[CML 001409] 「八ツ場ダム―新政権の力量を見せよ」 ― 朝日新聞社説の脆弱性について

higashimoto takashi taka.h77 at basil.ocn.ne.jp
2009年 9月 20日 (日) 11:59:45 JST


朝日新聞は2009年9月18日付で「八ツ場ダム―新政権の力量を見せよ」という社説を掲げていま
すが、以下はその同紙社説の脆弱性について川辺川ダム建設反対を掲げるMLに投稿したもの
です。全国的な問題でもあろう、と思いますので、こちらのMLにも転送させていただきます。


朝日新聞社説2009年9月18日付「八ツ場ダム―新政権の力量を見せよ」を一読しました。
http://www.asahi.com/paper/editorial20090918.html

一読して2つのことがらに違和感を持ちました。

そのひとつは同社説中の「地元からも建設中止の声が上がっている川辺川ダムと違い、中止へ
の抵抗が強い八ツ場ダムはその最初の正念場になろう」という表現、同社説子の視点に対する
違和感です。

ここで社説子のいう「地元」とは町や市、あるいは県という行政単位の自治体、その自治体の長、
議会の意志の謂いでしょう。もちろん、単位自治体の首長、また議員は、その土地に住まう有権
者によって直接選挙で選ばれているわけですから、その首長や議員集団の意志は、その土地
に住まう住民の民意を反映している、ということは一応は言えます。

しかし、民意は、首長や議会の意志に限られるものではありません。当然、その首長に投票しな
かった人びとの意志というのもあります(首長は相対多数の票の獲得者が選出されるわけです
から、住民の圧倒的多数は非選首長派というのがむしろ一般的ケースです。蒲島熊本県知事の
場合も例外ではありません)。

また、議会も決して一枚岩ではなく、ある案件に対して賛成派もいれば反対派もいます。これが
議会の通常の構成図です。すなわち、いわゆる議会の意志も決して議会の総意ということはで
きません。さらに投票所に足を運ばなかった有権者の問題、すなわち投票率の低さの問題もあ
ります。総じて首長の意志、また議会の意志=「地元」の意志ということにはおよそならないので
す。社説子にはこうした視点が皆無です。

さらに根本的な問題として社説子の視点に決定的に欠落しているのは、「地元」住民運動へのま
なざしです。「地元」住民運動、すなわちダム建設反対運動に関わっている人びとは、この社説子
にかかってはまるで「地元」の人間ではないかのようです。「地元」住民運動に対する洞察、とまで
はいわないまでもその考察はこの社説にはかけらも見られません。

しかし、実際は、「地元」住民運動、ダム建設反対運動に関わっている人びとは社説で無視できる
ほど決して小さいもの、また少ないものではありません。下記の八ッ場あしたの会、八ッ場ダムを
考える会の構成団体を見ただけでもそのことは明らかでしょう。朝日新聞はいったいどこに行こう
としているのか? この社説子の問題というばかりではなく、朝日新聞がとうに失くしてしまった住
民視点の欠落、すなわち権力への無際限なすりよりを私は嘆息をして思わざるをえません。
http://yamba-net.org/modules/about/index.php?content_id=4

ふたつ目の違和感は、「ダムに頼らない地域振興策と住民の生活再建策をじっくりと練ってほし
い。巨額の補償も覚悟しなければいけないかもしれない」という表現、同社説子の視点に対する
違和感です。

これまで「地域振興」、それも「ダムによる地域振興」という名の下に地域住民の生活を破壊して
きたものはいったい誰だったのか? 「巨額の補償も覚悟しなければいけない」ほどに地域住民
の生活を根底的に破壊してきたものの正体は何だったのか? 時の自民党政府、自・公政府で
あり、時の国交省であった、というべきではないのか? 社説子はこれまで権力がしてきたことを
自他反省的に問う視点を持ち合わせません。

原因の追究なしに真の生活再建策は講じられないはずですが、社説子はその原因の追究を放
擲したまま民主党政権に「住民の生活再建策をじっくりと練ってほしい」「巨額の補償も覚悟しな
ければいけない」などともっともらしい注文をつけて自らの不明を恥じることは知らないのです。

どのような説諭であれ、原因を追究することにフタをする、すなわち「巨額の補償も覚悟しなけれ
ばいけない」ほどに地域住民の生活を疲弊させてきたこれまでの権力のダム政策の住民不在
性を不問に付して恬として恥じることのない朝日新聞社説の説諭に説得力があろうはずもありま
せん。

八ッ場ダムの中止に対して地元の町とダム予定地から強い反発が出されている問題について、
八ッ場あしたの会は地元住民の「反発」に十全な理解を示した上で、次のような説得力のある訴
えを試みています。

「ダム予定地では、多くの人々が代替地への移転、補償金など、ダムを前提として生活設計を
立てざるをえない状況が長く続いてきたため、ダムの中止はその生活設計を白紙に戻し、地元
の人たちを苦境に追い込みかねず、この反発は当然のことである。3で述べるように八ッ場ダム
の中止に当たっては、水没予定地の人たちの生活を立て直し、地域を再生させるため、政治の
真摯な取り組みが求められる」

「ただ、留意すべきは、このままダム事業を進めても、人口の激減で活性が大きく失われてきて
いるダム予定地が再び活気を取り戻すことはきわめて困難だということである」。以下、具体的
な提言が続きます。
http://yamba-net.org/modules/problem/index.php?content_id=22#06

朝日新聞の社説の説諭と八ッ場あしたの会の説諭とのどちらに説得力があるか? いうまでも
ないことだろうと思います。


東本高志@大分
taka.h77 at basil.ocn.ne.jp




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