[CML 005425] 住民発意で区画整理・再開発の法改正を考えるシンポ(上)

Hayariki hedomura2 at hotmail.co.jp
2010年 8月 28日 (土) 10:28:17 JST


【PJニュース 2010年8月25日】シンポジウム「ここが変だ! 区画整理、再開発 ―住民発意で「法改正」を考える―」第1弾が2010年8月22日、東京都千代田区の専修大学神田キャンパス7号館3階731教室で開催された。主催は熊さんハッつぁん法律問題研究会、専修大学行政法研究室、NPO法人区画整理・再開発対策全国連絡会議である。東北地方なども含め、全国から約80名が参加した。

シンポジウムは堀達雄・連絡会議代表世話人の開会挨拶で始まった。堀氏は書籍『熊さん&八ッつあんが読む!土地区画整理法』の記述を引用した。土地区画整理法は「健全な市街地の造成」を目的と掲げるが、何が健全な市街地であるのか定義されていない。これは欠陥法律である、と。
http://news.livedoor.com/article/detail/4965860/
http://www.pjnews.net/news/794/20100824_5
基調報告は岩見良太郎氏(「区画・再開発通信」編集委員、埼玉大学経済学部教授)の「土地区画整理法・都市再開発法改正を議論するにあたって」である。岩見氏は約40年の連絡会議の歴史を振り返り、土地区画整理法・都市再開発法等の改正論議を起こす意義について述べた。

岩見氏は住民運動が法改正を課題として議論すべき段階に入ったと述べ、これは避けて通れないと主張した。これまで連絡会議は地域における運動こそが住民要求実現の要とのスタンスであった。それ故に国への要求は邪道であり、訴訟さえも住民運動の一つの手段との位置付けに過ぎなかった。過去には区画整理法は憲法違反であり、法改正を目指せと提起されたこともあった。しかし、連絡会議は連絡機関との位置付けを貫いた。

それでは何故、今になって法改正を目指すのか。各地で発生している同じ苦しみの反復を避けるためには法改正が必要である。規制緩和や新自由主義的な構造改革によって、企業の権限を強める方向で改悪がなされてきた。

一方で人口減少による縮み社会の到来で、不動産価格は低迷している。右肩上がりを前提にした従来型の開発は行き詰まり、制度改革は避けられない。政治の流動化によって制度改革のチャンスは高まっている。しかし、改悪の危険もある。住民主体の街づくりを進めるための法改正が必要である。住民のための法を今から準備しておかなければならない。
このように法改正が必要であることは導き出せるが、具体的な改正内容は詰めるべき点が多い。

一例として公平や公共性の考え方を挙げる。機械的平等が公平であるのか、大土地所有者と零細所有者の間に差別を設けることこそ公平ではないか、などである。岩見氏が提起した公共性の具体的内容については、後述の二子玉川ライズ問題でも論点となった。

続いて区画整理と再開発について現場からの報告である。最初に神屋敷和子氏(東京都羽村市?村駅西口区画整理反対の会、連絡会議世話人)の「住民から見た区画整理事業の問題-街並みもコミュニティも破壊する住民無視のまちこわし-」である。
http://npn.co.jp/article/detail/84741449/
神屋敷氏は羽村駅西口区画整理事業の問題点と非人間性を説明した。区画整理によって、多摩川や玉川上水につながる放射線状の道路が広がる地域が、ありふれた碁盤の目の街並みになってしまう。住民の知らないうちに決められ、庭や土地が勝手に取り上げられ、碁盤の目の街区に詰め込まれてしまう。

情報は小出し後出しでしか開示されず、大切な情報が隠されている。計画案の縦覧期間が二週間では意見書提出は難しい。期間の延長が必要である。清算金額が最後に判明するならばギャンブルである。仮換地指定前に精算金の概算額を出すことは可能である。
区画整理事業は住民が疑心暗鬼となり、住民関係が破壊される。区画整理が終わっても人間関係は戻らない。住民と個別交渉で進めるのではなく、住民と共に新たな街づくりを行うべきであると主張した。【つづく】(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)




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