[CML 001660] 上関原発阻止活動 地元MLから その8

higashimoto takashi taka.h77 at basil.ocn.ne.jp
2009年 10月 13日 (火) 11:15:27 JST


上関原発阻止活動 地元MLから その8です。

東本高志@大分
taka.h77 at basil.ocn.ne.jp

………………………………………………………………………………
高井です、こんばんは。

池田さんの承認が得られましたので、本来私宛のメールですが、皆さまに公開させていただきます。
池田さん、岸田さんは、私と入れ替わりに10月6日(火)に田名埠頭現地にはいられました。台風が近づく中、中電が姑息な手段を使って2基のブイを設置した、あの7日(水)の、朝の緊迫した状況が生々しく記されていますので、皆さまにもその様子をぜひ知ってほしいと思いました。
池田さんらは、7日に大分に帰り着いて初めて、その日の中電の卑劣な行動を知らされた、という前後の経緯を前提にしてお読みください。
連休で、お知らせの時機を失したことをお詫びいたします。

***************************

高井様

力足らずでした。本当に申し訳ないです。
岸田さんと田名埠頭入りしたのが18:00。
シーカヤック隊のテントにて夕食をとりました。
その日の推進派漁船による卑劣な「網流し」の報告を聞きました。
「網流し」とは、文字通り網を海に入れ、魚の捕獲を装いながら、
実は反対派の阻止行動漁船の行動を妨害するというものです。
漁師の風上にも置けません。
その夕食後、小中さんから「夜回り」の分担と、簡単な情勢報告を受け、
しばらくテントで過ごしました。
台風接近のこと、中電のワンパターン化した海上行動のこと、
長期に渡って阻止行動を持続させていることはもちろん、
さまざまな社会問題についても、テント内で、風がブルーシートをなびかせる音を聞きながら、語りました。
深夜の「夜回り」に備え、早めに仮眠に入りました。
池田は車、岸田さんはテントで。
目覚ましをかけ、予定時間に起き出し、夜回りを始めました。
(以下、夜回りメモ)
始めてすぐ・・・低速走行の乗用車がテント前を公民館方向へ通過。「怪しい、、、」と、目をこらす。実は小中さん(現地闘争本部長:高井注)だった。
40分後・・・テント手前の駐車場にて30分前にあった愛媛ナンバーの車の不在を確認。

1時間40分後・・・山口ナンバーの軽自動車、トイレのところまで入り、停車。そのまま約1分後、Uターンして立ち去る。
2時間後・・・テント隣のH工業事務所へトラックが入る。テントに報告する。「ブイの設置工事関係者ではないのではないか」。
2時間10分後・・・7087の軽自動車がテント前を通り、奥の港方面へ。すぐに出て行く。

(以上)
この後、岸田さんと夜回りを交代。池田は再び仮眠に入りました。
しかし、風と雨の音でほとんど寝付けず、、、。起きて外に出ると、朝6時に情報が入りました。
「中電が来るらしい」とのこと。
広島から藤井さんらが駆けつけていました。祝島からの船も十数隻が集まってきています。
シーカヤック隊も臨戦態勢。そうこうしていると、7:20頃、中電の黄色のランプを回した船が2隻現われました。台船も見えます。もちろん、海上保安庁の船も。
祝島からの船に乗ったおばちゃんたちが、中電の船に向かって叫んでいます。テントから双眼鏡で見ると、少しずつ中電の船が後ずさりしたり、もう一隻が埠頭にいきなり近づいてきたり、といった時間が30分〜40分続きました。台船については、早い時間に視界から消えました。倉庫の影になるところまで引き下がったか、若しくは帰ったか、ということでした。
平生の漁協の方が2人、テントにやってきました。
「もう十分(反対運動はしたこと)だろう。ここらで(反対するのは)やめたらどうか。祝島の連中のがんばりはみんなが認めている。(反対運動はここらで)「やめる」という返事を、今日は聞きにきた。」とのこと。受け入れられるはずもない。紳士的に話をし、そのまま帰ってもらいました。その間約20分。祝島からの漁船にしても台風に備えて島に戻る必要があります。
その後、台船が引き上げた、との情報が入ります。(台船はどこに行ったのか。いつもと違うルートで引き揚げ、見失った、との話もある。)また、その時、(ブイの設置の)作業もしない、との情報も。中電側は台風による高波が心配なのでブイを山手側に20メートルずらす作業をしたい、とのこと。承諾し、9基のブイが次々とユンボで移動させられました。こちらも台風に備え、テントの撤収作業を始めました。
その後、「台風をやりすごした後は、再びテントを設置し、24時間体制で埠頭で阻止行動をすること」を確認し、別れたのでした。

すべてのことが今回のブイ2基設置につながっていたのではないか、と思えてなりません。
私自身、微塵にしても中電に対する「甘さ」を抱いていました。情けないです。
「(今日は)中電は作業をしないだろう」という都合の良い「希望的観測」、台風の進路・影響を手前勝手に解釈した「油断」。
もっと相手側中電の立場にたった悲観的・最悪の事態を想定した判断、警戒、予想が必要だった、と。同時に、祝島の方々の「原発を建てさせない」という思いに、自分は本当の意味で同じ立場に立てていなかった、と思います。
「中電側はとことんまで敵である」ということを肝に銘じたい。彼らにルールめいたものはない、とも。
その思いのままに、これからの行動にも携わらせてもらいたい、と思います。

いけだ

PS 職場で上記の話をしたところ、原発容認だった同僚の一人が、以前に論議の際私が指摘した原発労働者のことを引き合いに出し、「原発はおかしい」めいたことを言ってくれました。
………………………………………………………………………………




CML メーリングリストの案内