも、天皇とその長男とその長男を除き、皇族の人は自分が「被害者」だと思い、「被害者であることをやめたい」と思えば、「その意思に基づき」「皇族の身分を離れる」ことは可能なのです。また、宮さんの夫をなくした奥さんは「その意思により」だけで、これは「皇室会議の議」さえ必要なく、直ちに「皇族の身分を離れることができる」のですけど、該当者は出ても、誰一人、実行した人はいません。
>
>  そういえば、昔、どこかの宮さんのところの息子さんが、自分は「被害者だ」と思われたのか、この皇室典範第11条を利用しようとなさったかに見えました・・・確か週刊誌が騒いでいたような記憶が・・・でも、その後、そういう話は聞きませんので、自分は「被害者」ではなく「特権者」だという自覚をもたれたのかもしれません。 
>
>
> ●天皇(一族)の方々の特権・・・特殊利益? 特殊利権? 特別利益? 特別権益?・・・を宮内庁HP(平成21年度)の数字で確認しましょう。 
> 
>
>
>  内廷費(明仁天皇&美智子さん&皇太子&雅子さん&お嬢ちゃんの私的生活費)32,400万円(所得税無し)・・・一人平均が約6500万円かな?
>
>  宮廷費 609,960 万円
>
>  皇族費 28,091万円(男性は3050万円、奥さんは1525万円、未成年の子供は305万円、子どもが成人すると910万円・・・5人家族なら?)
>
>  宮内庁(約1000人のお役人)1,098,043万円
>
>  ここまでで合計が1,76億8,493万円ですが、その他、皇宮警察費(H18)約83億円があります。つまり、皇族22人に対する国民の税負担は、約260億円でしょうか。一日当たり、約7123万円かな?
>
>  以上、私は、いかなる意味でも「天皇(一族)、被害者」論は成り立たないと考えます。「天皇制反対」といいながら、その理由は「天皇(一族)は被害者で可哀想だから、気の毒だから」というのは倒錯した「天皇制賛成」あるいは「天皇制賛成」の変種である、と考えます。
>
>  最後に「天皇(一族)は、自分の意思ではなく加害者にさせられた(る)被害者」という修辞・レトリックもありましょうが、「犯罪者は加害者にさせられた被害者」というのと同じく、情状酌量の余地はあっても、ほとんど意味の無い言葉だと思います。
>
>  japan guide さんが書かれていたように、「天皇が被害者なら、従軍慰安婦も被害者、妻子残し東南アジアに連れて行かれ捕虜収容所監視員を強いられ、戦後、戦犯の刑を受け刑務所の中で気が違ってしまった日本名慶本、朝鮮名李永吉も被害者。」となり、加害者は「そして誰もいなくなった」!? になってしまいます。
>
>
>  「天皇制反対」は、それが民主主義に反し、かつ、歴史事実として反民主主義に利用されてきたから、また利用されているから、でいいのはありませんか?



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